アスファルトの黒いキャンバス。
カラフルなチョーク。
赤色で太陽。
白色で雲。
青色で雨。
黄色で描くのは。
「かーみーなーりっ」
嵐と霧はどうしよう。
メンドくさいから白でテキトー。
でもまぁ、嵐には赤とか黄色も一応混ぜとく。
あと、ダメでヘタレで無敵のヒーロー。
ひときわでっかく。
「ランボ! ここ、イーピンの!」
「ケチケチすんなよっ」
お花畑の上に描いたら、ヒーローの頭に花かんむりを乗せたみたい。
顔は、もちろん笑顔。
「それ、ツナさん?」
「そお!」
「イーピンも、色ぬる!」
赤、青、黄色。
緑にオレンジ、白にピンク。
一番かっこよく。
だって一番かっこいい。
キラキラしてて――
「ただいまーって、何か家の前がカラフルなことになってるね」
「フゥ太! おかえりぃ!」
いつかのツナ達が着ていたのと同じ制服。
いいなぁと思いながらしがみつく。
今年からフゥ太は中学生になった。
帰る時間が遅くなって、遊ぶ時間も減った。
でも、一緒に中学生にはなれないんだってツナに言われた。
ホーリツでそうなってるとか。
よくわかんないけど。
「ランボ?」
置いてかれたみたいで、さみしい。
ぎゅうと腕に力をこめる。
「……ねぇランボ、これは? 誰?」
足もとで笑うヒーロー。
「それはね、ツナ」
「カラフルできれいだね」
「ちがう!」
フゥ太のツナを見るときの目は、優しいけどなんか変で、胸がぎゅうってなるから、好きじゃない。
「きれいじゃなくて、かっこいいんだ!」
「あぁ、そか」
大きくなった手が頭を撫でる。
「うん、すごくかっこいい」
「だろ!」
虹色の地面を駆け回りながら、ひとつひとつ教えてあげる。
「これはお日さまで、こっちが雲、この鳥はイーピンがかいた!」
「イーピン、きょうこちゃんと、ハルちゃんも、かいたヨ!」
「わぁ、そっくりだね」
「そんでそんで、雨とぉー嵐とぉー、かみなり!」
ヒーローを囲むように、たくさんの絵が並ぶ。
その中のひとつ。
「この白いもやもやは?」
「それは、キリ!」
「霧……」
フゥ太はしゃがむと、チョークの粉を指でなぞった。
暗い。
こんな目をするときのフゥ太は、少し怖くて、でも、ぎゅってしてあげたくなる。
ツナがするみたいに、できればいいのに。
上げられた顔は、無理やりで、変だった。
「ね、僕はいないの?」
「フゥ太は……」
チョークも地面もまだ残ってる。
たぶんツナの横に描けば、喜んでくれる。
だってフゥ太は。
それぐらい知ってる。
でも。
だから。
「フゥ太は、かかない」
「え、そんないじわるしないでよ」
「かいても、消えちゃうから、」
離れたくない。
いつもどこかにある不安。
あの大きな本を持って。
フゥ太が知らない場所へ行ってしまうような。
いつか。
どこかへ。
消えてしまう気がして。
チョークの絵が雨上がりになくなってしまうみたいに。
「だから、フゥ太は、かかないもん!」
突き飛ばすように、しがみつく。
届かなくても。
伝わらなくても。
ぎゅうって、抱きしめる。
「……そっか」
フゥ太はわかったような、わかってないような返事をした。
でも、それでいい。
今はそれでいい。
「そろそろ中に入る?」
「ランボさんは、のどかわいた!」
「イーピンもおいで」
「是!」
「ぶどうがいい! ぶどうジュース!」
「はいはい」
玄関に入る前に、一度だけ振り返る。
アスファルトに描かれた、たくさんの。
ぐっと、唇を噛む。
「ランボ? どうしたの?」
「なんでもない!」
フゥ太の手を取って、家の中に入る。
届かなくても。
伝わらなくても。
今よりもっと強くなるから。
届くように。
伝わるように。
誰にも負けないぐらい強くなったら。
伝えてやる。
わからせてやるんだからな。
俺が一番だってこと!