初めて会ったときから惹かれていた。
優しくて、強くて、あたたかくて、格好いい人。
誇り高いボスの血統。
そんなの関係なく、ただ、心の綺麗な人。
不毛だとは知りつつも。
ずっと恋焦がれていたんだ。
成長すればいつかは釣り合うようになると思っていた。
小柄な背中に追いつけると。
それまでに、誰かが横に並んだとしても、見守るつもりはあった。
けれど。
あいつだけはダメ。
いやだ。
置いていかないで。
待って。
あいつを選ばないで。
僕だってツナ兄ぃのことが――
「フゥ太!」
びくりと身体を震わせると、ソファーから落ちそうになった。
「うんうん言ってたぞ。わるいゆめでも見たのか?」
「夢……夢か、そっか」
嫌な夢だった。
悪夢なんて、あいつの専売特許じゃないか。
縁起でもない。
「わるいゆめならランボさんがやっつけてやる!」
「ありがとう、ランボ」
くせっ毛を撫でてやると、うひゃあと嬉しそうな声を出した。
本当に、やっつけられたらいいのに――
「ただいまー」
「ツナだ! おかえりー!」
廊下から現れた姿に、心が穏やかになるのを感じる。
「おかえり、ツナ兄ぃ」
「ただいま」
もうすぐ高校も卒業する彼は、前よりもずっと綺麗になった。
背筋を伸ばすようになったからかもしれない。
それとも、あいつがいるから?
「今日はハンバーグだぞ!」
「やった。ランボも手伝ったのか?」
「ランボさんはね、お肉まぜたもんね!」
「えらいえらい」
ボスとして成長しても、それでも僕らに対する態度は変わらない。
だから期待してしまう。
「ツナ兄ぃ、僕も――」
ケータイの音。
ディスプレイに表示された名前を見て、顔を綻ばせて。
それだけでわかる。
あいつからだ。
「ごめん、ちょっと電話してくる」
いやだ。
行かないで。
僕の話を聞いて。
出かかった言葉は喉でもみ消して。
「うん」
笑って手を振ると、ツナ兄ぃは自室へと行ってしまった。
微妙な空気を感じたのか、ランボがちょこんと隣に座った。
「……怒ってる、のか?」
「どうして?」
「おでこがしわしわだぞ」
「……眉間って言うんだよ」
年下に当り散らすぐらい子どもでもなければ、自己完結できるほど大人でもない。
中途半端だ。
ため息をつこうとうつむいたとき、眉間に小さな指が触れた。
皺を伸ばすように何度も。
「もう、なんだよ」
「あのさ、ランボさんは、笑ったほうがいいと思うぞ」
「……じゃあ、笑わせてみてよ」
「にらめっこか!」
ランボは向かい合うように、僕の膝の上に座って、少し考えてから変な顔をした。
純粋に。
無邪気に。
僕の気をそらせようと。
笑ってあげたいのに、裏腹な言葉がこぼれた。
「ランボは、悩みとかなくて、いいよな」
それが地雷とは知らず。
ランボは一瞬きょとんとして、それから顔を真っ赤に染めた。
怒りすぎて泣く直前の。
震える唇が何度が動いて、最後に飛び出したのは――
「フゥ太のバカ!」
それから、戻ってきたツナ兄ぃに泣きついた。
「なんだよケンカか?」
「えと、その、」
泣きたいのは僕なのに。
そう思ったけれど、それよりも、どうしてランボが泣くのかがわからなくて。
泣かせたんだろうか。
「またフゥ太を怒らせたのか?」
「ち、違うよ、ツナ兄ぃ」
怒らせたのは僕だ。
「僕が、悪いんだ」
「フゥ太が? どうしたんだよ」
「僕、ランボに、その、悩みがなくていいねって、そしたら、怒って」
「そっか」
ツナ兄ぃはランボを抱えたまま、ソファーに腰を降ろした。
「それは、怒るね」
「どうして、僕、わかんないよ」
原因が僕だとわかっても、理由がわからない。
わからないから、どうすることもできない。
僕はランボのどこを傷つけてしまったのか。
「ランボの悩みの原因は、俺にも責任あることだから、一番わかるんだけど」
「ツナ兄ぃに?」
苦く笑って、ランボを優しく抱きしめる。
「こいつ、こんなに小さいのに、守護者なんて役目負って、そろそろ理解してきてるんだよ、責任の重さを」
「あっ……」
その特異な体質と潜在能力の高さから選ばれた、最年少の守護者。
物心つく前に背負ったもの。
指輪戦でのことを思い出して、僕はきつく唇を噛んだ。
悩みがないわけがないじゃないか。
痛いのも怖いのも嫌いなのに、痛くて怖い思いをした。
これからも、同じことが起こらないとも限らない。
守護者の宿命。
「ごめん、ランボ……」
小さな肩に額を当てて、僕は呟いた。
「ごめんね……」
返事は、ぎゅっとシャツを握りしめる手。
ツナ兄ぃは微笑むと、そのままランボを僕に預けた。
「あら、ツー君帰ってたの?」
「うん。ただいま、母さん」
台所へと消える背中を見送ってから、腕の中に視線を落とす。
少し大きくなって、少し重くなった。
そういえば、あんまり大声で泣かなくなった。
自分勝手することも減ったし、悪いと思ったら謝るようにもなった。
「そっか……」
ひとまわり、大人になっていたんだね。
「ごめんね、ランボ」
くせっ毛に顔をうずめながら、ぎゅっと抱きしめる。
いつかは二十年後ランボのようになるとしても。
誰もが認める雷の守護者へと育つまで。
「僕が、守らなきゃ」
小さな弟分を。
泣き虫な守護者を。
「フゥ太……」
「なに?」
「あのさ、ランボさんは、フゥ太が、好きだぞ」
「そっか。ありがとう」
「だから、だからっ」
腕を突っ張って体を起こして、真正面に瞳を捕らえて、
「ツナなんかより、ランボさんのほうが、フゥ太のこと好きなんだもんね!」
「――え?」
「こーゆうこと!」
視界から一瞬消えたかと思うと、頬に唇を押しつけられた。
「え、え?」
それから舌を突き出して、笑って、ランボはツナ兄ぃの所へ駆けていった。
「ダメツナ! ランボさんも手伝ってやる!」
「お前、いい加減その呼び方やめろよ」
「ダメツナはダメツナだダメツナ!」
楽しそうにはしゃぐ声。
機嫌は直ったみたいだ。
けど、さっきのは何?
頬に手を当てて、初めて気づく。
「え、えぇ、ええぇぇ!?」
好きと言う言葉とキス。
その意味は。
前ばかり見てきた。
好きな人の背中だけを追いかけていた。
だから気づかなかった。
追いかけてくる姿に。
もうすぐそばまで来ていた人影に。
想うのでなく、想われる気持ちに。
完全に不意をつかれた。
突然に胸を貫いた気持ちは、まるで――
電撃。