「東京タワーとやらに登ってみたいぞ、デーチモ」
突拍子もなく奇想天外。
どこからそんな知識を得てくるんだと不安に思いながら。
希望は計画に転じ、すぐに実行となった。
「――って、なんで他の守護者までいるんですか!?」
エレベーターを待つ列の中、長身のイタリア男たちに囲まれた状態で、小柄な綱吉は声を上げた。
今回の企画提案者であり綱吉の先祖でありボンゴレの初代でもあるジョットが神妙な顔つきで答ようとして、
「俺たち巻き込んで遊びてぇだけだろどうせ」
口を開くより早くGに悪態をつかれた。
「ったく無駄に実体化までしやがって馬鹿じゃねぇのか」
「んなっ、俺はっ、皆にも現代文化を知ってほしくてだなっ」
「だったら先に時代錯誤した雨月の格好どうにかしやがれ!」
勢いよく親指でさした先では、雨月がのほほんと微笑んでいた。
「目立ってしゃあねぇんだよ!」
「あれは雨月の個性だ!」
「意味わからん!」
「うーん、見苦しい争いですね」
ふたりの口論を嘲るように笑うスペードを見遣って、Gは静かに言った。
「テメェはそのコートとズボン脱げ今すぐにだ」
「セクハラです!」
「死ね!」
叫びつつ、房頭を思い切りはたく。
「デイモンになんてこと言うんだG! おもしろくていいだろう!」
「ちょ、お、おもしろいってな」
「だったらジョット? なんで? テメェは? マント脱いでんだ?」
間近に睨みつけてくるGの眼光を臆することなく真っ向から受け、ジョットは誇らしげに言い放った。
「目立つからだ!」
「死ね!」
パーン、と今度は金色の頭を思い切りはたく音が響き渡る。
そうこうしている内に、乗り込む予定のエレベーターが到着してしまう。
しかし、綱吉の頭上で繰り広げられる口論はさらにヒートアップしていて。
このままでは他の観光客にも迷惑がかかってしまう。
っていうかただでさえ目立つ集団がこれ以上注目を集めるとか耐えられない。
綱吉が泣きそうになっていると、その頭に大きな手が置かれた。
「ボス、可愛い孫を怖がらせてどうする」
「なんと!?」
ジョットは綱吉の怯えた様子を見て取ると、安心させるように優しく綱吉を抱きしめた。
「これはすまなかったな、デーチモ」
「い、いえ、あのっ」
「この箱の中に入ればいいのか?」
「あ、はいっ」
「うむ、わかった」
どさくさ紛れに頬にキスを落としてから、ジョットは綱吉の手を引いて扉を開けたまま待機しているエレベーターに足を向けた。
「よし行くぞ! G、ランポウを離すなよ!」
「任せとけ」
「ひいっ」
見るからに外国人さま御一行が次々とエレベーターに乗り込み、ほどよく隙間がなくなったところで扉が閉められた。
それにしても。
やはり巨大な壁に囲まれた状態で、ふと、綱吉は思った。
外国人だから余計にキレイに見えちゃうんだろうけど、それにしたって全体的にきらっきらしてるよなこの集団。
いや、見た目もそうなんだけど、それ以上に、なんていうか、この人たち……
「すごいな、速いなっ」
「こんだけ見晴らしよけりゃ狙撃もしやすいな」
「高うござるな、天上へ向かってるのでござるか?」
「うーん、この閉塞感、あまり好ましくありませんね」
「おぉ、あの階段、究極いい鍛練になりそうだなっ」
「帰りたいものね……」
統一性ない上に自由だなおい。
唯一黙っているアラウディもずっと眉間に皺を寄せたままで周りの空気が重苦しく、正直逃げ出したいほど怖い。
しかたなく黙って俯いていると、右側に立っているGが顔を覗き込むように問うてきた。
「綱吉、窮屈じゃないか?」
「あ、はい、大丈夫ですっ」
というか、固い鉄壁の守りのおかげで、ひとりだけすごく余裕です。
言葉裏にそう言い含めつつも、綱吉は安心させるように笑ってみせた。
Gも表情を綻ばせながら、少し強めに綱吉の頭を撫でた。
「すまねぇな、馬鹿がわがままで迷惑ばっかかけて」
「や、俺も、一回東京タワー来てみたかったんで」
「綱吉殿はいいこでござる」
今度は左側から、袖に隠れた手でよしよしと撫でられる。
なんだろう、この中で一番背が低いのもあるんだろうけど、みんなに頭撫で回されているような。
……まぁ、悪い気は、しないんだけど。
ちら、と正面のプリーモを見上げると、嬉しそうな顔をしていて。
綱吉は少し熱い頬を押さえて、こっそりため息を吐き出した。
一瞬浮遊したように揺れて、軽い音と共に扉が開いた。
「着いた! 着いたぞ!」
「見苦しいですよプリーモ、それでも初代ボスで」
「行くぞデーチモ! フジ山はどっちだ!」
「人の話を聞け!」
スペードの叱咤にも構わず、ジョットは綱吉の手を引いて早速窓に駆け寄った。
他の子どもと並んでべったりと張りつき、パノラマに広がる景色を見下ろす。
「おおお、お、おお?」
最初の興奮はどこへやら、ジョットは複雑そうに首を傾げた。
「どうしたんですか?」
「さんびゃくさんじゅうさんめーとるとはこんなものか?」
「あ、ここは、」
「まだ上があるよ」
綱吉を遮って答えたのは、意外にも一番興味がなさそうに見えたアラウディだった。
アラウディは向こうの人が並んでいる場所をさして言った。
「チケット、買わなきゃいけないよ」
「んー、並ばなくてはいけないようですね」
「俺が行ってくる。お前らはジョット見といてくれ」
「拙者も供しよう」
統一性がないなりにも役割分担はあるようで、Gと雨月が率先してチケットを買いに行き、残りはジョットと綱吉を囲むようにその場に留まることになった。
留まることになったと理解したのだが。
「……喉が渇いたな」
ふたりの姿が人混みに消えてから、ジョットがぽそりとこぼした瞬間。
「んー、階下にカッフェがあるようですよ」
「面白い床があるって下で話してたよ」
「あのふたりならすぐ追ってくるだろう」
「もう嫌だもう帰りたい」
「よし行くぞ!」
「え、ちょっ!?」
片手に綱吉の手、片手にランポウの首根っこを掴み、ジョットは鼻唄も楽しそうに階段へ向かった。
……役割分担はあれど、協調性は欠片もないらしい。
階段を降りると、左手に小さなステージ、右手にオープンカフェのような店があった。
「デーチモ! アレか? 面白いのはアレか!?」
ジョットが目ざとく見つけて駆け寄っていったのは、四角く切り取られた床。
ガラスのはめられたソコからは、展望台から真下を覗き込むことができた。
見下ろすと、締め切られているのに冷たい風が過ぎたような感じがして、落ちないとわかっていても少し外れたところに座り込んでしまう。
それとは真逆に、ジョットは勢いよくガラスの上に飛び乗った。
「おお! すごいな! 割れないのか!」
「今の割る気だったんですか!?」
「ちょっとした好奇心だ」
ジョットは綱吉と向かい合うようにガラスの上にしゃがみ、楽しそうに笑った。
「こうして見ると、なかなか高いものだな」
そう言って本当に楽しそうに笑いながら、ずっと掴んでいたランポウの首根っこを――引き寄せた。
「見ろランポウ! この高さ!」
「ひぎゃあああっ」
「え、ちょ、プリーモ!?」
「見たくないものね! 離すものね!」
「だらしがないな! まだ上にも行くんだぞっ?」
「いやだぁぁぁ!」
半狂乱に暴れまわるランポウを手放すことも振り回されることもなく、ジョットは至極楽しそうな顔でさらにランポウをガラスの上に押しつけた。
「うぇっ、うぇぇぇっ、離してぇぇぇっっ」
「楽しいな、デーチモ」
「たの、え、ちょ、えぇ!?」
大人げないイタリア人ふたりの行動に、ただでさえ目立つ集団なのにさらに人の目が集まってきてしまう。
どうしよう。
どうにかしないと。
ていうかこんなキャラだったのか初代ボス。
第一印象が壊れる音を聞きつつも、綱吉は他の人にどうにかしてもらおうと振り向いて、
「あ、れ……?」
誰の姿もないことに気がついた。
「って、え、えぇぇ!?」
慌てて辺りを見回すと、アラウディはひとりで別のガラスを覗き込んでおり、ナックルとスペードに至ってはカフェのところでのんびりとお茶を飲んでいた。
「自由すぎるわ!」
せめて一カ所に固まっておこうという気はないのか。
ないからこうなってしまったのか。
「ボスなんか嫌いだものねぇぇ! もう帰るものねぇぇぇ!!」
とうとう人垣すらできてきた現状に泣きそうになっていると、
「勝手に移動してんな!」
颯爽と現れたGがジョットの手からランポウを奪い取り、さらにもう片方の手でジョットの頭を殴った。
「痛い!」
「うわああんGぃぃ! ボスがぁぁぁ!」
「動くなら一声かけていけよ!」
「す、すみませんっ」
「綱吉殿は悪くないでござるよー」
後ろから袖に隠れた手に抱き寄せられながら、ぽむぽむと頭を軽く叩かれる。
ふんわりと香水みたいな匂いがして、なんとなく気が落ち着く。
この人、この中では唯一の癒しかもしれない。
「他の三人は如何したでござるかー?」
「えっと、床と、カフェで、その、」
指差した方向を見遣り、
「あぁ、承知した」
雨月はにっこり微笑んだ。
そして、綱吉を離すと静かにカフェのテーブルへと歩み寄り、持っていた扇子で二人の頭を連続して思い切り叩いた。
まさに一瞬の出来事。
というか、音がひとつしか聞こえなかった。
「――っい、痛いじゃな」
スペードの抗議が途中で短い悲鳴へと変わってしまう。
あちらを向いているため、どんな顔をしているかわからないが、青ざめたスペードの反応からすごく怖いのだけは想像できた。
なんとなく、同じ雨属性だからなのか、綱吉は怒ったときの山本を思い浮かべていた。
「代は違えど、ボスを困らせてはいけないのでござる」
声こそ優しそうだけど、きっと目が笑ってなかったりするんだろうな。
怯えるスペードを見ながら、やはり同じ属性の骸を思い出して、綱吉は小さく笑いをこぼした。
「おら、ランポウも泣き止め」
「う、うえっ、うえぇっ」
「ジョットも拗ねんな、エスプレッソか?」
「……カプチーノだ」
両脇に大きな子どもをまとわりつかせたまま、Gは途中でアラウディも拾ってからカフェの方にやって来た。
「慣れてますね……」
「10年20年の付き合いじゃねぇからなぁ」
手早く人数分のイスを集めて、三人をまとめて座らせる。
綱吉も座るのを待ってから、Gはテーブルに手をついて綱吉の顔を覗き込みながら問うた。
「綱吉は何が飲みたい?」
「ひぇっ」
こうして見ると、すごい迫力美人だよなぁ。
「どうした?」
「あ、やっ、俺も一緒に行きますっ」
慌てて立ち上がろうとした頭を押さえられ。
Gはそのまま綱吉の頭を力任せに撫で回した。
「子どもは甘えるもんだぜ」
「でも、」
「カッフェ・エ・ラッテでいいか? ジュースのほうが好きか?」
「うぁ、じゃあ、えと、カフェラテ、お願いしますっ」
「よし、今度は大人しく待ってろよ」
「拙者も手伝うでござる」
Gはジョットとランポウの頭を軽く叩いてから、雨月と共にカウンターへと向かった。
列の最後尾に並ぶ姿を眺めながら、知らず、嘆息してしまう。
何この出来た右腕っていうか保護者。
美人で親切で気配り上手で人の扱いがうまくて美人で完璧すぎて逆に怖い。
じっと見ていると、ふと目が合って、手を振られた。
「惚れるだろ」
「へっ!?」
ぎこちなく手を振り返していると、テーブルに寝そべったジョットが緩んだ顔でこちらを見上げていた。
「Gはイタリアでも男女問わずモテモテでな」
「モテモテって……」
「口は悪いが、まぁ黙ってればバレないしな」
「確かに黙ってると、キレイで、中性的というか」
「魅惑のっ、ぶはっ、アレなんだったか昔に雨月が言ったアレ」
テーブルを叩きながら、ジョットが誰にでもなく尋ねると、スペードが口を押さえ、ランポウが吹き出し、ナックルが思い出したように手を打った。
唯一無表情のアラウディが淡々と答える。
「魅惑のルージュ、私の情熱、どうかその蕾を私のためだけに綻ばせて」
「あははははっ」
「な、なんですかそれ」
「雨月がイタリア語慣れてない時に彼らが雨月に仕込んだ口説き文句」
「あのときのっ、Gの反応なっ」
「素直に繰り返した雨月もあれでしたが」
「爆笑だったものねっ」
「あそこまで動揺するGはなかなか見ものだったな」
「すごいぞデーチモ、Gはな、許容量超えると一回思考停止してからな、」
くつくつとこらえきれない笑いをこぼしながら。
「舌が回らなくなって噛みまくるんだよ、それで余計に焦って最終的に自己嫌悪に陥っ」
「殺すぞテメェら」
ガン、と痛そうな音が響く。
「いたいっ」
ジョットが見上げるより早く、再度トレイが頭上に振り降ろされた。
ガン。
「いたっ、いったいではないかっ」
「おーおーよかったなー」
ガン。
「いたいっ」
「綱吉はカッフェ・エ・ラッテだったな」
「え、あ、わわっ」
フタのおかげで中身のこぼれていない紙コップを綱吉の前に丁寧に置き、Gはにこやかにもう一度トレイでジョットの頭を殴った。
「いたいっ」
「綱吉にいらねぇこと吹き込んでんじゃねぇよ」
「思い出話をしていただけだ!」
「なんだ? 思い出なら俺が俺の知ってるだけ全部語ってやるよまずテメェが五歳の時に近所のマリアンナ婆さんのとこで」
「うわあああっちょっGすまん! 謝る! 謝るから!」
「んー? なんですかそれは初耳ですね」
「デイモン!」
「テメェもそういや初任務の時に」
「ちょ、なんでこっちに飛び火するんですかっ!?」
「俺の記憶力なめんなよテメェらの恥ずかしい話ひとつと言わず一晩中語ってやらぁ楽しみだなぁ楽しいよなぁ楽しめるんだよなぁ」
そう言ってGが穏やかでない笑みを浮かべた瞬間、にこやかな雨月と無表情のアラウディを除く全員が真っ青になって頭を下げていた。
なんか今、一瞬だけど、初代守護者たちの力関係を見た気がする。それと同時に今見たものを忘れたい衝動に駆られた。ていうか、できれば見たくなかった。
「…………はぁ」
Gはため息ひとつ吐き出すと、トレイをテーブルに置きながら意気消沈しているジョットの隣に座り、その頭をかいぐり撫でた。
「反省すりゃいいんだよ」
「G……」
「おら、カプチーノ。冷めない内に飲め」
「うむ……」
紙コップをゆっくり傾けてから、ジョットは眉根を寄せた。
「……なぁ、G」
「なんだ?」
「このカプチーノやけに苦いんだが砂糖忘れてないか?」
引きつったGの顔を見て、超直感でもなく瞬時に理解する。
あぁ、この人、まったく反省してないや。
とりあえずのお茶会を楽しんでいると。
「あぁ、そうだ」
Gが思い出したように、買ってきたチケットと数字の書かれたリザーブチケットをテーブルに出した。
「上に行くには人数制限があるとかで、順番待ちしなきゃいけねぇんだと」
「順番待ち……?」
アラウディが不服そうに繰り返す。
Gは片手を振って制し、向こうにある小さな画面を指差した。
「あそこに、この数字が出たら、上の入口に来いってよ」
「んー、あと20人ぐらいでしょうか」
「もう一生減らなくていいものね……」
「こうしている間に過ぎてしまいそうでござるなぁ」
雨月がお茶をすすりながら、口調もゆったりと言った。
「うむ、見逃さんよう注意せんとな」
「それならアラウディが見てるから大丈夫だろう」
「今日ずっと楽しそうだよな」
「えっ、アレ楽しそうなんですか?」
思わず口に出してしまった問いに、ジョットとGが同時に答えた。
「「超楽しんでる」」
イントネーションすら見事な多重音声。
「アイツは珍しいものや新しいものが好きだからな」
「なんか意外……」
しかし、十年後の雲雀も匣兵器を集めていたことを思い出し、近いものがあるのかもしれないとも考える。
綱吉は紙コップを傾けながら、なんとなく、他の守護者たちも観察してみた。
自分の仲間もそうだけれど、個性の強い面々。
与えられた属性が表す気質は、代は違っても似ているものらしく。
それぞれに自分の仲間を重ね見てしまう。
最後に隣に座るジョットに目を向けると、濃い琥珀色の瞳とかち合った。
「な、なん、何ですか?」
「ん? 少し、さみしそうに見えたからな」
「えっ?」
ジョットは綱吉の頭を撫でながら引き寄せ、そのこめかみに唇を押し当てた。
「デーチモの守護者もつれてくればよかったな」
「そ、それは……」
一瞬想像してから、げんなりと答える。
「大変なことになりそうなんで……」
特に骸と雲雀を一緒にするとか東京タワーが破壊されかねない。
獄寺だけでもギリギリアウトかもしれないというのに。
「はは、デーチモの守護者もおもしろい奴ばかりだからな」
「あの自称右腕のガキはまだまだだったがな」
「Gは厳しいでござるな」
「晴の若造はなかなか見込みのある者だったぞ」
「雲の子もね。鳥もかわいかった」
「ガキンチョは嫌いだものね……」
「んー、彼の組織に染まらない気質は確かに気に入りましたが」
「デイモンのところは女の子もいるだろう、羨ましい」
「あなたって人は相変わらずですねっ」
「まぁまぁ、喧嘩は駄目でござるよー」
「雨のガキは成長したらおもしろそうだよな」
「あぁ、真っ直ぐな、いい目をしていたでござる」
それぞれの評価を聞きながら、なんとなく、くすぐったい気持ちになる。
綱吉は紙コップの水面に映る自分を見て、変な顔、と思った。
自分のことじゃないのに、嬉しくて、すっかりにやけてる。
「どうやらデーチモも、良い仲間に恵まれたようだな」
「……はい」
「大事にするんだぞ」
「はい」
頭を撫でる手が気持ちよくて、綱吉は頬を赤くして表情を緩めた。
「……なぁ、G見てくれ」
「ん?」
「デーチモが、デーチモがものすごくかわいい!!」
「ちょ、プリーモ!?」
「おー、かわいいなぁ」
「Gさん!?」
「ぶっは、じーさんだと!」
金色の頭を見もせずに殴り、Gはテーブルに広げたままだったチケットを回収しながら淡々と告げた。
「綱吉、俺のことは呼び捨てでいい。あと敬語も使わなくていい」
「え、でもっ」
「かしこまられんのはどうにも居心地が悪ィんだ。すまねぇな」
「そんなっ、Gさ、あ、えと……Gは、悪くない」
「そう言ってもらえると助かる」
「Gは照れ屋でござるからなぁ」
「雨月!」
「え、え?」
「仏頂面のときは大抵照れているのでな、覚えておくと良いでござるよ」
「雨月テメェあとで殴るから覚えてろよ!」
「さてはて」
Gの怒声をさらりと受け流して、雨月はのんびりとお茶をすすった。
そう言われてみれば。
髪に隠れてわずかに赤くなっている耳を見て、綱吉はバレないように傾けた紙コップの中にこっそりと口元の笑みを隠した。
「あ、もう少しだよ」
アラウディの声にそれぞれ顔を上げて確かめると、画面の数字があとふたつというところまできていた。
「よし、そろそろ行くか、デーチモ」
微笑んで差し出された手を、綱吉も笑いながら取り、立ちあがった。
二回目のエレベーターは先のより狭く、全員入ってちょうどくらいだった。
ベルトが動く音と共に上昇する。
幾分落ち着いたのか、特に会話もなく静かなままエレベーターは上がり続けた。
約一名ほど今にも死にそうだけれど。
「少し暗くなってきたな」
「もう夕方ですからね」
「日が沈むところが見られるといいな」
「好きなんですか?」
ジョットはわずかに目を細めて、頷いた。
「あぁ」
鉄柱に遮られながら断続的に差し込む光。
遠く遠く地平へ落ちる視線。
西へ向けて。
その理由を問おうとしたとき、エレベーターの上昇が止まった。
「よし、準備はいいな、G?」
「おー」
「ひぃっ」
ジョットが左脇を、Gが右脇をそれぞれ抱え。
「いやだぁぁぁぁこわいものねぇぇぇぇっっ」
扉が開くと同時に泣き叫ぶランポウを連れ出したふたりの後に続いて、綱吉たちもエレベーターから降りていった。
下よりは随分狭い、ガラス張りの空間。
他の観光客やカップルが楽しげな雰囲気を保っていた中の、突然の悲鳴。
視線を集めてしまうのは当然で。
もういっそ諦念を抱きつつ、綱吉は誰にでもなく問うた。
「いつもあんな感じなんですか……?」
「ふたりは年下のランポウが可愛いのでござるよ」
「アレの反応はおもしろいしね」
「えっ」
「あまり周りに迷惑かけてはならんぞー」
ナックルの諫言に手を振りつつも、ジョットは窓ガラスにランポウを押しつけた。
甲高い悲鳴が響き渡る。
「あ、白目剥いた」
「究極に鍛錬が足らんぞ」
「んー、初代ボンゴレファミリーともあろう方々が嘆かわしい」
「ジョットー、デイモンも構ってほしいそうでござるよー」
「ちょっ、雨月!?」
「そうなのか? なんだ相変わらずシャイボーイだな」
「ふざけるな!」
失神したランポウをGに預け、ジョットはスペードの腕を抱き寄せた。
「は、離しっ」
「デーチモも、行くぞ」
「えっ、あっ」
手を引かれるままに、西日の眩しい窓に小走りで駆け寄る。
わずかに赤みを帯び始めた光。
愛おしげに見つめる濃い琥珀色。
スペードはしばらく不服そうな顔をしていたが、やがてあきらめたように息をひとつ吐き、ジョットと同じ方向に目を遣った。
それまで自由行動だった他の者たちも示し合わせたように、静かに、西の空を見つめる。
刻一刻と。
橙が朱に変わり。
赤を濃くして。
闇へと飲まれる。
まばたきさえ惜しむように。
ジョットは夕日に目を向けたまま、静かに言葉を紡いだ。
「……陽が昇れば、必ず沈んでしまうように、」
ゆっくりと、言い聞かせるように。
「始まりがあれば、必ず終わりが訪れる」
ここからは水平線も地平線も見えない。
夕日がどこまで沈んだかも知れない。
ただ赤く、反対側の空さえも赤く染めて。
まるで炎をともしたかのように、ジョットの瞳が揺らめく。
「終わりは希望だ。終わりがあるからこそ、また始まるものがある」
「……さみしく、ないの?」
「少しはな。この手にあったものが一度は消えてしまうのだから」
ゆっくりと。ただゆっくりと。
空は色味を失って、星の見えない夜を迎える。
「……だが」
外からの光を失った展望台に、色とりどりのライトがつき始める。
幻想的な空間で。
ジョットは窓から綱吉に視線を移し、繋いだままだった手を離して綱吉の頭を撫でた。
「デーチモが作る新しいカタチが、俺は楽しみで仕方ないのだ」
「新しい……」
「それはもうボンゴレでもファミリーでも、マフィアでもないのだろうが」
ジョットはわずかに目を伏せて、呼気に乗せて告げた。
「きっと素晴らしいものになる」
その表情から感情は読み取れない。
寂しいのか、嬉しいのか。
どこまでも本心はわからないまま。
綱吉は知らず、ジョットの上着の裾を掴んでいた。
迷子のように泣きそうになりながら。
「どうした?」
何を言えばいいのだろう。
わからなくて、綱吉は首を振ったまま、俯いてしまった。
違う。
本当は、ジョットの気持ちも、自分の感情もわかっている。
けれどそれを表現する言葉がなくて。
伝える音がない。
「……デーチモは優しい子だな」
ジョットは吐息に笑いながら、綱吉の頭を抱き寄せた。
「その優しさが心配でならないが、デーチモなら大丈夫だ」
あやすように小さな背中を叩き。
髪越しにキスを落とす。
「どうしようもないときは仲間を頼れ。頼れる仲間を持ったことを誇りに思え」
両頬を包んで持ち上げると、ジョットのとは違う栗色の瞳があった。
けれど、同じ炎を宿した瞳。
すでに夕日は沈んだというのに、淡く燃える橙色の炎。
「俺たちが認めた仲間だ。必ずデーチモを助け、支えてくれる」
毅然とした光。
「そして、そんな仲間たちに頼られる強い男になれ」
「……はい」
「いい返事だ」
ジョットはもう一度、きつく綱吉を抱きしめて。
「――っわいいなデーチモは素直でいい子だな!」
そのまま綱吉の体をくまなく撫で回した。
「ぎゃあああっ!?」
「これがアレだな目に入れても痛くないというか食べちゃいたいぐらいかわいいというやつだな!」
「ちょっ待っプリーモ!」
「デーチモのようなかわいいかわいい孫がもてて俺は」
「いい加減離してやれ」
「落ち着くでござるよー」
パカーン、と小気味よい音が響く。
腕の力が緩んだ隙に脱出して確かめると、どうやらGが拳で、雨月が扇子でジョットの頭を叩いたようだった。
続けてナックルが襟首を掴み上げ、アラウディが左手に手錠を、スペードが抱えるように右腕を拘束する。
「なっ、何をするお前たちっ」
「人が嫌がることをしてはいかんぞ」
「未成年への猥褻行為は犯罪だよ」
「わっ、猥褻っておいデイモンまでっ」
「さすがに見苦しいです……人として」
「人として!?」
ここまで言われてはさしものジョットもへこんだのか、捨てられた子犬のような上目遣いで綱吉を見てきた。
「すまんデーチモ……」
「えっ、そんな、大丈夫ですっ」
「こんな俺でも嫌わずにいてくれるか……?」
「もっ、もちろん! 嫌いになるわけっ」
思わず伸ばそうとした綱吉の腕を掴んで、Gは静かに制した。
「おい綱吉、甘やかすな。コイツ眠そうな顔して頭だけはキレるからな」
「褒めるかけなすかどちらかにしろっ」
「けなしてんだよ!」
「なんと!?」
「綱吉殿も適度に嫌がったほうが良いでござるよー」
ジョットとGが口喧嘩を始めた隙に、雨月が長い袖で綱吉とジョットの間を区切るように、綱吉を軽く抱き寄せた。
「わわっ」
「あっこら雨月! デーチモを隠すな!!」
「そろそろ撤収するぞてっしゅー」
「待てG! ナックル離せ!」
「すまんなボス、それは聞けん話だ」
暴れるジョットをものともせず、ナックルは小柄な体を小脇に抱えた。
「離せ離せどうせならデイモンがいい!」
「ばっ、黙りなさい!」
先導するGと雨月に手を引かれつつ、綱吉は首だけで振り返ってみた。
後ろ向きに抱えられているせいでジョットの表情は見えないが、スペードが顔を真っ赤にして怒っているところから察するに、反省する気も何もないのだろう。
ていうかアラウディがランポウを遠慮なしに引きずってるのに誰も突っ込まないとか。
もう完全に、話に聞いていた人物像とはかけ離れてて。
最初のイメージとも違う。
今、周りにいるこの人たちはみんな、等身大の人間で。
綱吉はなんだかもうこらえきれず、
「あは、あははははっ」
溢れるままに声に出して笑い始めた。
それを見て、Gも楽しそうに笑う。
「すげぇ馬鹿ばっかだろ?」
懐かしむように。あるいは自慢げに。
統一性も強調性もないけれど強い結束力をもった仲間を。
綱吉は羨ましく思うと共に、自分もそうありたいとも思った。
自分の仲間に早く会いたくて。
今日の話をしたくて。
無性に願う。
みんなに。
会いたい。
すっかり暗くなった帰り道。
「今日は無理を言ってすまなかったな、デーチモ」
「いや、その……俺も、すごく楽しかったです」
言って笑ってみせると、ジョットは片手で口を押さえて顔をそむけた。
もう大体わかる。
今日一日でわかるようになった。
絶対この後に、
「デーチモがかわいすぎて帰りたくない……!」
と言うんだ。ていうか言った。
「孫にまで迷惑かけんな」
「そろそろ炎も尽きる頃合いでござろう?」
「うっ……」
しょんぼりとしつつも、ジョットは両手で綱吉の手を握った。
「今日は本当に楽しかった。礼を言う」
「あはは、そんな大層なことしてないですよ」
「いや、デーチモが……綱吉がいてくれてよかった」
外灯にもキラキラと光るまつ毛をわずかに伏せて。
今日一日のことを思い出しているのか。
少しだけ頬を紅潮させ。
ジョットはとてもいい笑顔で告げた。
「次は東京スカイツリーだな!」
「はあ!?」
「来週の土曜か日曜あたりにまた来るからな!」
「ちょっ!?」
「Arrivederci! デーチモ愛してるぞ!」
「待っ、ちょっ」
ご丁寧に投げキッスまで残し、ジョットと守護者たちは光の塵となって、あっという間に消えてしまった。
「え、えぇ、えええええぇぇぇぇえ?」
消える寸前にGが片手を謝罪の形にしていたとか、そんなの何のフォローにもならないぐらい。
次があるとか今は考えたくないぐらい。
ていうかできればこういうことはコレっきりにしてほしいぐらい。
「疲れた……」
綱吉はがっくりと肩を落としてうなだれた。
その背中に。
「十代目!」
懐かしいとすら思える声。
「夜道の一人歩きは危険っスよ!」
「変質者とか出るもんなー」
振り返りながら、胸の中が満ちてゆくのを感じる。
嬉しくて駆け寄ると、やっと、帰ってきたという実感が湧いてきた。
「どっか出かけてたって聞いたけど、どこ行ってたんだ?」
「あ、えと、ちょっと、東京タワーまで」
「声かけてくださったら、俺もお供しましたのに!」
「うん、あのね、あのさっ」
Gと雨月に手を引かれたことを思い出しながら、片手ずつに二人の手を握る。
大きさも感触も全然違う。
けれど、こっちのほうがいいと思った。
「次は、みんなで行こう」
ランボも連れて、京子ちゃんのお兄さんも誘って。
怖いけど、骸と雲雀さんにも声かけて。
「やっぱり、俺は、みんなと一緒がいいや」
ジョット達の、あの関係も確かに羨ましかったけど。
自分には自分の、関係がある。
不器用でも、ちゃんとした繋がりをもってるから。
「……も、もちろんっス!」
「俺もツナたちと一緒がいいのなー」
山本と獄寺はそう言って、ぎゅっと綱吉の手を握り返した。
「うん、ありがとう」
なぜだか少し泣きそうで。
それを誤魔化すように、綱吉は軽く頭を振ってから顔を上げた。
「ふたりとも、もう晩ごはん食べた?」
「まだっスけど?」
「じゃあウチで食べてってよ」
「いいのか?」
「たぶんまた余分に作ってるだろうし」
照れたように、ふにゃりと笑う。
「今日のこと、いっぱい、聞いてほしい」
山本と獄寺は顔を見合わせてから、ぐい、と繋いだままの手を引いた。
「わ、わわっ」
慌てて足を踏み出し、引かれるままに歩き出す。
「ツナひとりで行ってきたのか?」
「え、ううん、プリーモ達と」
「たちってことは、他の守護者もいたんスか?」
「うん、それがさ――」
あと少しの帰り道。
きっと語り尽くせないだろう話をしながら。
綱吉は改めて思った。
何もない日常が、一番いい――と。
「まぁそんなこんなで次の約束を取り付けたわけだが」
「無理やりな」
「楽しみでござるなぁ」
「それにも登れるの? 高いの?」
「東京タワーより高いぞ」
「ひっ」
「おぉ、もちろんランポウも連れて行くからな」
「もう嫌だものね! 絶対行かないものねぇ!!」
「今度は自力で登りたいものだなっ」
「んー、普通に考えて無理でしょう、それは」
「とにかく、最終目標に向けて協力頼むぞ」
「あー、なんか言ってたな」
「何ですか、それ」
「あぁ、デイモンにはまだ話してなかったな」
「ま、また、私だけのけ者にして……!」
「忘れてただけだ。愛してるぞ? だから協力してくれ」
「なっ、そんなこと言ったって、ま、まぁ、話だけは聞いてあげますけどっ」
「俺の最終目標はだな!」
「綱吉殿にじいじと呼ばれたいそうでござる」
「そうだ!」
「想像以上にくだらないっ」
「そのためにもまずはデーチモと親睦を深め、そして必ずやじいじとハートマーク付きで呼ばせてくれる!」
「がんばれー」
「がんばれー」
とか、指輪の中で盛り上がってることを、綱吉が知るよしもなく。