***前哨戦***
酒の肴に交わす思い出話は尽きることなく。
日の変わりを告げる柱時計の音に、ジョットはグラスを置いて懐中時計の蓋を開けた。
「もうこんな時間か」
晩酌の延長で始めた席だったが、かれこれ三時間も呑みっぱなしだったのか。
「そろそろ寝るか?」
そう言いつつも、Gは構わずジョットのグラスにワインを注ぎ足した。
雨月と自分のグラスにも並々と注ぐ。
「いや、もう少し」
「じゃあ――」
言いかけたところで、扉が音を立てて開けられた。
「……ジョット」
かけられた声に、わずかに酔いの色を見せる頬を弛める。
ジョットはグラスに口をつけたまま、深夜の訪問者を手招いた。
訪問者――デイモンは整った眉をひそめると、ジョットに歩み寄り、静かにも怒気を含めた声音で問うた。
「んー、明日も早いというのに貴方は何をしているのですか?」
ピリピリと肌を刺す空気を物ともにせず、ゆったりと肘かけにもたれながら問い返す。
「ベッドに俺がいなくて寂しかったのか?」
「ばっ、ふざっ、ふざけないでください!」
一気に顔を赤く染めたデイモンの反応に、ジョットはくつくつと喉を鳴らした。
処女でもないのに、どうしてこれほどまでに可愛い態度をとってくれるのか。
「べ、別に貴方を迎えに来たわけではありませんっ」
言い訳染みた訴えを軽く無視して、掲げるようにしてグラスを差し出す。
「だったら、お前も一緒に飲むか?」
「お断りします」
ふい、と視線をそらした隙に、
「まぁそう言うな」
ジョットは葡萄色の液体を口に含みつつ、その襟首を掴んで引き寄せると、
「んぅっ!?」
舌を絡めるようにしてそれをデイモンの咥内に流し込んだ。
すべて飲み込むまでキスで口を塞いで。
白い喉が上下したのを見て、ジョットはデイモンを離した。
「なっ、なにすっ」
途端、くらりと世界が揺れる。
舌根を甘く焼くような熱を感じつつ。
認識した頃には、デイモンはジョットの膝にしがみつくように、その足元に跪いていた。
耳許にくつくつと笑い声が触れる。
「本当に弱いな」
「う、うるさっ――」
顎を捕まれ、再び否応なく喉へと液体を落とされる。
「ふぁ、んっ、んくっ」
さらに執拗に絡む舌が。
体が熱を蓄積して、対照的に力を失っていく感覚。
「人前でいちゃつくな死ね」
ひゅん、とジョットの耳元を何かが過ぎた。
軽い音を跳ねさせて、足元にコルク栓が転がってくる。
どうやらGがテーブルの上に置いてあったのを投げつけたらしい。
ジョットはいつもと変わらない表情の読みにくい顔でGを見遣った。
「危ないな」
「この節操なしが」
「こんな可愛いのが目の前にいたら仕方ないだろう」
そう言って、ジョットはぐったりとしているデイモンの蒼髪を愛おしげに撫でた。
ひゅん、と頭の真横をふたつめが通過する。
「よけんなよ」
「よけるだろ」
みっつめも容易によけてから、ジョットは真顔で問うた。
「お前どうしてそんなストイックなんだ」
「テメェはなんでそんな馬鹿なんだろうな」
「あぁ、不感症か」
「死ね!」
よっつめはデイモンに当たりかけたが、ジョットが受け止めてすぐさに投げ返してきた。
一瞬にも関わらず正確にGの眉間を狙っていたが、首を傾けただけでよけられてしまった。
「よけるなよ」
「よけるっつの」
「こらこら、ふたりとも」
「それかアレだ、まだ童貞か」
「とっくに捨てたっつーの」
「あまり騒いでは」
「どっちにしろ使わんと腐るぞ」
「テメェのひねり千切ってやろうか」
「いけぬゆえ」
「あっ、まさかお前イン」
「その口撃ち抜くぞゴラぁ!?」
「いい加減にせぬと」
「おぉっ、図星か!」
「んなワケあるかぁ!」
「――怒るが?」
静かにも刺すような殺気をまとって。
ジョットとGは思わず口を閉じ、おそるおそる雨月を見遣った。
そこにあるのはいつもと何ら変わらぬ笑顔であるが、しかし、細めた双眸がまったくといっていいほど笑っていなかった。
悲鳴を噛み殺して、恐怖に体を固める。
「喧嘩も、ほどほどにするでござるよ?」
ふたり同時に頷いて見せると、雨月も満足そうに頷き、まとう空気を一瞬にして柔らかいものへと戻した。
「なれば、良し」
ジョットとGは安堵するように、長く息を吐き出した。
普段穏やかな者ほど怒らせるとおっかないとはよく言ったものだ。
「そういえば、デイモンは大事ないか?」
「えぇ、これぐらい、平気です」
テーブルを掴むようにして立ち上がる。
一滴も飲めない下戸だと聞いていたが、その表情に酔いの色は見受けられない。
「邪魔、しましたね。失礼します」
怪訝そうにするGを睨み、気を遣ってくれた雨月には丁寧に頭を下げてから、デイモンはきびすを返した。
「デイモン、待て」
呼び留めも無視して、扉が音もなく閉まる。
「……ったく、しょうがない奴だな」
ジョットはグラスをあおって空にすると、やれやれと立ち上がった。
「俺も失礼する、おやすみ」
「あぁ」
「良い夜を」
軽く手を振り、ジョットは足早にデイモンを追いかけて部屋を出ていった。
***本番戦(ジョット×スペたん)***
扉を出てすぐ、ジョットは壁に寄りかかるようにして座り込むデイモンを見つけた。
深くうなだれているせいで白いうなじが露わになっている。
容易くへし折れそうなほど細い首。
「……デイモン」
優しく名を呼ぶと、細い肩がわずかに震えた。
いや、違う。
作り出した幻覚が崩れかけているのか。
「デイモン、大丈夫か」
両手首を掴んで実体であることを確かめつつ、ゆっくりと立たせる。
手の平に脈動を感じて。
とん、とその背が軽く壁に当たった途端、霧のように幻覚が消え去ってしまった。
そうして現れたのは――
ジョットは思わず息を飲んだ。
常ならば雪ほどに白い肌は、今は胸元まで桃色に染められ。
淡い蒼眼には涙をたたえ。
薄い唇は蜂を誘う薔薇のように赤く綻んで。
先ほどの冷静な様子など、どこにもない。
完全に酔いに浮かされた身体が、そこにはあった。
「デイモ――」
「ど、して」
ジョットを見つめたまま、まばたきの間に雫が頬に落ちる。
「どうしていつも、わたしのいやがることばっかり、するんですかぁ……っ!」
真珠のように幾粒も。
「かれらのまえでこんなっ、こんなしゅうたいをさらせって、いうんですかぁ!?」
朱を差したように赤い目許を飾って。
「こんななさけないまね、あなたのまえだけでじゅうぶんです……っ」
それを唇で吸い取って、ジョットはそのままデイモンの口を塞いだ。
嗚咽に震える舌に吐息を絡めて。
「……んっ、ぅ……」
何度も食らいついて。
互いの体温が同じになった頃合いで、ようやっと離れる。
「っはぁ……」
酒気に触れてさらに赤みを増した唇に、そっと囁きかける。
「そう可愛いことを言ってくれるな」
「か、かわいいって、なっ――」
ズボン越しに擦りつけられた硬さに、デイモンは思わず言葉を失った。
琥珀の瞳を見つめたまま、ゆるゆると首を横に振るが、浮かべられたのは意地の悪い笑み。
ジョットは掴んでいた手首を、デイモンの頭上でまとめて壁に押さえつけると、
「もっと啼かせたくなるだろう?」
シャツの中にもう片方の手を忍び込ませた。
「まっ、やっ、こんなところでっ」
「俺に寝室まで我慢しろと言うのか?」
「す、すぐそこでしょ、ぅあっ」
浮いたあばらを順に撫で、胸の先に触れる。
「やっ、やめっ」
「デイモンはここをいじられるのが好きだったな?」
「そ、そんなこと、ありませんっ」
「嘘は駄目だぞ」
「ひあぁっ!」
弦をつまびくように弾くと、甘い嬌声が奏でられた。
ずっと押しつけられたままの熱は硬く張りつめていて。
「このっ、よっぱらい……っ」
呂律の危うい文句を聞きながら、ジョットは布越しに胸のしこりを甘く噛んだ。
「やんっ、んくぅ……」
下唇を吸い込んで声を殺しても、甘い息が鼻から抜けて。
快楽が血液と一緒に体中を冒していく。
なのにいつまでもゆるい刺激が。
「……ん、ぅ……っ」
デイモンは無意識に密着した腰を揺らせ、熱を持ち始めた自身をジョットのそれに擦りつけた。
ふ、と短く笑う吐息。
「こちらも可愛がってほしいようだな」
「――っ」
我に返った時には遅く。
ジョットは否定しようとする口を塞ぐと、下着の中の昂りに指を絡ませた。
「んんっ、ふ、んぅー!」
ゆるく握り込みながら上下にしごかれる。
水音。
静かな廊下中に響くようで。
「やぁ……いやぁ……っ」
下着ごとズボンをずらすと、すでに上を向いた鈴口からは蜜が滴っていて。
それを指先で掬い取って舌に乗せる。
癖になるような甘さを、もっと味わうために。
デイモンの手首を離し、その足元に膝をつく。
「……ジョット……っ!?」
驚く視線に笑みを返しつつ、ジョットはそれに舌を這わせた。
「だめっ、やっ、だめですっ」
腰を引いても壁があるせいで逃げられない。
咥内深くに飲み込まれて。
「ジョット、ジョットやめて、くださぃ……っ」
「なんだ、いつもは悦ぶ癖に」
「ば、ばしょ、かんがえなさひぁっ!?」
濡れた指が一気に後口を細く貫いた。
「ぃ、たぁ……っ」
すぐに二本、三本と増やし、ばらばらに中をかき混ぜる。
デイモンは耐えられず、ジョットの肩に手を置いて前屈みに身体を支えた。
それでも脚が震えて。
「あっ、やぁ……いぁっ」
舌先と指先から水音が。
こぼれる自分の声すら羞恥を煽って。
「ひあっ……ん、やぁっ……」
頭が痛くて。
思考が壊れそう。
「だめ……だめぇ……っ」
「腰を揺らして言うセリフじゃないな」
びくりと身を震わせる。
「そ、そんな、こと……っ」
「もう指だけでは物足りなさそうだぞ?」
「ふぁあっ」
ぐるりと中をかき回して、ジョットは指を引き抜いた。
腕を引いて己の首に絡ませ、膝裏に手を差し入れて片足を持ち上げる。
「なっ、なにすっ」
必然的にバランスを崩しかけたデイモンを壁に押しつけて、
「こらえろよ?」
「ひぁっ、やっ、やぁあっ!?」
ジョットは片手で取り出したモノで、深く深く貫いた。
「……ぃっ……いやぁっ」
「何がだ?」
「こっ……こんなとこ、で……っ」
脈打つ首筋から鎖骨へと熱い舌を這わせつつ、挿抜を開始する。
「やっ、だれか、き、きたらぁっ」
「あぁ、大変なことになるな」
「わ、わかっ、ぁんっ、ならっ」
「だから声を抑えないと、聞きつけた誰かが来てしまうかもな」
「――っ」
きゅう、と締まる感覚にジョットは思わず息を詰めた。
口角を吊り上げ、囁きかける。
「興奮した、か?」
「ひ、んっ」
デイモンはきつく抱きつくと、ジョットのシャツを噛みしめた。
こぼれ落ちた涙が丸いシミを広げていく。
必死に耐える姿にはやる気持ちを抑えつつ、わざとらしくゆっくりと律動を続ける。
「んっ……んぅっ……っ」
日常空間すら淫らに染めていくようで。
背徳か、冒涜か。
これほどまでに劣情を煽り立てるのは。
「ひ、あっ!?」
わずかに角度を変えて敏感な一点を突いた瞬間、
「―――っ!」
早くもデイモンは白濁をこぼして果ててしまった。
「なんだ、もうイったのか」
ため息と共に自身を抜き、抱えていた足を降ろしてやる。
それでも自力では立てないのか、デイモンはジョットにすがったまま嗚咽を洩らした。
「こ、こんな、こんなはずかしめ、も、いやですっ……!」
ぞくぞくと。
掠れた声にさえ刺激され。
デイモンの手を壁に導きつつ、その背に覆い被さる。
そっと耳許に唇を寄せて。
「俺はまだ、満足していないぞ?」
「や、んあぁっ!?」
ジョットは腰を引き寄せるようにして再び奥深くへとねじ込んだ。
「ま、待って、だめ、いまイったとこっ」
「あぁ、そうだな」
平然と答えて白濁を垂らせる根元をきつく握りしめてやる。
「次は我慢しろよ」
「ひあぁっ!」
壁についた手に額を押しつけて。
絶え間ない律動に、デイモンはこらえきれない嬌声をこぼした。
「やっ、ああっ、ん、んやぁっ」
膝が震えて、今にも折れそう。
なのに快楽は容赦なく打ち付けられて。
「んくっ、ふぁ、ふかぃっ、んんっ」
空気が足りない。
喉が苦しい。
頭が。
思考が。
「らめっ、こわれ、るからぁっ」
逃げ場を失った熱が。
「ジョット、ジョットぉっ、も、おねがぃっ」
「何だ?」
「やめっ、てぇっ」
「そうじゃないだろう」
「ひああっ」
強く深く突かれて気を飛ばしそうになる。
それでも深く速く犯されて。
ジョットは背後から赤い耳朶に舌を這わせ、堕落へと誘うような声音で問うた。
「デイモン」
ぞくぞくと。
麻痺する。
「どうしてほしい?」
唾液を嚥下する音。
甘く痺れる舌で、デイモンは答えた。
「ぃっ……イカせて、んっ、くださぃっ」
くつくつと低い声が鼓膜を震わせて。
朦朧と。
熱が。
理性が――
「もぅっ、だめぇっ、はやくっ、中に出してくださぃいっ!」
強引に顎を引かれ、呼吸を奪われる。
間近で琥珀を揺らめかせて。
「あぁ、たっぷりくれてやる」
ジョットは最後に深く最奥を抉った。
「ひあっ――!?」
一瞬乱れた吐息と。
体内に広がる熱と。
放たれるものを感じながら。
デイモンは眠るように、意識を手放した。
一気に重くなった体を間髪入れず抱き寄せ、ジョットはゆっくりと自身を引き抜いた。
伏せられた長い睫毛が緩く震える。
「……デイモン?」
試しにキスを落としてみるが、起きる気配はない。
酒を飲ませたこともあり、早くも深い眠りへと落ちてしまったのだろう。
「本当に、毎度いい反応を見せてくれる」
気位の高さゆえに嫌がったり耐えようしたりするから。
その態度が可愛いくて可愛くて、つい、いつも度が過ぎてしまう。
「起きたら烈火のごとく怒るのだろうなぁ」
ため息混じりに笑みをこぼしつつ、器用に片手で身なりを整えてやる。
白濁で下着が汚れてしまったが、どうせベッドで全部脱がせることだし、まぁいいだろう。
そのまま横向きに抱き上げ。
もう一度キスを落としてから、ジョットは足早に寝室へと向かった。
あわよくばもう一回ぐらい、とか考えながら。