ノックを数回。
返事はなし。
再度扉を叩いてから、少しだけ開けて覗き込む。
「ジョット? まだ起きていないのですか?」
カーテンを開け放った室内は朝日を受け入れて明るい。
薄い天幕に覆われた寝台の中で動く人影。
「ジョット? いい加減起きないと、Gに朝食を片付けられてしまいますよ?」
布を持ち上げると、上体を起こしたままぼんやりと宙を眺めるジョットの姿。
デイモンは知らず口許を緩めて、ベッドの端に腰を降ろした。
「んー、召し物の仕度は必要ですか?」
陽光よりまばゆい金髪を指で梳いて整えてやる。
まぁ、撫でつけたところで獅子のような髪が落ち着くことはないが。
金色の扇は夜だろうと寝起きだろうといつもわずかに伏せがちで。
琥珀が何を映しているのか。
「ジョット?」
頬に手を添えてこちらを向かせると、ジョットは眉をひそめて難しい顔をした。
困ったときの顔に似ているが、どこか違う。
デイモンもつられるように眉根を寄せて問うた。
「どうしたのですか? どこか調子がお悪いので?」
「いや……」
ふるりと首を振るが、何もないようには見えない。
季節の変わり目であるし、風邪でもひいてしまったのだろうか。
シーツを腰にまとわりつかせただけの姿から、また何も着ずに寝たことが推察できた。
「ちょっと失礼します」
前髪をかき上げるようにして額に触れ、さらに首にも手を当てて。
じんわりと移る熱は確かに自分より高いけれど、それはいつもの事で。
高熱にかかっているわけではない。
ならば他に考えられるのは。
過去に思考を巡らせようとした途中。
「デイモン……」
「え?」
首に触れていた手を掴まれたかと思うと。
ジョットはデイモンの瞳を真っ直ぐに見つめたまま。
至極真面目な表情で。
静かに告げた。
「どうしよう、勃たなくなった」
☆
「――ばっ、馬鹿ですか貴方って人はあああ朝から何てこと言うんですかぁ!?」
「そうだ、朝だというのにさっぱりなのだが」
「ししし知りませんよ枯れたか老いなんじゃないですか!?」
「馬鹿を言え、昨日まであんなにバリバリだったというのに」
「きゃあああっ離せっ触らせようとするなぁあ!!」
ジョットの手を無理やり振り払い、ベッドから降りて距離を取る。
今にも涙がこぼれ落ちそうだった目許を拭い、睨み付ける。
「き、昨日、昼間にも関わらず、あ、あんなことしたからですよ! 天罰です!!」
「それはまたシモに走った天罰だな」
「冷静に答えるな! 反省しろ!」
「体だけが愛の形とは思わんが、しかしこれではデイモンをあんあん言わせられな」
「きゃあああっ黙りなさいっこのっ馬鹿者ぉ!」
腹から出した罵声に、ジョットは悲しげに瞳を揺らすと、静かに俯いてしまった。
「あっ……」
さすがに言い過ぎただろうか。
よく考えたらこれは男としてかなりショックなことかもしれない。
寝ぼけているように見えた様子も、実は落ち込んでいたのかもしれない。
それなのに自分は。
デイモンは躊躇いつつも、改めてベッドの端に腰かけた。
「んー、本当、なのですか?」
「触ればわかる」
「さっ……さわる、って……」
シーツを巻いているせいで見ただけではわからない。
ジョットはそれをめくるつもりもないらしい。
めくられたところで困るのはデイモンのほうだけれど。
それは関係なくて。
強制的にも選択肢はひとつだけ。
デイモンはおそるおそる、手を伸ばした。
そして。
☆
「――っ元気じゃないですかぁ!?」
「あっはっはっだまされたな可愛い奴め」
「ふざっ、ふざけっ、こっ、ばかっ、ばかぁっ!!」
「今日は四月一日だからな、エイプリルフールというやつだ」
エイプリルフール。
ランポウあたりが話していたのを思い出す。
確か、嘘をついてもいい日だとか。
つまり、勃たなくなったというのは嘘で。
嘘だから。
嘘にしても
「どうして朝からこんな元気なんですかっ!?」
「デイモンとイイ事する夢を見てな」
ジョットは手を掴んだまま、首を伸ばして林檎のような頬に口付けた。
ついばむように耳朶や首筋にも唇を落とす。
「ばばば馬鹿ですか貴方はっ、て、ちょっ、離しなさい!」
「デイモンの手はすべすべして気持ちいいな」
「待っ、やめっ、ジョット! なっ、何してるんですかっ!」
「やはり直に触ってもらったほうが気持ちいいな」
「ジョットやだやだやめてくださぃっ」
「嫌なら突き放せばいいだろう」
「ジョット!」
「あと、少し」
「ちょっ、本当に、やめっ、やっ――」
☆
叩きつけるように扉を閉める。
「おー、デイモン」
背中からの声に振り向くと、Gが軽く手を振りながら歩み寄ってきた。
もう片方の手には食器を乗せた盆を持っている。
おそらくは待ちきれずに直接運ぶことにしたのだろう。
本当に過保護な右腕だ。
「その様子だと喧嘩したみたいだな」
「違いますジョットが全面的に悪いんです私は一切関係ありません」
「そうかよ」
くつくつと笑いながら。
「ところで、お前ハンカチーフか何か持ってるか?」
「んー? 何ですか唐突に」
「持ってるなら拭いといたほうがいいぞ」
Gは指先で己の口端をトントンと軽く叩いた。
鏡写しにつられるように、口許へ運んだ指先に触れたのは。
☆
ノックの音も。
「入るぞー隠すとこ隠しとけよー」
Gの軽口すら耳に入らず。
蒼眼が映えるほど真っ赤に染めて。
わずかに涙すらたたえつつ。
短く息を吸い込んで。
デイモンは震える唇で最後の罵倒を紡いだ。
「永眠しろ! この馬鹿ジョット!!」