激務続きから解放されてふらふらと自室へ帰りつくと、ベッドに小さな膨らみがあって。
誰もいない部屋に忍び込んだ可愛い人は、待ち侘びて、待ちくたびれ、眠ってしまったのだろう。
蒼い睫毛に残る涙の痕が愛おしい。
その寝顔を見ているだけで全身に溜まった疲れも抜けていくというもの。
服を脱ぎつつベッドにあがり、白い頬や額にキスを落としつつ恋人の服もすべて脱がせる。
肌寒さに震え、身を丸くする裸体を眺めること数分。
満足すると共に布団を被り、抱き枕のように腕の中に入れて目を閉じる。
甘い花の香りと滑らかな白磁の肌触りを充分に堪能している内に。
心地よい眠りが訪れて――
気がつくと、両手首を縛り上げられていた。
「……まさかの予想だにしない展開に俺ですら驚きを禁じ得ないぞ」
見上げた先には熊でも吊し上げられそうな太い荒縄が、抜けることもできないぐらいしっかりと結ばれており、さらにその先はベッドのヘッドボードへと繋がれていた。
何度か手首を捻ってみるが、皮膚が擦れて痛んだだけで切れる様子はない。
本気を出せばヘッドボードをへし折って破片で縄を切ることもできるだろうが。
――それは、きっと、犯人が意図したことに反するのだろう。
ひとまずあきらめて、次に足元を見下ろしてみる。
やはりというか、左右の足首から同じ荒縄がそれぞれにベッドの柱へと伸びていた。
縄の長さに多少の自由はあるが、それでも拘束されていることに変わりはない。
むぅ、と短く唸ると。
「んー、目が覚めたようですね」
頭の近くが軋み、甘い匂いが落ちてきた。
唇が触れて。
薄い明りの中、デイモンは妖艶に微笑んだ。
「おはようございます……といっても、まだ夜ですけれど」
楽しそうに笑って、もう一度唇を軽くついばむ。
拘束されていることには驚いたが、こうして弄ばれること自体に悪い気はしない。
むしろあまりの珍しさに興奮さえしている。
「なぜ、こんな扱いを受けているのか、聞いてもいいか?」
「ヌフフ、まずはご自分の胸に聞いてみなさい」
白魚のような指が胸を撫でて過ぎる。
己の胸に、か。
少し黙って記憶を巡らせてみる。
直近で怒らせそうなことといえば、先ほど寝る前に勝手に服を脱がせたことだが。
そういえば、常ならば起きてすぐに怒りながら服を探すくせに、薄明かりに照らされる姿は一糸もまとっていない。
いや、よく見ると手首に紺色のリボンがゆるく巻かれているが、何のためかまではわからない。
しかし。
これは。
充分に艶っぽいイベントを期待していて良いということだろうか。
頭の両脇に手をついて真っ直ぐ見下ろし、デイモンは問うた。
「思い出せました?」
なかなか見られない光景に胸を躍らせつつ、苦笑交じりに答える。
「……いや、思い当たることが多すぎてな」
「でしょうね」
そのまま、ちゅ、と軽く唇を吸って。
離れると同時に――
「ふぉっ?」
口の中に指を突っ込まれた。
何するんだ、と言おうとしたが、舌を押さえつけられたせいで喋ることができない。
仕方なく視線で訴えていると、蒼い瞳の中にわずかな怒りの色が見えた。
声音は穏やかだが、なるほど、これは怒っているのか。
いつものヒステリックなものとは違う、静かにふつふつと沸く怒り。
これは面白そうだ。
次は何をされるのかと待っていると、デイモンはどこに隠していたのか、小さな瓶を取り出した。
茶色く細長い瓶。
どこかで見たような。
そのコルク栓を噛んで引き抜くと。
躊躇いなく中身を口の中へと落してきた。
「んっ、ぐっ、がはっ!?」
突然のことに気管に入りかけ、むせながらも強制的に液体を嚥下させられる。
さすがにこれはきつい。
逃げるように顔をそむけ、思いきり咳き込む。
「あぁ、そういえば、私の時は口移しでしたね」
空になった瓶を捨て、ヌフフ、と冷たく笑う。
昔にオペラで見た。
夜の女王。
そこらの女優よりもずっと、悪寒がするほど美麗に。
あぁ、そうだ、思い出した。
あの瓶、この苦み、喉を焼くような。
「どうです?」
即効性の。
「媚薬を飲まされた気分は」
徐々に芯へと集中していく熱に、あるいは勝ち誇った恋人の微笑みに、口許は自然と歪んだ笑みを形作っていた。
まさか同じ物を手に入れてくるとは。
「……っ、ふ……くっ……」
入手ルートはバレないようにしていたのに。
Gかアラウディがわざと教えたか、あの二人なら知っていても不思議ではない。
あとで問いただしておかなければ。
「はぁ……ぁっ、……っ」
一応デイモンに飲ませる前に自分でひと舐めほど試したから、効果のほどは理解していたのだが。
ひと舐めと一本分ではあまりに違いすぎて。
腹の底にたまる熱が、普段ではありえないほどに、半端ない。
爆発する手前で止まったまま、じくじくと疼き続ける。
「デイモン……っ」
「……何ですか?」
胸板に舌を這わせていたデイモンは、ちらりと視線だけ向けてきた。
いつもされることの仕返しとばかりに、あちこちに赤い痕が残されている。
触れられることに慣れていない乳首はすでに赤くなっていて。
突っ込む側の立場としては、少々複雑な光景である。
「何が、したいんだ?」
「んー……そうですね、同じこと、でしょうか」
「同じ、こと?」
「貴方が私にシたことと、同じこと」
デイモンは身を起こして少し後ろに下がると、大の字に広げられた足の間に身をかがめた。
まさか。
嘘だろう。
頭を持ち上げて、我が目を疑う。
「本気か……?」
蒼い睫毛をわずかに伏せて。
媚薬のせいですでに起立したジョット自身に細い指を絡ませつつ。
躊躇いを見せながらも。
デイモンはゆっくりと、その先を口の中に含んだ。
「――っ」
濡れた舌が先端に絡まる感触。
思考に混乱が満ちる。
信じられない。
デイモンが自分から。
はしたないとか言って怒るくせに。
そんな乙女回路の持ち主が。
強要しない限り手で触ろうともしないくせに。
それが。
「んっ……んぅ……ふ……」
さすがに全部咥え込むのは無理だと思ったのか、幹を両手で擦りながら先端だけ唇で甘く食んでくる。
ぎこちなく、たどたどしい愛撫。
けれど懸命に、にじみ出た汁を吸い取り、こぼれ落ちた分を舌先で舐め取って。
これはやばい。
視覚的にやばい。
なんだかんだと恥ずかしさで震えているのが、なおやばい。
「ん、んく……は、ぁんぅ……」
そこで尿道口やくびれまで気が回れば完璧なのだが、これはこれで、初めてというのがよく伝わってくる不器用さがたまらない。
いっそ感動的ですらある。
そんな喜びに打ち震えつつも、早くも絶頂が近づいてきていて。
このまま飲んでくれるのか、顔にかければいいのか。
期待に胸をときめかせていると。
「あぁ、ひとつ、忘れていました」
不意に、デイモンは口を離して身を起こした。
手首のリボンをほどいて、それを根元にきつく巻きつけ、最後に可愛らしく蝶の形に結んで。
「お気に入りのリボン、ジョットも巻いてくれましたよね?」
「なっ――」
愛撫で上気した顔で微笑むデイモンとは対照的に、血の気が引いていく。
そうだ。
そうだった。
あの時、媚薬でイキっぱなしも辛かろうと思って。
本音としては懇願する様子があまりにも被虐的で。
首に巻いていたリボンを拝借して、イケないようにしたのだった。
まさかそれを根に持って――
「っ、ちょ、待っ、デイモっ」
再び両手を使って上下に扱きあげられる。
「貴方が買ってくださった、せっかく、気に入っていたのに……」
テクニックも何もない触れ方だが、媚薬の浸透した体にはそれだけで充分強い刺激となって。
「デっ、モンっ、やめっ」
「苦しいでしょう? もっと、しっかり、味わいなさい?」
「――っっ!!」
強く握りしめられ、射精できないまま空イキを強制させられる。
跳ねる心臓が痛んで。
乱れた呼吸ですら逃がせないほど、溜まったままの熱が疼く。
歯を食いしばって苦しい痛みにたえていると、デイモンが猫のように四つん這いになって顔を近づけてきた。
「……いかがでした?」
「はっ……結構、きつい、ものが、あるな」
「わかったなら、もうしないでくださいね?」
「それは……約束しかねる、かな」
正直に答えると、端正な顔に皺が刻まれた。
嫌悪とかでなく単純に呆れた時の表情。
デイモンはあからさまにため息をつくと、困ったように微笑んだ。
「それでは、このまま続行ですね」
「えっ」
「準備が終わるまで、いい子で待っていてくださいね」
そう言って自分の指を唾液で濡らせると、四つん這いのまま、手を脚の間へと伸ばした。
「お、おい、デイモン、それは、ちょっ」
「んっ、んぅ……ぁっ」
肩口に頭が落ちてきて、頬に甘い香りの蒼髪が触れる。
視界が遮られて何がどうなっているかわからない。
「ふ、ぁっ……ん、んっ……」
ただ聞こえてくる水音と。
耳朶を掠める熱い吐息と。
「あっ……ジョット……っ」
とろけた甘い声で。
デイモンが自分の手でもって、ナニをしているかは、容易に、想像できた。
「ぃっ、ん……はぁ、あっ……」
誘うように。
煽るように。
意図的に嬌声を聞かせて。
「ぁん……ジョットぉ……やぁっ」
だからこそ。
熱が張りつめて。
縛られた根元が痛んで。
苦しくて。
「……んー、その表情、清々しますね」
濡れた指先に唇をなぞられ、差し入れられるままに舌を絡める。
媚薬よりずっと甘い味に、予想はすぐさに確信へと変わった。
驚きを通り越すと笑ってしまうというのは本当らしい。
「はは、まさか、自分で、ほぐすとはな」
「教えたのは、貴方でしょう?」
もう一度指先で唇を撫で、それから、咬みつくように口を塞がれた。
目も伏せずに真っ直ぐ視線を絡めたまま、長く呼吸を共有する。
媚薬というのは本当に恐ろしい。
唾液が喉を伝い落ちる気配にすら感じていると。
起立して張りつめる先端に、蕾が、触れた。
「――っ、その、まさかとは、思うが」
「えぇ、そのまさかです」
蒼眼に躊躇いの色を見せつつも。
きゅ、と紅の唇を吸い込んで。
デイモンはゆっくりと、腰を落とし始めた。
「んっ、んく、くぅんっ」
じわり、じわりと。
熱い塊に飲み込まれる感触。
狭い隙間を押し広げて。
「はっ、あっ、あぁんっ、お、きぃっ……!」
最後は一気に埋め込み、デイモンは俯いたまま軽くイくように身を震わせた。
その蠢動が、イケない身には気が狂いそうなほど、快楽的で。
縛られた箇所が疼いて疼いて仕方ない。
「んっ……ジョット、わかります? 私の中に、入っているの」
膝を立てるようにして座り込んだまま、己の下腹部を撫でる。
「あぁ、熱くて、これだけで、イキそうだな」
「ヌフフ……でも、駄目ですよ」
「ダメ?」
「これは、おしおき、なんですから」
デイモンは涙の浮かんだ目許を細め、先ほどジョットが舐めた指を――
「そこでずっと、見ていることですね」
「待っ――」
止める声にも耳を貸さず。
「ひぁっ、ん……」
するりと、自身に這わせた。
「ゃっ……んんっ……はぁっ」
まさか。
そんな。
あり得ない。
「ぁんっ……ん、くぅ……っ」
目の前で。
デイモンが。
自慰を始めたなど。
「……ぁっ、んぅ……っ」
一体どうして信じられるだろうか。
本当にどうかしている。
あり得ないことの連続で思考が麻痺しそうだ。
実際すでに麻痺しているのかもしれない。
考えがまとまらない。
どういうことなんだ。
一体どうすればいい。
「んっ、きもちぃ……ジョットぉ……っ」
「――っ」
「ひぁっ、やぁ……なか、おっきく、なったぁ……」
当然だ。
こんな姿を見せられて。
求めるように名前を呼ばれて。
反応しないほうがおかしいだろう。
「なかで、びくびくして、んっ、こっちが、イって、しまいそ……」
クスクスと、泣きそうに笑って。
片手で自身を弄りつつ、もう片方の手の甲を口に押し当てて。
「んっ、ふ、ぁっ、ジョットぉ」
ごくたまに、甘えるときにだけ出す、鼻にかかった高い声。
その声で名を紡がれた瞬間。
理性が、勢いよく、吹き飛んだ。
「ひきゃああっ!?」
突然の下からの突き上げに、デイモンは喉がひっくり返ったような声を出した。
「やっ、ジぉっ、だめっ、やぁっ!」
手首からヘッドボードへと伸びる縄をしっかりと握り、ほとんど腹筋と背筋だけを使って攻め立てる。
「生憎、生半可な鍛え方は、してないからなっ」
慌ててシーツに膝をつき、両手で押さえようとするも敵うはずもなく。
結果として深く受け入れる体位となってしまったデイモンは、涙を散らすように首を左右に振った。
「やっ、ぁんっ、やめっ、ジョット!」
「はっ、やめて、ほしかったら、紐を、ほどくんだな」
「あっ、とい、たら、やめっ、てっ?」
すがるような視線に意地の悪い笑みを返して。
「ほら、早く、ほどかないと、もっと、激しくなるぞ?」
跳ねる体が落ちないように角度を調整しつつ何度も高く突き上げる。
「ひぁあっ、やぁっ、とくっ、ときます、から、あぁっ!」
揺らされながらも脚の間から流れるリボンの端を掴み、デイモンは一気に引きほどいた。
少し絡んで残ったが、それ以上どうにかする余裕もお互いになく。
一気に血が通ったことで多少の痺れを感じつつも。
「ジョット、ジョットもぉっ、おねがぃっ!」
「あぁ、よくできた、いい子にはご褒美だ」
「ひぁあっ!?」
さらに上下激しく揺さぶって。
涙に濡れた瞳で。
欲しがるように見つめてくるから。
本当に。
嗜虐心ばかり煽ってきて。
「だめっ、やっ、ぁっ、やああぁあっ!」
「―――っ」
全体を圧迫する収縮に、溜め込んでいた熱が一気に弾け出た。
強く脈打ちながら。
常よりも長く、多く、注ぎ込む。
「やぁ……も、おなか、いっぱぃ……」
その熱と量に身を震わせながら、デイモンは困惑した表情を浮かべた。
それもまた愛おしくて。
「抜いた瞬間にあふれそうだな」
「ば、ばかっ」
しかし否定しないところから察するに、結構な量を感じ取っているらしい。
五回ぐらい中出しすれば男でも腹が膨らんだりするのだろうか。
媚薬の効果であと四回ぐらいなら余裕で出せそうだし。
これを機に試してみるのもおもしろいかもしれない。
「っ今、何か、変なこと、考えたでしょうっ?」
「このまま引き抜かずにヤリ続けてもいいなと思っただけだ」
「なっ、なにっ、何考えてっ」
「まさか媚薬を飲ませておいてこれで終わるとは思ってないだろう?」
「ひっ」
悲鳴が喉でかき消えた隙に。
縄を掴んだまま意識を集中させる。
脳裏に描くのは、炎を灯す、イメージ。
「あっ、だめっ、反則ですっ」
止めようと伸ばした手が届く前に。
「ふんっ」
掛け声ひとつ。
死ぬ気の炎にあぶられた縄は両手首を離すだけで簡単にねじ切ることができた。
そのまま細い手首を捕え、引き寄せながら起き上がる。
「とりあえず、この俺を縛って犯して空イキまで強要したんだ」
「ひゃんっ」
片手で腰を押さえつけてさらに奥にねじ込む。
「や……いや……」
「お前が俺にすることは大体、されたいことと同じだからな」
「ち……ちが……」
「いい加減自覚しろ、つまり俺にいじめられたいわけだろう?」
「やっ……いやぁっ」
「安心しろ、お前の腹が膨らむか俺の精が尽きるまで、たっぷり愛してやるからな?」
「ぃっ―――!!」
叫ばれる前に口を塞いで。
*****
「――ということがあってだな、今日一日休ませることにした」
「ドン引きするほどヒデェな、すっきりした顔しやがって」
「仲が睦まじうござるなぁ」
「結局腹はそれほど膨らまんかったし、俺の精が尽きるほうが先だったぞ」
「ンな情報一切いらねぇよ、早く書類にサインしやがれ」
「今日もいい天気でござるなぁ」
「しかし媚薬の効果もあるだろうが、ヤろうと思えば六回ぐらい余裕だな」
「早々に枯れっぞバーカ死ね、あ、テメェまた書類の端に落書きしてんじゃねぇよ!」
「そろそろお茶の時間でござるなぁ」
「はっ、じゃあそろそろ俺はデイモンの様子を見に行く時間だな!」
「んな時間あるか! 仕事しろ!」
「さきほどナックルに菓子をもらったので、持っていくと良いでござるよ」
「む、感謝する。ではな! その内戻る!」
「もう戻ってこねぇつもりだろ! つか雨月はあいつを止めろ!」
「しかし無理強いは良くないでござる……」
「さすがだな雨月、そのままGのことをよろしく頼む!」
「頼むな!」
「ちゃんとGの分の菓子も」
「そういう問題じゃな」
「アリーヴェデルチ!」
「テメェ逃げ――」
怒鳴り声を扉で遮断して、さっさとその場を離れる。
「さて、どうなってるか」
緩む口許を隠しもせず。
はやる期待と共に廊下を駆けて。
行く先はもちろん――
色々とイタズラしたまま置いてきた恋人のもとへ。