13 | 回る回る輪に繋ぐ

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『 回る回る輪に繋ぐ 』






「これをGに届けてくれ」



 ジョットから預かった封筒を手に、静かな廊下を進む。
 どうして自分が小間使いの真似事をしなければいけないのか。
 自分は組織のブレーンであって雑用ではないのだ。
 そもそもどうしてジョットとGの部屋はこんなに離れているのか。
 一番用事の多い組み合わせなのだから隣同士でいいだろう。
 なぜ屋敷の反対側に用意したのか。
 いや、理由なら聞いている。
 ――こんな面倒な奴と始終一緒にいられるか。
 まったくもって理解できない。
 なんだかんだと常に一緒にいるくせに。
 業務に私情を挟むな。
 身勝手コンビめ。
 ぐちぐちと文句を垂れている内にGの執務室に到着する。
 ノック。
「私です、いらっしゃいますか?」
「あぁ」
 待ってみたものの扉が開く気配はなく、仕方なく自分で開けて入る。
 彼は机に座って書類の整理をしていた。
 椅子の意味がない。
「んー、ジョットから書類を預かってきたのですが」
「あぁ」
 顔を上げて手を伸ばしてくる。
 思わず表情が引きつる。
 受け取りに来るという考えはないのか。
 苛立ちも露わに部屋を横切り、その手に封筒を叩きつけてやる。
「それでは! 失礼します!」
「あ、待て」
「はい?」
 Gは中の書類に目を通すと封筒に戻し、さらに小さな箱も同封して返してきた。
「ランポウに」
「んー?」
「頼んだ」
「お断りします」
「俺は今から忙しくなるんだよ」
「貴方の都合など」
「ほらよ」
 強引に封筒を押しつけて、Gは書類整理を再開した。
「なっ、なぜ私が!」
「年上の言うことは聞いとくもんだぜ」
「年齢などっ」
「うるせーうるせーさっさと行ってこい」
「こっ、のっ」
 机上から垂れ下がる脚を杖で殴りつけてやる。
「いっ!?」
「偉ぶりたいなら相応の貫録を身につけることですね!」
「てンめぇっ」
 Gが床に降りる前にもう一度杖で殴ってから、早足に部屋を後にした。



 少し重くなった封筒を手に、門扉を抜けて敷地外に出る。
 あの金持ちボンボンは、ボンゴレの屋敷が狭いだとか色々文句をつけて実家に帰っていることが多い。
 歩いて行ける距離だからいいが。
 それにしたって組織の幹部がアジトに常駐しないとは何事だ。
 これだから世間知らずのボンボンは好かない。
 やる気だって感じられないし。
 だいたい鍋で一体何ができるというのだ。
 意味がわからない。
 しかし。
 あの甘チャンと頭の固いGが比較的仲が良いのは不思議である。
 いや、簡単に考えてGの目当てはランポウの財布か。
 言いようにこき使われている様には同情を覚える。
 まぁどうしたっていけ好かないことに変わりはないが。
 不満を募らせている内に、ランポウの家に到着した。
「いらっしゃいませ、スペード様」
「上着をお預かりいたしましょうか?」
「結構です。んー、ランポウはどこでしょう?」
「ご案内いたします」
 メイドに先導され、ランポウの自室へと向かう。
 ノック。
「ランポウ様、スペード様がお見えになられました」
「入るものねー」
「失礼いたします。スペード様、中へどうぞ」
 やはりこれが正しい出迎えというものだ。
 先ほどのGに対する苛立ちがわずかにぶり返す。
 その鬱憤を晴らすように、ソファーに転がっていたランポウに封筒を投げつけた。
「Gから書類です。それでは」
「あっ、あっ、待つものね!」
 ランポウは急いで書類を確認して封筒に戻すと、メイドが持ってきた紙袋にそれを入れて手渡してきた。
「これ、えっと、アラウディに!」
「ふざけるな誰が貴方の頼みなど聞くものですか」
「なんでいつも俺様ばっか下に見るものね!?」
「敬意を払う理由がない」
「で、でも、俺様のほうが年上……」
「んー?」
「それにっ、これ、アラウディの頼みでもあるし!?」
「アラウディの……?」
 ちらと見下ろすと、紙袋には他にも薄い箱が入れられていた。
「……彼がどちらにいるか知ってます?」
「キャッバローネのとこだものね!」
「んー、まぁ、いいでしょう」
 あの男に貸しを作っておくのも悪くない。
 しかし、キャッバローネのアジトはここから少々離れてしまう。
「どこかで馬車を借りないと……」
「あ、それならウチの使うといいものね?」



 紙袋を膝の上に置いて、馬車に揺られるまま道を進む。
 用意がいいというか何というか。
 これも金持ちの成せるわざというのだろうか。
 それにしても、あのランポウがよくアラウディの居場所を知っていたものだ。
 浮雲と呼ばれるがごとく、彼の居場所はとにかく一定しない。
 ボンゴレのアジトにも用事がない限りは近寄ってもこないし。
 とにかくふらふらふらふらふらふらと。
 ジョットは何かしらの連絡手段を持っているようだけれど。
 まさか伝書鳩とかではないだろうか。
 あり得る。
 アラウディはあれでいて小動物を可愛がっているようだし。
 しかし、なぜキャッバローネ・ファミリーのアジトなのか。
 あそこのボスはジョットと馬が合うようで、確かに組織としての交流もあるけれど。
 自分と同じように何か言いつかっているのだろうか。
 この書類も元々はジョットからのものであるし。
「スペード様、到着いたしました」
 御者の用意した踏み台から降り、ボンゴレの屋敷に勝るとも劣らない建物を見上げる。
 この中から探せというのだろうか。
「あ、変な頭」
「うるさい!」
 咄嗟に振り向きつつ杖を振り下ろすと、アラウディは予期していたかのごとく軽やかによけてみせた。
「お遣いご苦労様。ご褒美のお菓子は必要?」
「いりません!」
「そう」
「あっ」
 ひらりと手から紙袋をさらい、アラウディは封筒を開けて書類に目を通した。
 本当に掴み所のない男だ。
 そしてGと同じくらいに腹立たしい。
「ジョットも暇だよね」
「んー?」
「気が向いたら参加してあげるよ。はい」
 どこから出したのか、こぶし大ほどの箱を紙袋に入れて返してきた。
「はい、って」
「次はナックルのところね」
「はぁあ!?」
「じゃ、よろしく」
 人を見下すような笑みを浮かべ、アラウディはさっさと姿を消してしまった。
 これぞ浮雲。
 ではなくて。
「どうして私ばかりに押しつけるんですか貴方たちは!!」
 地団太を踏んだところで、怒りをぶつける相手はおらず。
 苛々と心中に溜まるものを感じながら、デイモンは馬車に戻った。



 重くなった紙袋を足元に置き、馬車でアジトに一番近い教会へ向かう。
 アラウディと違ってナックルは一つ所に留まっているからわかりやすい。
 熱血で思い込みが激しいので苦手意識はあるものの、仕事ができるし空気も読めるということで別段嫌いな人物でもない。
 誰かが喧嘩をすれば仲裁に入るなど、常に年長者と自覚して行動してくれるため、ジョットとは違う意味でリーダーシップのとれる人物だと思う。
 その前向きな思考回路も、能天気と思ってしまうときもあるが、自分にはないという点では見習うべきだと感じているし。
 今までの愚か者共に比べればずっとマシな幹部だ。
 唯一わかりあえない部分があるとすれば、その思想か。
 荘厳な十字の飾りを見上げ、嘲笑を含んだため息を吐き出す。
 磔にされた象徴など、自分ですら悪趣味だと思うほど。
 そのオブジェの下に跪いていたナックルはこちらに気がつくと、立ち上がって笑顔を見せた。
「スペードではないか、珍しいな!」
「こんにちは、お時間よろしいですか?」
「あぁ、もう祈りは済んだからな。究極に平気だ!」
「そうですか」
 彼の祈りは懺悔のようなものだと、以前に誰かから聞いたのを思い出す。
 愚かなこと。
 存在しない神に人を罰する権利も、まして許す権利もありはしないというのに。
「んー、アラウディからこの荷物を預かってきました」
「そうか、それは手間をかけさせたな、ありがとう」
 ナックルは受け取った紙袋から封筒を取り出し、その中身を確認した。
 そういえば全員あの書類に目を通している。
 一体何が書かれてあるのだろうか。
 覗き込むか問いかけるかしようとしたとき、背後の扉から明るい声と跳ねる足音が飛び込んできた。
「しんぷさまー!」
「おいのりおわった?」
「あそんでー!」
 両脇を駆け抜けて、ナックルの足元に子どもが群がる。
「それはなぁに?」
「すごぉい! かみにひがついてる!」
「待て待て、これは大事なものなのだ」
 慌てて封筒に戻し、紙袋に入れ直す。
「スペード、すまんのだが」
「はい?」
 ナックルは子どもたちを散らしながら椅子に置いてあった小包みを取り上げ、紙袋と一緒に渡してきた。
「これを雨月まで届けてくれんか?」
「……はい?」
 さすがにここまでくると作り笑いもひきつってしまう。
 彼らは、本当に、人を小間使いか何かだと勘違いしていないだろうか。
 最初こそ、ジョットの頼みであったし、聞き入れたものの。
 こうも連続すると腹が立ってくるというか。
 そもそも彼らは普段からまともに――
「俺はこいつらの相手を、せねばならんので、いや、他に用事が、あったんなら、」
 話す間にも、子どもたちによじ登られたり引っ張られたりしているナックルの様子に、怒る気もそがれてしまう。
「……んー、戻るついでですし、えぇ、いいですよ」
「すまんな、礼なら後で必ず」
「そう言ってくれるのは貴方ぐらいで、ちょっ」
 他の子どもたちにそうするように頭をもみくちゃに撫でられる。
「やめ、やめてください!」
 両手が塞がってしまったため、頭を振って拒絶する。
 しかしナックルは気にした様子もなく、快活に笑った。
「雨月は屋敷の離れにいるだろうから、裏から戻るといいぞ」
「……わかりました」



 紙袋と杖を腕にかけ、小包みを両手に抱えて、小さな門扉を潜り抜ける。
 屋敷の裏庭の中にある、小さな異国風の離れ屋。
 日本という小さな島国から渡ってきた雨月のために、ジョットが作らせたもの。
 雨月がこれは離れでなく茶室だと言っていたが、お茶をするためだけの家を建てるなど、日本人の感覚はよくわからない。
 日本人というだけでなく、雨月という人物はよくわからない。
 気性は穏やかで、むしろ鈍いというか、天然というか。
 異文化という点を差し引いても、あの言動はなかなか理解できないものがある。
 なぜかいつも笛を吹いているし。
 ちょうど聞こえてきた音色に、知らず、ため息をこぼしてしまう。
 低い位置にある木の扉を叩くと、笛の音が止んだ。
「どなたか」
「私です、入ってもよろしいですか?」
「あぁ、開け方はわかるかな」
「えぇ」
 小さな取っ手を見つけ、指を掛けて横に動かす。
 狭い出入り口からまず荷物を放り込み、するりと身を忍ばせてから脚を外に出したまま一度座る。
 ブーツを脱いで脇に置き、それから脚を持ち上げて戸を滑らせる。
 そうしてやっと振り向くと、雨月がにこにこと嬉しそうに笑っていた。
「な、何ですか」
「デイモンは勉強熱心にござるなぁ」
「な、何の話ですか」
「Gなどは靴のまま入ろうとしたでござるよ」
 あれは単に無頓着なだけだと思うが。
 この建物への入り方を言われたのだと気づき、ふいと視線をそらしながら膝を抱える。
「ここでは、そういうマナーなのでしょう?」
「偉いでござるよー」
 袖に隠れた手でよしよしと頭を撫でられる。
「ちょ、やめてください!」
 振り払おうとした手をよけて、もう一度撫でようとしてきた。というか撫でられた。
「お遣いもちゃんとできたようでござるし、偉い偉い」
「こ、子ども扱いしないでください!」
「疲れたでござろう? お茶はいかがか?」
「……いただきます」
 雨月は楽しそうに笑って、部屋の端へと膝を擦っていった。
 抹茶という緑色の粉をといて作る、苦みの強い飲み物。
 はじめは思わず吐き出したけれど、砂糖を入れれば飲めることを知ってからは苦手でなくなった。
 出来上がるのを待ちながら、草を編んで作られた床を指先で撫でる。
 思えば今日はたくさん歩き回ったものだ。
 一枚の封筒が紙袋になって、紙袋がいっぱいになったら小包みが追加されて。
 そういえば、あの書類は結局何だったのだろうか。
「砂糖はどれだけ必要か」
「ふたつ、入れてください」
「承知した」
 四角い塊をふたつ入れ、軽くかき混ぜてから手前に置かれる。
 雨月の真似をするように座り直し、茶碗というものを持ち上げる。
 あたたかい飲み物は、疲れた体を癒すように浸透した。
 短い息を吐く。
「書簡はこの中に?」
「あ、はい、封筒が中に」
「あぁ、デイモンはお茶を飲んでいてくだされ」
 動こうとしたのを片手で制止し、雨月は紙袋を引き寄せて封筒を取り出した。
 中の書類に目を通し、小さく何度か頷く。
 これで自分以外の全員が、あの書類を読んだことになるのか。
 本当に、一体何が書かれているというのか。
「さて、茶菓子もあるのだが、いかがかな?」
「……いただきます」
 雨月はにこにこと焼き菓子を盛った皿を差し出してきた。
 甘んじて受け取り、ひとつつまみ上げる。
 苦いお茶と対を成すように、茶菓子は甘くおいしかった。
 足が痺れてきたので、行儀が悪くなるのだろうが、膝を立てて座り直す。
 こうして静かな時間を過ごしていると、うとうとと眠くなってくる。
 特に雨月の近くにいると、時間がゆっくりと流れるようで。
「今日は一日、お疲れでござったなぁ」
 だから子ども扱いするなと。
 文句を言いたいのに、笑い声が、遠い――



 日が傾き、薄暗くなった廊下を並んで歩く。
「すみません、うたた寝してしまって……」
 靴を脱いでいたこともあってか、つい眠ってしまっていた。
 こぼれそうになるあくびを噛み殺して、軽く頭を振る。
「いや、おかげでちょうど良い時間でござるよ」
 雨月は紙袋と小包みを抱え直して笑った。
「ちょうどいい?」
「それより、荷物を持ってもらって、かたじけない」
「いえ、別に構わないのですが」
 答える手には、子犬ほどの大きさの箱がひとつ。
「結局、これは全部、ジョットに渡すものだったのですか?」
「どちらかというとジョットに頼まれたもの、でござるかなぁ」
「頼まれたのに、渡さないのですか?」
「ふふ、行けばわかる」
「ジョットのところに?」
「あぁ」
「んー?」
 まるで要領を得ない。
 意図的にはぐらかされているというか。
 アラウディとは違った意味でとらえどころがない。
 いっそ自分も書類を見てやろうかと思ったとき。
「雨月! そちらは食堂ですよ? ジョットの部屋は」
「こちらで良いのでござる」
「え、えぇっ?」
 慌ててその背中を追いかける。
 夕食の時間が近いせいか、食堂からはおいしそうな匂いが流れてきていた。
 誰かの騒ぐ声もする。
 まるでパーティの準備をしているような。
 かすかに、ジョットの声が耳をかすめる。
「何なのですか……?」
「開けてみればわかろう」
 ひょい、と手から箱を取り上げられ、扉を開けるよう促される。
 一体全体何があるというのか。
 仕方なく、言われるままに取っ手を持ち、ゆっくりと引いて――





「Buon compleanno!」





 扉が開くと同時に、金色に抱きつかれた。
 思わず、目を丸くして、理解できず、呆気にとられて、唖然と、呆然と、してしまう。
 どうしていいかわからない両手が宙を彷徨って。
 やがてジョットは少しだけ身を離すと、いつもの無表情をわずかに呆れた顔に変えた。
「やっぱりお前、忘れていたな?」
「忘れて、って、何を」
「自分の誕生日を」
「………………あっ」
「ほらな?」
 そういえば。
 今日は年に一度の。
 まさか今日一日あちこち行かされたのは。
「準備を……悟られない、ため?」
「自分のこととなると本当に疎いな」
 軽く唇で頬に触れて。
「なっ」
「まぁ、おかげで用意しやすかったけどな」
 ジョットは苦笑して腕をほどき、雨月に歩み寄ると大量の荷物を受け取った。
 その中に、上着の中から取り出した小さな箱を加えて。
「誕生日おめでとう、デイモン」
 全部、この手に乗せて。
「俺たちからの、プレゼントだ」
「―――っ」
 口を開けたのに、言葉は出なくて。
 口を閉じたのに、何も考えられなくて。
 結局俯いた頭は優しく撫でられて。
「さて、パーティを始めるか」
「ワイン開けていいかワイン」
「ボスー、もうお腹ペコペコだものねー」
「お肉ないの、ねぇお肉」
「ケーキも究極に焼いてきたぞ!」
「どれもお皿にてんこ盛りでござるなぁ」
 誰も彼も自由で。
 勝手だけれど。
 慌てて伸ばした手は、ジョットのシャツを掴んで。
 不思議に振り向いた顔を。
「あ、あのっ」
 上目遣いに睨みつけて。
「………………………………………………ありがとう、ございます」
 やっと聞こえるぐらい小さな声で。
 なんとか告げると。
 一拍分の間を置いてから。
「可愛いなデイモン!」
「きゃああっ!?」
 プレゼントごと抱きしめられた。
「んなことよりワイン開けるぞもう」
「おーなーかーすーいーたぁー」
「魚って面倒くさいんだけど、ねぇリブロースは?」
「ケーキに立てるロウソクも持ってきたぞ!」
「イタリアは面白い所にござるなぁ」
 どこまでも勝手な連中で。
 祝ってるのか騒ぎたいだけなのか。
 よくわからないけれど。
 目の前の主催者が嬉しそうに目を細めて。
 嬉しそうに笑うから。
「……んー、まぁ、それなりに面白い、趣向でしたよ」
「それはよかった」
 腕が離れても、手を繋いで。
 プレゼントを落としそうになりながら。
 テーブルに駆け寄って。



「Buon compleanno!」



 グラスの音は、幾重にも。








× × ×

思いつき誕生日話いえーい末っ子スペたんいえーい。