17 | 残 響

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 どうして音がないのだろう。

 手を繋ぐ感触も。
 風が頬を撫でる心地よさも。
 こんなにもはっきりわかるのに。

 空を仰げば、とても青く。
 すれ違う人の表情は明るく。

 パンを焼く香り。
 あるいは雨上がりの埃っぽさ。

 感覚が失せたわけではないはずなのに。

 どうして。







『   残   響   』







 手を引かれたまま、彼の背中を見続ける。
 どこに行くのだろうか。
 見慣れた市場を進んで。

 懐かしい。

 ずっとずっと昔に、一緒に買い物をした。
 これがいいと手に取ったもの、すべてを彼がプレゼントしてくれて。
 最初は意味がわからず。
 後から、あの日が自分の誕生日だったと気がついて。

 思い出して、笑い話なのに、どうして切ない気持ちになるのだろう。
 心細さに、繋いだ手を離したくなる。
 いつもならすぐさに振りほどくものを。

 どうして彼は自分の手を引いているだろう。
 どうして大人しく手を引かれているのだろう。




 どこへ。
 行くの。




 そういえば。

 この道中ずっと、お互いに、会話をしていない。

 なぜ会話をしていないのだろう。
 いつの間に、タイミングを逸してしまったのだろう。
 するべき話があるはずなのに。
 いつだって言葉が足りない。

 誰もが貴方のようにすべてを言外に理解できるわけではないのだから。

 欲しい言葉があった。
 言葉の少ない彼から直接聞きたかった。
 自分はいつだって言葉が多すぎるから。
 口を塞いでほしかった。
 そして、言ってほしかった。




 あぁ、そうか。




 ――と。
 唐突に理解する。

 彼の声が、聞こえないから。
 だから、何も聞こえないのだ。

 いつの間にか市場を抜けていて。
 風の強い、小高い丘。
 そこに着いて初めて理解する。

 そう、ここでやっと彼が振り向く。




 ―――チガウ







 ゆっくりと口を開いて。










 ―――チガウ













 彼は言う。
















 ―――ソンナコトバガホシカッタワケジャナ

























 世界に音が戻る。



 起き上がると、なぜか涙が伝い落ちた。

 ぽっかりと空いた穴。
 そこから涙が溢れ出る。
 そこに何があったのか。
 どんなに考えても。


 夢を、見たはずなのに。


 醒めてしまった夢は。

 もう。


 ―――思い出せない。









× × ×

とても大切な思い出が、どうして一番儚い。