窓から漏れ聞こえるにぎやかな音。
肌寒い風。
それでも日本にいた頃よりはずっと暖かい。
このまま、雪を見ずに迎えるのだろう。
それもまた一興と気分のままに笛を奏でていると、扉の開く音がした。
誰の声もしないまま、とさりと背後に何かが横たわる。
寝台がわずかに揺れて。
「……宴はまだ終わってないのでは?」
身を摺り寄せるようにして丸まる姿は、まるで猫のようで。
「ジョットの惚気話は聞き飽きた」
「はは、惚気話でござるか」
「毎回毎回、デイモンの可愛さとか知るかっつの」
手を伸ばし、炎のように赤い髪に指を絡ませる。
見た目に反して、冷たく硬質な髪。
「本当に、お気に入りなのでござるなぁ」
「本人に言えってんだよな」
「他人に自慢したいのだろう」
頬の刺青を指先で辿っていると、髪と同じ色の瞳に見上げられた。
「そんな薄着で寒くねぇのか?」
「ここは暖かい方でござるよ。Gは寒くないでござるか?」
「酒飲んできたから今は熱ィ」
そう言う頬は月明かりにもわかるほど、赤く。
雨月は手の甲で頬を撫でてから、その顎を軽く持ち上げた。
「このまま?」
「そのつもりだ」
「承知した」
身を屈め、唇に触れて。
シャツのボタンをひとつひとつ丁寧に外してゆく。
その慣れない手つきに笑いながら、Gも雨月の帯を一本、二本と解いてゆく。
「毎朝、こんな面倒な服よく着れるよな」
「このボタンとやらが、いまいち慣れないのでござる」
「顎」
「ん」
雨月が顎を上げている間に、烏帽子の紐を解く。
「なんでこんなの被るんだよ」
「こちらで言うところの『マナー』でござるよ」
「わっかんねぇ」
腕を伸ばし、髪を束ねる紐も解いてしまう。
夜空よりも深い、漆黒の糸。
何か塗ってあったのか、指先がわずかに濡れて光る。
「手が汚れてしまったな」
「いい、気にしねぇ」
「私が気にする」
雨月は脱いだ単(ひとえ)で、Gの指についた鬢付け油を丁寧に拭っていった。
「Gの指は白魚のようだ」
「魚に例えられても、あんま嬉しくねぇな……」
「あはは、それは失礼した」
細い指先を唇に挟む。
「そっちじゃないだろ」
Gは指を曲げて雨月の口をこじ開けると、そのまま自分の口で塞いだ。
舌も絡めず、喰らいつくように何度も。
獣のようなキスを繰り返しつつ、雨月はゆっくりとシーツの上にGを押し倒した。
ボタンを外し終えたシャツを脱がせ、露わになった肌に手を這わせる。
「鼓動が速い」
「酒入ってんだよ」
「そうでござったな」
浮き上がる鎖骨に唇を押し当てる。
「抜け出してきてよかったのか?」
「あいつらに付き合ってたら夜が明けちまう」
「皆酒豪でござるからなぁ」
吐息で笑うと、Gがくすぐったそうに身を震わせた。
「そろそろ、時間じゃねぇか?」
「時間?」
Gはズボンのポケットから懐中時計を取り出すと、蓋を開けた。
しかし、すぐに眉間に皺を寄せて、時計を枕元に落としてしまう。
「暗くて、見づらいな」
「あぁ、今明かりを」
「いや、たぶんもうすぐ――」
言い終わるより早く。
遠く。
鐘の音。
開け放したままの窓から、響いてきた。
時計台の鐘、だろうか。おそらくは十二時を知らせる音。
「Boun anno」
「え?」
慌てて窓から視線を戻すと、強引に顔を引き寄せられた。
唇を重ね、舌を絡め、呼吸を共有する。
「続き」
「あ、あぁ」
雨月は首筋や鎖骨にうっすらと残る痕を唇で辿りつつ、淡く色付いた突起に舌を絡ませた。
「んっ」
「先程のは、一体何と?」
「挨拶、だよ」
もう片方の突起も指で押し潰したり、摘まんだりと愛撫する。
「ふ、……んぅ……いっ!」
Gは抗議するように雨月の肩を拳で殴りつけた。
「痛いでござる」
「テメ、噛むな、っつってんだろ」
「少々痛い方が気に召すかと」
「んなわけっ、な、ぁっ」
わずかに鬱血した突起を舐め、雨月は下着の中に手を忍ばせた。
「すでに濡れているが?」
「ばっ、ひぁっ、んん」
握り込まれ、上下に扱かれる。
「く、ぅん……」
Gは乱れた呼吸を隠すように、手の甲を口に押し当てた。
月明かり、星明りだけの薄闇に見えるのは、こちらの反応を楽しむ微笑み。
「あぁ、そうか」
下着を剥ぎ取られ、片足を抱え上げられる。
「先程のは、新年の挨拶であったのだな」
「何を今更……」
「なるほど、勉強になったでござる」
「勉強ってお前……」
「ならば、私も」
Gの手を掴んで口元から離し、唇を重ねる。
「明けましては結構な春にござります」
「……春? まだ冬だろ」
「日本では新春という言葉がござってな」
「や、あぁっ」
あふれた雫で濡れた指を、Gの後口へと沈めてゆく。
「んっ、待っ」
「年が明ければ春になるのでござるよ」
「ぁんっ、く、やぁっ」
「そして新年は静かに祝うのが、日本の習慣でござる」
「はっ、んんっ、てめっ」
Gは襦袢の襟を掴むと、引き寄せてその口を塞いだ。
深く、深く。
舌を絡めて言葉を奪う。
「……ちゃんと、こっち、集中しやがれ」
「これはこれは、失礼した」
笑んだ口元すら憎らしい。
Gは起き上がって襦袢の襟を分け広げると、鎖骨の上に噛み付いた。
「いっ、痛いでござるよ」
すぐに赤い歯型が浮き上がる。
そこから滲んだ血を舐め取りながら、襦袢の帯を解いていく。
「今宵は積極的でござるな」
「そう思うなら早くおっ勃てやがれ」
「咥えてはくれぬのか?」
「はっ、図々しい」
悪態をつきつつも、Gは下帯に隠れていたモノに指を這わせた。
身を屈めて、口の中に溜めた唾液を滴らせる。
上下に絡めるように扱きながら。
「触らなきゃ俺と同じくらいのクセに……」
「ん? 何の話でござるか?」
「日本人はワケわかんねぇって話だよ」
先を口に含み、舌先でくぼみをいじってやる。
雨月が身を震わせたのを感じ取って、さらに口内深くに咥え込む。
何度も、挿抜を繰り返して。
雨月はシーツの上で緩くくねる、細い腰に手を這わせた。
「……昔に、白い虎を見た」
「ん、何の、はらひあっ」
双丘の間の後口を、再び指で犯し始める。
Gは喘ぎそうになる声を殺して、震える舌で雨月への愛撫を続けた。
「白い虎は赤い目をしていて、歩く姿はとてもしなやかで」
「ん、んくっ、ふっ」
「それはまるで、」
笑う気配。
「今のGのようだった」
雨月は柔らかな肉壁の中の、しこりを指で挟むようにして刺激した。
「ふぁあっ、そこっ、やめっ」
思わず口から離した雨月のモノで、頬が濡れてしまう。
「ここをいじるのが、悦いのでござろう?」
「やっ、いっ、すぐ、っク、から……っ」
懇願するように視線を上げても、楽しそうな笑みがあるだけ。
「テメっ、やっ、ああぁあっ」
襦袢の裾をきつく握りしめ、Gはシーツに白濁を撒き散らせた。
「はっ……はぁっ……」
脱力するままに、あぐらをかいた雨月の太ももの上に頭を落とす。
「殴る……覚えてろ……絶対殴る……」
「はは、怖いな」
その髪を優しく撫でて。
別段手入れも何もしていないと本人は言うが、雨月にとっては絹糸より美しい髪。
掬い取った一房に唇を押し当てて。
「テメェ……このイチモツ噛みきって、やろうか……」
「それは御免こうむりたいな」
「冗談にしてほしかったら……」
「心得ておる」
丁寧な所作でGの頭をシーツの上に落とし。
雨月は唇を重ねながら、その足を抱え上げた。
確かめるように、何度か先を入り口にこすりつける。
「んっ」
Gは雨月の肩から腕に手を這わせ、襦袢を引き寄せるようにして脱がせた。
幾重にも重ねた着物のせいで普段は見ることのできない、逞しい身体。
その胸に手を当てると、雨月が不思議そうに首を傾げた。
「……スーツ、仕立ててやったろ」
「慣れぬものでな」
「きっと似合う」
「Gがそう言うなれば」
つぷ、と先が埋められ。
「明日はスーツを召してみるでござる」
雨月は一気に根本までGの中にねじ込んだ。
「ぃあっあぁああっ」
鍛えられた腹部に、わずかに白濁が落ちる。
Gは震える体で、雨月にきつくしがみついた。
「軽く、達してしまったでござるか?」
「……テメェ、殴る、絶対殴る、一発じゃ済ませねぇからな……!」
「それは楽しみだ」
「ひあぁっ」
ギリギリまで引き抜いて、再び奥まで貫く。
「ぁっ! いまっ、イったトコ、やめっ」
振り上げられた拳を受け止め、両手首まとめてシーツに押さえつける。
「ひぁっ、んっ、やぁっ、しねっ!」
「言葉が悪いでござるよ」
「んんむっ、んんっ、んーっ!!」
口を塞がれ、舌を吸われ、呼吸すら奪われて。
苦しさに生理的な涙がこぼれる。
その間にも挿抜は繰り返されて。
粘着質な水音と。
それでも頭を痺れさせる快楽と。
「はっ、ん、んくっ」
「Gは美しいな、いつも、見惚れてしまう」
「ふぁっ、なに、いっ」
「初雪、彼岸花、白虎、陽光、月、肌を刺す冷たさ、それと、嵐」
胸や腹部を撫でると、熱い脈動が手のひらを押し返してきた。
それが心地よくて、撫でた場所を舌で辿る。
「何で例えようと伝えきれぬほど、美しい」
しなかやに身をそらせる姿も。
艶やかに綻ぶ劣情も。
誘う、赤。
雨月は緩みそうになる口元を片手で拭い、さらに激しく腰を打ちつけた。
「ゆえに、これほどまでに、乞い慕って、止まぬのでござるよ」
「はぁっ、だぁらっ、なん、のっ――」
窓から差すわずかな光を受けて輝く黒曜石。
真夜中に覗き込んだ湖のような。
落ちたら二度と、戻れない。
目を奪われた瞬間に、一番敏感な場所を穿たれた。
「んぁあっ、ばっ、そこぁっ」
腕を引かれ、抱き寄せられ。
胸に直接、鼓動が響く。
「も、イっ、んんっ」
「はっ、中で、果てても?」
「っざけんな、ったら、コロス!」
「すまぬ」
「はぁ!? ちょ、まっ、やっ、やめっ」
最奥を貫かれ。
「くっ」
「やあっあぁああっ!」
閉じた瞼の裏に光がちらつく。
こめかみと、喘ぎすぎた喉が痛い。
浅い呼吸を繰り返すGを丁寧に寝かせてから、雨月もそのまま隣に身を横たえた。
目元に残る涙を、唇で吸い取ってやる。
そうすると、濃い赤の瞳に睨み付けられた。
「……てめぇ……わかっ、て、んだろ、なぁ」
「折檻は趣味ではござらんからなぁ」
「きもち、わりぃ……腹ん、なかぁ……っ」
うまく力の入らない腕を伸ばして、足の間から後口に指を差し入れる。
水音と、指に絡む体液。
「少し休んだら、私がきれいにしてやるのに」
「ざけんな、そう言って、何回、欲情したっ」
「それはGが悦がるから」
「しねっ」
仰向けではやりづらいのか、Gは緩慢な動きでうつ伏せに体勢を変え、さらに指を動かした。
太ももを伝う感覚に声がこぼれそうになるのを、シーツをきつく噛んで耐える。
「んっ……ふ、んんっ……」
どろりと手の中に落ちてくる白濁と。
こちらに縫い付けられた視線を感じながら。
「ふぅ……んっ……はぁっ」
ある程度掻き出したところで、Gは再び仰向けに倒れた。
指や手の平に残る白濁に、赤い舌を絡ませる。
「まるで猫のようだな」
「……クチでいいなら、もっかいだけ、してやるよ」
「珍しいな、Gがそのようなことを言うとは」
「でなきゃ、一晩中、ヤるつもりだろてめぇ」
雨月は穏やかに微笑み、よいしょ、と再び両足を抱え上げた。
「わかっているなら励むでござるよ」
「ちょ待っ!? ばっ、許可したのは、クチっ」
「あんなGを見せられて我慢できるわけがない」
「あっ」
胸の突起を摘ままれ、甘い声がこぼれてしまう。
熱くなる頭と自然と浮かぶ涙。
「こっ、のっ、クソ野郎が!」
「汚い言葉は駄目でござるよー」
震える唇で紡いだ罵声もあっという間に平らげられ。
結局窓から朝日が差し込むまで組み敷かれることになってしまったのだった。
新年の澄み切った空気に満たされた廊下で。
「Boun anno!」
二日酔いの気配をまったく感じさせない様子で、ジョットは勢いよく雨月にしがみついた。
「あぁ、ぼんあんの、ジョット」
「スーツとか珍しいね!」
ぺしぺしと両手で腕やら腰やらを叩きまくる。
「Gが着せてくれたでござる」
「へぇ、Gが。よかったね」
「しかし、烏帽子がないと落ち着かぬでござるな」
「あー、確かに。ジョットもなんか見慣れないから落ち着かないなぁ」
「雨月」
掠れた声に振り向くより早く。
雨月の頭に、スーツと同じ生地で仕立てられたのだろう、同色の中折れ帽が乗せられた。
「気になるならそれ被ってろ」
「これはかたじけない」
つばを持って、何度か位置を調整しつつ。
ふと、ジョットが首を傾げて問うた。
「Gの声、おかしいね? 風邪ひいた?」
「こ、これは、その、」
なぜか言いよどむGをよそに、雨月はにっこりと笑って答えた。
「少々おいたが過ぎたようで」
「お板?」
「はい」
「んー?」
誰かの真似をするように、ジョットはさらに首を傾げてみせた。
そんなジョットの頭を軽く叩き。
「それよりコラ、他の酔っ払い共はどうした」
「あはは死屍累々! ジョットの大勝利!」
「全員潰したのかよお前それでもボスか!」
「あ、でもデイモンは飲めないからって速攻逃げたから今捜索中」
「あー……」
そういえばアレは下戸だったな。
同情の念を若干抱きつつも、Gはジョットの両肩を叩いて命じた。
「よし、お前は今からデイモン係だ」
「sissignore!」
ジョットもノリノリで片手を敬礼の形に作る。
「よし行け! そんで帰ってくんな!」
「ひどい! でも行ってくる!」
「雨月! バカ共片づけに行くぞ!」
「承知した」
本気モードで駆け出したジョットを見送り、Gと雨月は大広間に向かって歩き出した。
敷地の外から聞こえてくる、新年を祝う喧噪。
ふたつの靴音だけが響く廊下。
大広間への扉が見えたところで、Gは、ふっと息を吐き出した。
「……焦った」
「案外知られているような気がせぬでもないが」
「だろうな。けど幼馴染とは生々しい話したくねぇんだよ」
「そういうものでござるか」
「そうだよ、だから」
ふに、と唇を指先で押さえられる。
雨月は同じように自分の口にも人差し指を当てて、楽しそうに言った。
「秘密、でござろう?」
「……そういうことだ」
柔らかさを味わうように、一度だけ重ねて。
二人は今年初めの大仕事に取り掛かった。
本当の事は、秘め事のままで。