Last...
目を覚ますと、宇宙人少女の姿はなくて。
俺は病院の簡易ベッドで寝ていて。
家族にすごく怒られて。
うっかり泣いてしまったとか、それはそれで忘れたいわけだけど。
でも、それだけだった。
ヒーロー的存在にはなってるわけもなくて。
一日経って退院するころには、普通の平凡な元の日常に戻りかけていた。
「宇宙船、ないなぁ」
一点の曇りもない青空。
そういえば、夏休みだ。
しょっぱなに色々とあったけれど、夏休みに入っていたんだ。
「そうだってのに……」
どうして、物足りないと感じてしまうんだろう。
なんとなく、手のひらを見つめる。
まだ傷が残っていて。
崩れた建物やえぐれたアスファルトも、あれがすべて現実だったんだと言っている。
なのに――
「まだ、礼すら言ってないのに」
どこ行ったんだよあの宇宙人少女は。
帰るなら帰るで挨拶とか、あってもいいじゃないか。
「つか、名前聞けてなかったし!!」
間抜けすぎる情けなさすぎる馬鹿すぎるぞ俺!
あぁ、くそ、どうすれば会えるんだよ。
会って……会って、どうするんだよ。
いや、まず礼を言うだろ。
それから、それから――さよならって?
……そうだよ。宇宙人なんだから、宇宙に帰らないと。
エイリアンも倒して、地球にはもう用事がないわけだし。
握り締めた手は汗ばんでいた。
俺は、俺は――
「う、わっ」
うっかりアスファルトの欠けた穴につまづいてしまった。
倒れそうになって、なんとかこらえて、ふと視線を感じる。
――嫌な、予感。ていうかデジャヴ。
恐る恐る視線を横にずらすと、傾いた電柱の影に――
「ちょっと待てちょっと待て! 何も言うな! 何も言うなよ!!」
「おめでとう! 君は世界に選ばれた!」
「人の話を聞け――!!」
宇宙人少女は初めて会ったときと同じように、ピンク色の髪を揺らして、勢いよく飛び出してきた。
しかも悪いことに同じセリフを叫びながら。
流れ的に展開的にまさかまさかそんなこと。
「というのは半分冗談で」
「半分は本当なのか」
「半分は優しさなのデス」
「ネタが古い!」
本当に宇宙人なのかこいつは。
「というのは冗談で」
「やっぱり半分は本当なのか」
「ハイ」
にっこり笑顔で。
くそ、かわいい。
じゃなくて!
「今度は、一体何なんだよ」
「えっとデスね」
宇宙人少女はパンダ顔のカバンの中から、大きな懐中時計のようなモノを出した。
おいおいまさかその緑色のレーダーはまさか。
「まだ地球上を逃げ回っているマダリナ星人がいるのデス。それを見つけ、倒さなければなりません」
どういう縮小率で表示されてるかはわからないが、中心からすぐ近くにひとつ、点滅する光。
まさか残りは七人とか、素晴らしいこと言わないよな。
「しかし、この広い地球上を探し回るのは困難デス。そこで、再び幸運の計算を」
「あーっわかった! 説明はもういいわかった!」
「そうデスか?」
この穴につまづいた人間が幸運を得るってことだろ。
それで、俺がまたも捕まってしまったってことだろ。
結局またピンク色に振り回されるってことなんだろ。
「……まぁ、どうせ夏休みで暇だしな」
「では協力してくれるのデスね!?」
宇宙人少女は嬉しそうに、俺の両手を掴み取った。
不意に、心拍数が上がってしまう。
だから思春期男子にこれはキツイんだっつの。
とはいえ、これで今すぐのお別れはなくなったわけで。
「もうしばらくの、付き合いだな」
「いえ、そこは報告が」
両手を離して、ぴしっと姿勢よく立ち、
「今後も地球が侵略の危機に瀕する場合を考え、ワレワレは地球を保護下に置くことを決定し、地球支部を設置することになりました!」
ちょっと待ってくれ今度こそちゃんと待ってくれ。
「ワタシは、その支部長に任命されましたのデス!」
待たないのかよやっぱりていうかそれってやっぱり。
宇宙人少女はピンク色を揺らして、微笑んだ。
「これからも、よろしくお願いするマス」
「―――」
立ちくらみに似たものを感じ、その場に座り込む。
これって、ツイてんのか?
いやいやいや絶対に違う違うに決まってる。
俺の人生かき回されてやしないか。
このピンク色の宇宙人少女に――
「そういや、名前。そうだよ、まだ名前聞いてない」
しゃがみ込んだまま見上げると、宇宙人少女はきょとんとして、それから堪えきれないといった感じのにやけ方をした。
な、なんか気持ち悪い。
「そうデス、地球赴任にあたり、めでたく地球名をいただいたのであるマス!」
「地球、名?」
「ハイ! ワタシの名前はハタケ・イチゴ。かわいい名前デスよね?」
「……苺畑?」
「逆デス、ハタケ・イチゴなのデス」
誰だそんな安直な名前を付けやがったヤツは。
上司か上司がいるとしたらセンス最悪じゃねぇか。
「……似合い、ませんか?」
「うぐっ」
くそ、かわいい。
「似合ってる、と思う」
そのピンク色の髪を持つ女の子に、結局はたぶん一番。
漢字を変えて、あのマンガの主人公みたいにしたら、もっと似合うかもしれない。
いや、あれだとかっこよすぎるか。
確かにかっこいいんだけどさ。
ピコーンピコーン
宇宙人少女は突然音を発した緑色のレーダーに視線を落とした。
「近くにいるヤツが移動を始めたようです」
ピコーンピコーンと、よく見ればこっちに近づいて来てないか。
「……なぁ、今回のその、幸運っつーのは、どういうものなんだ」
「えっと、日本の季節、ひとつ分の期間だけずっと幸運が付きまとうのデス!」
「なんだよそのマンガみたいな設定は!」
「それは、」
どんなときだって諦めずに、浮かべてきた笑顔で。
「ヒーローの宿命デス」
そして俺の手を取って、
普通でも平凡でも平和でもない夏は、まだまだ続くみたいだ。
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