4.
駅前のロータリーだった場所で、やっと恐竜エイリアンは足を止めた。
宇宙人少女は走っている間中ずっと暴れていたので、一応の安否は確認できたというか。
やっぱり守ってキャラじゃないんだよな……
「降ろすのデス!」
「言われなくてモ」
恐竜エイリアンは鬱陶しそうに、手足をばたつかせる人質をその場に落とした。
「お前よりモ、アッチと遊びたいんダ」
ぬらりと振り向いた視線とぶつかる。
――好戦的。
そう聞いたとき、ただ戦争が好きで、戦争ができればどうでもいい連中なんだと思った。
けど、それは微妙に違っていた。
アイツは、楽しんでる。
戦いを娯楽にしてるんだ。
子供の頃にしたごっこ遊びと同じ感覚で。
「大丈夫か?」
「ハイ」
駆け足で戻ってきた宇宙人少女は頷きながら、カバンの中に手を入れた。
「これを」
プラスチック製の水鉄砲、ではなく、本物の銃。
おそらく最後の切り札になるかもしれない、武器。
その重みを感じながら、じっと宇宙人少女の顔を見つめる。
「……本当に、大丈夫なのか?」
これを受け取ってしまえば、彼女は自衛の手段を持たなくなってしまう。
宇宙人少女はにっこりと笑ってみせた。
「大丈夫、なんとかなるマス!」
くそ、かわいい。
俺は銃をしっかりと握り締めて、恐竜エイリアンに向き直った。
読むのは難しいが、たぶん、余裕そうな表情。
「サぁ、どうやって戦う?」
見たところ、武器を持っていないようだけど、その手には鋭い爪。
長い尾にはトゲが付いてるし、あんな牙で咬まれたらひとたまりもない。
接近戦は、不利。
だから、これしかない。
俺は腕を伸ばして、銃口を恐竜エイリアンに向けた。
「銃なんて効かないヨ?」
「……やってみねぇと、わかんないさ」
引き金を引くと同時に、反動で腕が跳ね上がった。
聞いてはいたけど、予想以上だ。
放たれた光はなんとか恐竜エイリアンのほうへ行ったけれど、当たる直前で消え失せてしまった。
空間転移装置は正常に作動しているらしい。
それでも、とにかく撃って撃って撃ちまくる。
「やってみないと理解できないのカ?」
安全なバリヤーの中で、ため息がこぼれ落ちる。
「つまらナイ。つまらないナ」
ざり、と恐竜エイリアンが一歩踏み出した。
そう思った瞬間に――
「もっト楽しませてくれないト」
天と地がひっくり返っていた。
投げ飛ばされたんだと理解するまで、数秒。
痛みを覚えたときには、砕けたアスファルトが目の前にあった。
「大地クン!」
鉄の味。
口の中を切ったのか。
でも、それだけだ。
「大丈夫、大丈夫だ」
立ち上がって、走る。
接近戦は不利だ。
わかってる。
長い尾を飛んでよけて、わき腹に押し付けて、発射。
「―――」
太い腕にはねのけられる。
ごろごろと地面を転がりつつも、なんとか確認する。
当たったのか。
当たったのなら。
「……ク、くく、アははははハ!!」
電流のような寒気が全身を走り抜けた。
とっさに構えた左腕に激痛。
「つっぅあっ」
何度も、何度も。
蹴り続ける。
「アはは、は、ハハ……」
鈍い音がしたと思ったら、胸の上に足が置かれていた。
滲む視界に、恐竜エイリアンの歪んだ顔。
わき腹からは、赤と緑を混ぜたような液体が一筋、伝い落ちていた。
「ったく、痛いじゃないカ」
足を乗せたまま、屈むようにして顔を近づけてくる。
「もっと遊ぼうカナと思ったけド、もう飽きタ」
胸が重い。
軋む。
「ゲーム・オーバー」
呼吸が――
なびく、鮮やかな、ピンク色。
「させません!」
宇宙人少女は押し倒すように、恐竜エイリアンに掴みかかった。
「ウわっ」
胸が軽くなって、呼吸が楽になる。
「なんだヨっ」
「ゲーム・オーバーになんか、絶対にさせません!」
腰にしがみついて、振り払おうとする腕にも怯まずに。
どんな逆境に立たされようとも、諦めない。
「本っ当に……」
どこまでヒーローらしいんだよ。
くやしいじゃないか。
俺だって、そうだよ、俺だってヒーローになりたいんだ。
「絶対に、絶対にっ」
「負けちゃいけないんだよ!」
銃はまだ手の中にある。
俺は宇宙人少女と同じように、恐竜エイリアンにしがみついた。
体に触れた状態での発砲なら空間転移装置も働かないのは、もう証明済みだ。
突破口は見えたんだ。
銃口を押し付けた瞬間――
「離れロォ!!」
今までの比じゃないぐらいの力で、恐竜宇宙人が尾を、腕を振り回した。
鋭いトゲが手に当たり、銃が宙に飛ばされる。
「あっ」
それを目で追った一瞬の隙。
「っざけんナよ虫ケラどもガァ!!」
右腕で俺を吹き飛ばし、左手で宇宙人少女の首を掴み上げた。
回転する視界の中で、
「や、めろ」
恐竜の鋭い爪が白い肌に食い込んで、
「やめろぉお!!」
喉が痛くなるぐらい声を張り上げるのと同時に、宇宙人少女の体がまっすぐ、コンクリートを打ち砕いていた。
思考が、ぐらぐら、揺れる。
見たくない。
でも、ゆっくりと、目を動かして見たものは――赤く染められた、髪。
嘘だ。
そうだ、早く、起こして、無事かどうか確かめないと。
くそ、どうして、足が動かないんだよ。
確かめないと。
――確かめたく、ない。
だって、動かない。
ずっと見てるのに、少しも、動かない。
どんどん赤く、なって。
違う。
アイツは宇宙人だから、赤いわけ、ない。
そうだよ、宇宙人のくせに、なんで、赤いんだよ。
だから全部嘘だって、起き上がって、笑って――
「アーあ、死んじゃっタ」
爪から赤い液体を滴らせて、恐竜エイリアンが楽しそうに言った。
長い舌で舐めとる。
「っタく、ヒーローぷりやがっテ、うざってぇよナァ?」
何かが弾けるような音が耳の奥でした。
熱い。冷たい。
いろんな言葉が、記憶が巡る。
――攻撃は全部、ヤツラに当たる前に、どこか別の場所にワープさせられてしまう。
黒焦げだったエイリアン。
正常に働く空間『転移』装置。
――君だけが希望デス。
繋いだ手。
守りたいと思った気持ち。
――世界が君の味方であるということを忘れてはいけないのデス。
強く、力を込めた手には、失くしたはずの銃。
あちこち傷だらけで、部品もいくつか取れてる。
撃てるかどうかわからない。
「オいおい、本当にバカのひとつ覚えだナ」
近くで撃たなきゃ意味がない。
こんな距離で撃ったって当たらない。
推測はあくまで推測だ。
今が幸運のタイミングかどうかなのかもわからない。
それでも、
ヒーローは、
絶対に、
「……諦め……ナイ」
俺は両手でまっすぐ、銃を構えた。
「世界が、味方だってんならよく聞け」
最初に言われただろ。
――敵を認識するのデス。
忘れていた意思表示。
「俺の敵はアイツだ! アイツが倒すべき敵だ!!」
光が放たれ、
そして、
消える。
少しの静寂の後。
「……ナんだよ、何もないじゃないカ」
恐竜エイリアンはつまらなさそうに息を吐いた。
空間転移装置の作動により、光線はどこかへワープしてしまった。
銃を持つ腕を、力なく降ろす。
実際、もう立っているのもやっとだ。
それなのに、なぜだか、口だけ勝手に動いていた。
「お前さ、なんで滅ぼそうとするんだよ、戦争とかさ、なんでするんだよ」
無意識に、頭で処理せずに、ただ思ったことをそのまま声に変換しているだけのような。
「そりゃあ、」
恐竜エイリアンは最後の慈悲だといった感じで、大仰に両手を広げて答えた。
「楽しいからサ」
……なんだよ、さみしい、連中だな。
悲しい、のかな。
「そっか……」
たぶん、ヒーローのかっこよさとか、知らなかったんだ。
あの、ドキドキする感覚。
「残念だな」
瞳に宿る新たな光。
それは世界に満ちる光でもあり。
世界が敵を排除する光でもあり。
「ナに――」
恐竜エイリアンの足元で膨らんだ光は、
すべてを包んでまっすぐ空へ、
弾けた。
キラキラと降り注ぐ。
空間転移装置は正常に作動していた。
けれど、故障してもいた。
転移させた先が、狂い始めていたのだ。
だから恐竜エイリアンは転移して再び現れたビーム光線に撃たれ、果てた。
「やりました、ね」
慌てて振り向くと、やはり、宇宙人少女が立っていた。
「お前、だ、大丈夫なのかよ!?」
ピンク色の髪には赤い色が滲んでいるし、歩き方が少し変だし、押さえた腕にも赤が見える。
「痛いデスよ。すごく、痛いデス」
でも、と微笑む。
「大丈夫。もう、大丈夫なのデス」
穏やかな声。
「……そっか、終わったんだよな」
「あ、いえ、まだデスけど」
「…………え?」
宇宙人少女は人差し指を立てて、まっすぐ空を指した。
つられるように空を見上げて、思わず絶句する。
そこには、空を完全に覆うほどの巨大な宇宙船が浮かんでいた。
今まで見たものの比じゃないぐらいの、大きさ。
ちょ、まさか。
「あれか、母艦ってやつ?」
「さすがデス。君が倒したのは確かにリーダーですが、マダリナ星人はまだまだ残っているのデスよ」
ふら、と目眩。
終わりじゃないのか。
悪のリーダーを倒してハッピーエンドじゃないのか。
「まぁ、ここから先はワレワレの仕事なので、安心するマス」
「われわれ?」
「言ったデショウ? 仲間がいる、と」
取り出した携帯電話からは、断続的にザザザという音が流れ出していた。
何を言っているかはわからない。
でも、宇宙人少女の瞳に宿る光は強く輝いていた。
そういえば、と振り返る。
地平線は見えないけれど、そこには朝の光が生まれていた。
明るい。
あんなに真っ暗だったのに。
もしかしたら、もう二度と拝めなかったのかもしれない光。
「俺、ちゃんと守れたのかな」
「ハイ。地球は危機を逃れました」
「怪我、させちゃったな」
「すぐに復興するマスよ」
「そっちじゃない」
手を伸ばして、ピンク色の髪に触れる。
「え?」
軽く首を傾げるしぐさ。
あぁ、くそ、かわいいな。
「……ごめん」
俺は小さな女の子を抱きしめた。
力を込めれば折れてしまいそうなのに。
いつでも誰よりも一番強かったのは彼女だ。
たぶん彼女がいなければ、俺はここまでがんばれなかった。
ヒーローになりたいって気持ち、思い出せなかった。
「大地クン?」
信じることもできなかっただろうし。
きっと感謝したってしきれない。
でも、
「大地クン!?」
今は、すごく、眠い――
そこで俺の意識は完全に途切れてしまった。