06-4 | 宇宙侵略ストロベリィ



『 宇宙侵略ストロベリィ 』






4.


 駅前のロータリーだった場所で、やっと恐竜エイリアンは足を止めた。
 宇宙人少女は走っている間中ずっと暴れていたので、一応の安否は確認できたというか。
 やっぱり守ってキャラじゃないんだよな……
「降ろすのデス!」
「言われなくてモ」
 恐竜エイリアンは鬱陶しそうに、手足をばたつかせる人質をその場に落とした。
「お前よりモ、アッチと遊びたいんダ」
 ぬらりと振り向いた視線とぶつかる。
 ――好戦的。
 そう聞いたとき、ただ戦争が好きで、戦争ができればどうでもいい連中なんだと思った。
 けど、それは微妙に違っていた。
 アイツは、楽しんでる。
 戦いを娯楽にしてるんだ。
 子供の頃にしたごっこ遊びと同じ感覚で。
「大丈夫か?」
「ハイ」
 駆け足で戻ってきた宇宙人少女は頷きながら、カバンの中に手を入れた。
「これを」
 プラスチック製の水鉄砲、ではなく、本物の銃。
 おそらく最後の切り札になるかもしれない、武器。
 その重みを感じながら、じっと宇宙人少女の顔を見つめる。
「……本当に、大丈夫なのか?」
 これを受け取ってしまえば、彼女は自衛の手段を持たなくなってしまう。
 宇宙人少女はにっこりと笑ってみせた。
「大丈夫、なんとかなるマス!」
 くそ、かわいい。
 俺は銃をしっかりと握り締めて、恐竜エイリアンに向き直った。
 読むのは難しいが、たぶん、余裕そうな表情。
「サぁ、どうやって戦う?」
 見たところ、武器を持っていないようだけど、その手には鋭い爪。
 長い尾にはトゲが付いてるし、あんな牙で咬まれたらひとたまりもない。
 接近戦は、不利。
 だから、これしかない。
 俺は腕を伸ばして、銃口を恐竜エイリアンに向けた。
「銃なんて効かないヨ?」
「……やってみねぇと、わかんないさ」
 引き金を引くと同時に、反動で腕が跳ね上がった。
 聞いてはいたけど、予想以上だ。
 放たれた光はなんとか恐竜エイリアンのほうへ行ったけれど、当たる直前で消え失せてしまった。
 空間転移装置は正常に作動しているらしい。
 それでも、とにかく撃って撃って撃ちまくる。
「やってみないと理解できないのカ?」
 安全なバリヤーの中で、ため息がこぼれ落ちる。
「つまらナイ。つまらないナ」
 ざり、と恐竜エイリアンが一歩踏み出した。
 そう思った瞬間に――
「もっト楽しませてくれないト」
 天と地がひっくり返っていた。
 投げ飛ばされたんだと理解するまで、数秒。
 痛みを覚えたときには、砕けたアスファルトが目の前にあった。
「大地クン!」
 鉄の味。
 口の中を切ったのか。
 でも、それだけだ。
「大丈夫、大丈夫だ」
 立ち上がって、走る。
 接近戦は不利だ。
 わかってる。
 長い尾を飛んでよけて、わき腹に押し付けて、発射。
「―――」
 太い腕にはねのけられる。
 ごろごろと地面を転がりつつも、なんとか確認する。
 当たったのか。
 当たったのなら。
「……ク、くく、アははははハ!!」
 電流のような寒気が全身を走り抜けた。
 とっさに構えた左腕に激痛。
「つっぅあっ」
 何度も、何度も。
 蹴り続ける。
「アはは、は、ハハ……」
 鈍い音がしたと思ったら、胸の上に足が置かれていた。
 滲む視界に、恐竜エイリアンの歪んだ顔。
 わき腹からは、赤と緑を混ぜたような液体が一筋、伝い落ちていた。
「ったく、痛いじゃないカ」
 足を乗せたまま、屈むようにして顔を近づけてくる。
「もっと遊ぼうカナと思ったけド、もう飽きタ」
 胸が重い。
 軋む。
「ゲーム・オーバー」
 呼吸が――





 なびく、鮮やかな、ピンク色。
「させません!」
 宇宙人少女は押し倒すように、恐竜エイリアンに掴みかかった。
「ウわっ」
 胸が軽くなって、呼吸が楽になる。
「なんだヨっ」
「ゲーム・オーバーになんか、絶対にさせません!」
 腰にしがみついて、振り払おうとする腕にも怯まずに。
 どんな逆境に立たされようとも、諦めない。
「本っ当に……」
 どこまでヒーローらしいんだよ。
 くやしいじゃないか。
 俺だって、そうだよ、俺だってヒーローになりたいんだ。
「絶対に、絶対にっ」
「負けちゃいけないんだよ!」
 銃はまだ手の中にある。
 俺は宇宙人少女と同じように、恐竜エイリアンにしがみついた。
 体に触れた状態での発砲なら空間転移装置も働かないのは、もう証明済みだ。
 突破口は見えたんだ。
 銃口を押し付けた瞬間――
「離れロォ!!」
 今までの比じゃないぐらいの力で、恐竜宇宙人が尾を、腕を振り回した。
 鋭いトゲが手に当たり、銃が宙に飛ばされる。
「あっ」
 それを目で追った一瞬の隙。
「っざけんナよ虫ケラどもガァ!!」
 右腕で俺を吹き飛ばし、左手で宇宙人少女の首を掴み上げた。
 回転する視界の中で、
「や、めろ」
 恐竜の鋭い爪が白い肌に食い込んで、
「やめろぉお!!」
 喉が痛くなるぐらい声を張り上げるのと同時に、宇宙人少女の体がまっすぐ、コンクリートを打ち砕いていた。
 思考が、ぐらぐら、揺れる。
 見たくない。
 でも、ゆっくりと、目を動かして見たものは――赤く染められた、髪。
 嘘だ。
 そうだ、早く、起こして、無事かどうか確かめないと。
 くそ、どうして、足が動かないんだよ。
 確かめないと。
 ――確かめたく、ない。
 だって、動かない。
 ずっと見てるのに、少しも、動かない。
 どんどん赤く、なって。
 違う。
 アイツは宇宙人だから、赤いわけ、ない。
 そうだよ、宇宙人のくせに、なんで、赤いんだよ。
 だから全部嘘だって、起き上がって、笑って――
「アーあ、死んじゃっタ」
 爪から赤い液体を滴らせて、恐竜エイリアンが楽しそうに言った。
 長い舌で舐めとる。
「っタく、ヒーローぷりやがっテ、うざってぇよナァ?」
 何かが弾けるような音が耳の奥でした。
 熱い。冷たい。
 いろんな言葉が、記憶が巡る。
 ――攻撃は全部、ヤツラに当たる前に、どこか別の場所にワープさせられてしまう。
 黒焦げだったエイリアン。
 正常に働く空間『転移』装置。
 ――君だけが希望デス。
 繋いだ手。
 守りたいと思った気持ち。
 ――世界が君の味方であるということを忘れてはいけないのデス。
 強く、力を込めた手には、失くしたはずの銃。
 あちこち傷だらけで、部品もいくつか取れてる。
 撃てるかどうかわからない。
「オいおい、本当にバカのひとつ覚えだナ」
 近くで撃たなきゃ意味がない。
 こんな距離で撃ったって当たらない。
 推測はあくまで推測だ。
 今が幸運のタイミングかどうかなのかもわからない。
 それでも、
 ヒーローは、
 絶対に、
「……諦め……ナイ」
 俺は両手でまっすぐ、銃を構えた。
「世界が、味方だってんならよく聞け」
 最初に言われただろ。
 ――敵を認識するのデス。
 忘れていた意思表示。
「俺の敵はアイツだ! アイツが倒すべき敵だ!!」
 光が放たれ、



 そして、




 消える。




 少しの静寂の後。
「……ナんだよ、何もないじゃないカ」
 恐竜エイリアンはつまらなさそうに息を吐いた。
 空間転移装置の作動により、光線はどこかへワープしてしまった。
 銃を持つ腕を、力なく降ろす。
 実際、もう立っているのもやっとだ。
 それなのに、なぜだか、口だけ勝手に動いていた。
「お前さ、なんで滅ぼそうとするんだよ、戦争とかさ、なんでするんだよ」
 無意識に、頭で処理せずに、ただ思ったことをそのまま声に変換しているだけのような。
「そりゃあ、」
 恐竜エイリアンは最後の慈悲だといった感じで、大仰に両手を広げて答えた。
「楽しいからサ」
 ……なんだよ、さみしい、連中だな。
 悲しい、のかな。
「そっか……」
 たぶん、ヒーローのかっこよさとか、知らなかったんだ。
 あの、ドキドキする感覚。
「残念だな」
 瞳に宿る新たな光。
 それは世界に満ちる光でもあり。
 世界が敵を排除する光でもあり。
「ナに――」
 恐竜エイリアンの足元で膨らんだ光は、
 すべてを包んでまっすぐ空へ、
 弾けた。


 キラキラと降り注ぐ。
 空間転移装置は正常に作動していた。
 けれど、故障してもいた。
 転移させた先が、狂い始めていたのだ。
 だから恐竜エイリアンは転移して再び現れたビーム光線に撃たれ、果てた。
「やりました、ね」
 慌てて振り向くと、やはり、宇宙人少女が立っていた。
「お前、だ、大丈夫なのかよ!?」
 ピンク色の髪には赤い色が滲んでいるし、歩き方が少し変だし、押さえた腕にも赤が見える。
「痛いデスよ。すごく、痛いデス」
 でも、と微笑む。
「大丈夫。もう、大丈夫なのデス」
 穏やかな声。
「……そっか、終わったんだよな」
「あ、いえ、まだデスけど」
「…………え?」
 宇宙人少女は人差し指を立てて、まっすぐ空を指した。
 つられるように空を見上げて、思わず絶句する。
 そこには、空を完全に覆うほどの巨大な宇宙船が浮かんでいた。
 今まで見たものの比じゃないぐらいの、大きさ。
 ちょ、まさか。
「あれか、母艦ってやつ?」
「さすがデス。君が倒したのは確かにリーダーですが、マダリナ星人はまだまだ残っているのデスよ」
 ふら、と目眩。
 終わりじゃないのか。
 悪のリーダーを倒してハッピーエンドじゃないのか。
「まぁ、ここから先はワレワレの仕事なので、安心するマス」
「われわれ?」
「言ったデショウ? 仲間がいる、と」
 取り出した携帯電話からは、断続的にザザザという音が流れ出していた。
 何を言っているかはわからない。
 でも、宇宙人少女の瞳に宿る光は強く輝いていた。
 そういえば、と振り返る。
 地平線は見えないけれど、そこには朝の光が生まれていた。
 明るい。
 あんなに真っ暗だったのに。
 もしかしたら、もう二度と拝めなかったのかもしれない光。
「俺、ちゃんと守れたのかな」
「ハイ。地球は危機を逃れました」
「怪我、させちゃったな」
「すぐに復興するマスよ」
「そっちじゃない」
 手を伸ばして、ピンク色の髪に触れる。
「え?」
 軽く首を傾げるしぐさ。
 あぁ、くそ、かわいいな。
「……ごめん」
 俺は小さな女の子を抱きしめた。
 力を込めれば折れてしまいそうなのに。
 いつでも誰よりも一番強かったのは彼女だ。
 たぶん彼女がいなければ、俺はここまでがんばれなかった。
 ヒーローになりたいって気持ち、思い出せなかった。
「大地クン?」
 信じることもできなかっただろうし。
 きっと感謝したってしきれない。
 でも、
「大地クン!?」
 今は、すごく、眠い――



 そこで俺の意識は完全に途切れてしまった。