06-3 | 宇宙侵略ストロベリィ



『 宇宙侵略ストロベリィ 』






3.


 背中に石の感触と、鉄の冷たさ。
 起き上がろうとして、
「いっ………つぁ―――」
 体中が痛いことがわかった。
 それでも上半身だけ起こして、辺りを見回す。
「どこだ……?」
 暗くて何も見えない。
 手元には石がごろごろしてて、木があって、長細い鉄が二本……レール、だ。
 あのコンビニの下、地下鉄が通ってたのかよ。
 いや、それより、どうして地下になんか落ちてんだ。
 俺はついさっきかどうかもあやふやな記憶を呼び起こしてみた。
 たしか、クモみたいなエイリアンに捕まりそうになって、
 倒れながらも服にひっかかった腕みたいなのを取ろうとして、
 宇宙人少女がビームを撃って、
 床が――
 知らず、ため息がこぼれ落ちる。
 まぁなんとも素晴らしい破壊力だ。
 俺はケータイの無事を確認しつつ、時間を確かめた。
 00:03
 残り、6時間。
 暗闇に慣れてきた目で、その中でもさらに真っ黒な穴を開けている天井を見上げる。
 ていうか、数十メートルも落下したくせに瓦礫の下敷きにもならずに……よく無事だったな俺!
 しかも二時間ぐらい気ィ失ってたのに、誰にも見つからないって。
 ……本番ではないにしろ、ちょっとずつ運気が向いてきてる、とか?
「って、はぐれてんじゃん!」
 一喜一憂ってこういうことか!
 見える範囲に誰もいないことに安心したものの、誰もいないのも状況が悪い。
 特に宇宙人少女と離れてしまうと、どうしようもなくなる。
「ま、迷子の鉄則は動かないことだけど……」
 たぶんさっきのクモみたいなエイリアンも一緒に落ちているはずだし。
 見つからない内に、何とか合流……しようもないし………一体どうすれば…………
「ちょっと、待てよ」
 合流するとか、それよりも前に、
「あいつひとりじゃねぇか!」
 最後に見た映像は、たしか、他にもエイリアンが何匹かいた。
 天井の穴を見ても、登れる気はしない。
 くそ、なんで、一緒に落ちるとしても、あの手を掴むべきだった。
 どうする、右か左、どっちかに行けば駅の階段から地上に上がれるだろうけど。
 でも駅も崩れてたら最悪行き止まりだ。
「あぁもう焦れば焦るほど考えがまとまんねぇ!」
 どうすれば宇宙人少女を見つけられる。
 どうすれば守れる。
「つか考える前に動け、俺!」
 とりあえず右、右に行ってみ――
 背筋の凍るような感覚。
 俺は本能のままに、反対側のレールまで飛びさすった。
 鉄が砕け散る音。
「……ちょっ……マジですか」
 鉄ってあれ、曲がったりはしても砕けたりはしないですよねぇ?
 瓦礫の中で、クモのエイリアンがぬらりと立ち上がる。
「オ前、よクも、落としてクレたな」
「俺がやったんじゃねぇよ!」
 精一杯否定しても、エイリアンの殺意は消えない。
 逃げなければ。
 追いつかれるかもしれないけど、とにかく逃げなければ。
 俺は足場の悪さを感じながらも、エイリアンから視線を外した瞬間に走り出した。
「逃げルのか、臆病者メ!」
 おくびょうものだと?
「っ戦略的撤退だ! 俺が本気出せば、お前なんか片手でポイだ!」
「ナンだと!?」
「うわあっ」
 攻撃をよけつつ前転して、立ち上がってまた走る。
 つか、煽ってどうする俺の馬鹿!
 しかもアイツ、クモっぽいくせに普通に二足歩行な上に、走るの速いし。
 これじゃ、駅に着く前に追いつかれる。
「これでもくらえ!」
 大粒の石を数個拾い上げ、なるべく足を止めずに投げつける。
 少しでも構えるか立ち止まるかすれば――
「って反則だろソレ本当に!」
 石は歪められた空間に吸い込まれ、エイリアンは止まりもせずに追いかけてきた。
 厄介だ。本当に厄介だ。まさかここまで厄介だとは。
 追いつかれそうな腕に服のすそを裂かれる。
 あれに捕まれば、さっきのレールのように……マジそれだけは勘弁だ。
 どうにか、弱点じゃないにしても、何かダメージを与える方法があれば……
 例の空間転移装置ってヤツは、地下でも万能みたいだし。
 ……地下?
 そういえば、アイツも、落ちたんだよな。
 あらゆる物理攻撃は避けられても、重力には逆らえない?
 俺はたぶん偶然で無傷だったんだろうけど、アイツは?
 石を投げつけながら、悟られないように確認する。
 ――あった。
 クモのような腕のあちこちに、裂傷と緑色の染みた痕。
 ……なるほど、空間『転移』装置か。
 物体をまるごと転移させることはできても、物体の一部を捻じ切ったりすることはできない。
 だから、地球という地面と衝突することは回避できなかったんだ。
 いくらなんでも地球まるごと転移はないだろうからな。
 このトンネルをどかんと潰せば、もしかしたら勝てるかも。
「でも、どうやって」
 そろそろ体力も限界に近い。
 暗闇に目をこらしても、時々警報装置を見つけるだけで、他には何もない。
 レーザー銃。
 あの見事な破壊力があれば、可能かもしれない。
 でもこんな所で会えたら、それは奇跡としか――そう、それは奇跡でしかないじゃないか。
 顔が自然とにやけて、背筋をぞくぞくとしたものが走る。
 目の前には、暗闇にも鮮やかな、ピンク。
「あっ! 無事だったのデスね!」
「な、え、くそっ」
 こっちに向かって走ってくる腕をすれ違いざまに取って、同じ方向に走らせる。
「どうして」
「河野大地クンの生体信号を記録していたので、それを追跡したのデス」
「便利なもんだな」
 どうやら奇跡じゃないようだが、それでもよすぎるタイミングだ。
「とにかく作戦を言う」
「え、何の」
「後ろ、足元と、アイツと、天井。以上!」
「よくわかりませんが、わかりました!」
「どっちなんだかよくわかんねぇが、任せた!」
 ざざっと足音がふたつ、止まる。
 エイリアンはすぐそばまで迫ってきていた。
 攻撃が届く、その一歩手前で、
「撃て!」
 光の弾がエイリアンに向かって伸びていく。
 しかし、体に当たる光は、寸前で歪んだ空間に消されてしまう。
「ハッ、そんナの当たらネぇよ!」
「わかってる。だけど、これはどうだかな」
 消されてしまうのは関係ない。
 本当の目的は――
 小さな欠片をきっかけにして、
 天井が、岩が、降り注ぐ。




 カツン、と最後の欠片が落ちて、それきり音も聞こえなくなる。
「……成功、か?」
 マンガのように突然瓦礫を跳ね飛ばして出てくるとか、ないよな。
 内心ドキドキしながらも、しばらく瓦礫の山を見守って、それから、俺はぐっと力強く拳を握り締めた。
 なんとか一匹、どうにかできた。
 本当になんとか、だけど、でも、どうにかできたんだ。
「す……すごい、すごいデス!」
 宇宙人少女が嬉しそうに声を弾ませて、輝く瞳で俺を見上げてきた。
 いや、それはちょっと照れるぞ。
 まっすぐに受け止めることができなくて、たぶん赤くなってるだろう顔を隠すように、俺は宇宙人少女に背を向けた。
 それに、まだ安心はできないんだ。
「この方法で他のヤツラも、」
「それは……」
 言うべきか、迷う。
 でも、冷静に考えればわかることでもある。
 どうしてこんな、嫌になるぐらいネガティブなんだろう。
「これは、一回きりで、相手が油断っていうか、こっちを甘く見てない限りは、使えないものだから、」
 一度きりの作戦の穴は絶望的に大きくて。
 肩越しに盗み見た宇宙人少女の表情は、さっきまでの明るさを失っていた。
 こんな顔しかさせられないなんて。
「だから――」
 続くはずの言葉を、失う。
 視線の先、瓦礫の山が、もう動くことのないと思っていた山が崩れ、中から影がひとつ、ぎこちなく立ち上がった。
「う、嘘だろ、オイ」
 動揺か緊張か、声は掠れて出た。
 影が腕を振り上げる。
 聞こえない言葉に重なるガチガチという音。
 殺意を振り上げて――その体勢のまま、影は倒れていった。
 静寂。
 心臓の音。
 知らず噛みしめていた唇に、鉄の味。
「……だから、この作戦は、危険すぎるんだ」
 震える体を抑えつけて、俺は瓦礫の山を登った。
 もう動き出さないかの確認もあったが、ひとつ気になることがあった。
 ケータイのライトでエイリアンを照らす。
 ――やっぱり、
「でも、」
 声に引かれて見遣ると、宇宙人少女はそれでも微笑んでいた。
 くそ、かわいい。
「少しでも、ヒントは得たのデスよね」
「それは……」
「そのヒントを生かせば、必ず、突破口が見つかるマス」
 疑問でも予測でも仮定でもない断定。
 瞳には暗闇を追い払うような強い光が宿っていて。
 山を降りながら、俺は、口元が緩むのを自覚していた。
「本当に、すげぇな」
「ハイ、君はやはり世界に選ばれただけの」
「そうじゃない。お前はすごいなって、そう言ったんだ」
「……ハイ?」
 不思議そうな顔をする宇宙人少女の前に立って、もう一度、告げる。
「ヒーローの必須条件、諦めない気持ちってやつをいつでも、見せてくれる」
 小さい頃、よく見ていた特撮でもアニメでも、ヒーローは挫けても諦めない。
 仲間を勝利へと導く存在。
 きらきらと輝いていて、子供心に憧れた。
 そんなのが目の前にいたら、俺だって負けられないじゃないか。
「じゃあ、ヒントを生かすためにも、作戦会議だ」
 もうネガティブに考えてなんて、いられない。



 暗闇の中を用心しながら進んでゆく。
 いい加減、時間感覚と方向感覚がなくなってきた。
「この次の駅には、敵の姿はないようなのデス」
 宇宙人少女の携帯電話で外部の情報を収集できるのだけが、唯一の救いか。
 ていうか、そのケータイは電池切れとかないのだろうか。
 切れたら切れたで……怖いので想像しないでおこう。
 電池切れといえば、もうひとつ。
「確認だけど、その銃は弾切れとかないんだよな?」
「はい。バッテリー部分が故障しない限りは、半永久的に使用可能なのデス」
「俺にも使えるよな?」
「はい。撃ち方は先ほど説明した通りなのデス」
 水鉄砲の外見を裏切らず、単純に人差し指で引き金を引くだけ。
 怖くて試し撃ちはできないが、威力は十二分に理解している。
「……でも、やるなら、一番偉いヤツを倒すのが一番だよな」
 先に馬を射るとかそんなことわざもあるけど、できることなら手っ取り早い方がいい。
「それなら心配いりません」
 ピンク頭がふわり揺れる。
「マダリナ星人は好戦的で、リーダーは必ず戦場に現れるので、直接君を狙いに来るマス」
「リーダーってことは、一番強いっつーことだろ?」
「はい。しかし、世界が君の味方であることを忘れてはいけないのデス」
「心強い味方だな」
 馬鹿にするつもりではなく、ただ笑う。
 世界というものがあまりにも漠然としすぎていて、何が起こるかまったく見当がつかなくて。
 それでも、その存在は俺の味方で。
 どこか重い、恐怖のようなものを感じたのかもしれない。
 無人のホームから、光のない階段を昇り進む。
「……私も、君の味方デス」
 はぐれないように繋いでいた手に、力が込められる。
「何があっても、君を守ってみせるマス」
 だからそれはどちらかというと俺が言うようなセリフなのであって……とか、言っても無駄だろうし。
 代わりに、力強く、自分のより小さな手を握り返す。
「俺も守るよ。守ってみせる」
 徐々に暗闇にわずかな光が混ざり始める。
 見上げた先には、四角い出口。
 外にはおそらく山ほどの、敵。
 怖いさ、もちろん。
 でも、膝を抱えて震えることはできないから。
「それじゃあ、持久戦の再開だ」
 ――走れ。



 作戦といっても、難しいことはそもそもできない。
 だから、内容は単純明解―――逃げ切る、ことだ。
 けど、ただ逃げるだけじゃない。
 ここに来ているはずのリーダーをおびき出すこと。
 そのために、現在地を把握されるように、あえて見えるように逃げること。
 あとは文字通り、運任せ。
「我ながら、信じられない作戦だよ」
 崩れた瓦礫の下に滑り込んで、旋風のような攻撃を防ぐ。
 宇宙人少女を待って、そのまま隙間の奥にほふく前進していく。
 抜けたらまたどこへでもなく、とにかく走る。
「リーダーは、まだ、現れないの、か?」
 虫のような爬虫類のような、エイリアンを見つけては違う道に入る。
「まだデス。ここにいるのは確かなのデスが」
「特徴とか、なんか、そういうの、は、ないのか?」
 ビームで足止めしつつ、半壊した建物の中を突っ切って移動する。
「……地球の資料を見たときに、ヤツに似ていると思った絵が、ありました」
「絵?」
「恐竜デス。昔、この地球にいたという、恐竜の姿に、似ているマス」
 細い路地に入り込みながら、図鑑か何かで見た色鮮やかな絵を思い出す。
 二本足で、鋭い牙と爪を持って、獲物を咬み殺す――のは肉食の方か。
「その、恐竜ってのは、どんな姿の?」
「二本足で、ギザギザの牙と爪を持っているマス」
「やっぱ肉食かよ!」
 草食系のおっとりした感じは当然のようにない方向なのか。
 ちょっとは期待してみたのになぁ。
「しかし、体型などは人間に近いのデスよ?」
「それはまぁ、今までの宇宙人からなんとなく察しはついてるけど」
 半壊のビルに囲まれて、空の様子も明るさもわからなくなる。
 暗い。
 後ろも先も真っ暗だ。
 それでも、どこかに光はある。
 希望があるんだ。
 負けない、運命が――
「やはり私は運がイイようダ」
 前触れもなく、ガチガチ音を重ねた声が降ってきた。
「!?」
 二人同時に上を見上げる。
 近い。
 壊れたビルの、三階の窓。
 そこから、そいつはこっちを見下ろしていた。
 ――恐竜。
 確かにそれ以外形容のしようのないような。
「少しも動かずに君タチを見つけられタ」
 くすくすと、ガチガチと、笑う。
「男は地球のダ。女は……アぁ、前に壊した星の」
 爬虫類の顔で器用に、にったりと表情を作る。
「全部壊したと思ったのにナァ」
 繋いでいる手から震えが伝わってくる。
 くらくらして。
 なぜか、頭が熱を離さない。
 たぶん、これは、怒り。
「――ぇが……か」
「ん? 何だっテ?」
「お前が、リーダーなのか」
 恐竜エイリアンは考えることなく、答えを返した。
「そうだヨ」
「だったら、」
 片方の手を握り締めて、片方の手で窓を指差す。
「降りて来い。勝負だ」
 一瞬のほうけた顔。
 それから、恐竜エイリアンは堪えきれないといった感じで笑い声をあげた。
 耳障りなほどの、ガチガチ音。
「……アぁ、いいヨ。だけど、」
 よくわからない色の目が、光を帯びる。
 そう思ったときにはすでに、恐竜エイリアンは俺の目の前に立っていた。
 驚きに叫ぼうとした喉の奥で、声を無理やり押しつぶす。
「もっと広い場所に行こう。もっともっと、楽しもウ?」
 にたりとむき出しにされた鋭い牙。
 でも、恐怖なんか感じてなんかいられない。
 そんな暇なんか――
 ふと、左手の熱が消え失せた。
 いつの間に移動したのか、後ろに立つ恐竜エイリアンの肩にはピンク色の姿。
「て、テメェ!!」
「早く来ないと、コイツ殺しちゃうヨ?」
 それだけ言って、恐竜エイリアンは跳ねるように走り出した。
 今度は強く握り締めていたのに。
 違う、今はそんなことよりも。
 俺は引き離されそうになりながらも、それでもピンク色を追いかけた。
 探す手間が省けたんだ。
 真っ向勝負ができるんだ。
 もうすぐ朝が来るんだ。
 ここで失って、たまるか。