06-2 | 宇宙侵略ストロベリィ



『 宇宙侵略ストロベリィ 』






2.


 舌の根も乾かないうちに。
 なんて言葉、今まで一度だって使ったことなかったけれど。
 階段を昇って地上に出た瞬間、俺は絶句した。
 オレンジよりも赤に近い夕焼け空の至る所に浮かぶ黒い塊。
 飛行機とは違う、フリスビーのような円盤型の。
 ――小型宇宙船だっけ? それ見たら、信じてやるよ。
 数分前に口にした言葉が脳裏によみがえる。
 (自称)宇宙人の方を見ると、携帯電話に何か話しかけていた。
 本当に近未来的な機械とか持ってないよなぁ。
 じゃなくて、もう信じると言ってしまった手前、(自称じゃない)宇宙人と呼ぶのが正しいのか?
 いやいやいやそれよりも問題なのは。
 ――小型宇宙船が飛来し、建物を中心に破壊活動を始めるマス。
 赤と黒の光景がフラッシュバックする。
 すべてが真実なら、今から起こるのは――
「乗り物が必要デスね」
 携帯電話をカバンに入れながら、宇宙人少女は周りを見回した。
「え、なんで」
「仲間が待機している場所まで少々の距離があるのデス。歩いてる暇もありませんし……」
 ちら、と道路脇に違法駐車しているバイクを見遣り、視線を俺に戻して、
「運転できるマスか?」
 笑顔で問うてきた。
 もちろん、校則を遵守している俺は免許など持ってやしないので。
「できない」
「わかりました」
 とことことバイクに近寄って、キーを差し込む所をいじって、壊して、コードを数本繋げて――
「って、それ犯罪! つか運転できんのかよ!?」
「大丈夫デス。気合でなんとかなるマス」
「ならねぇよ!」
「できた!」
 宇宙人少女の声と共に、バイクのマフラーが煙を噴き出した。
 違法駐車とはいえ窃盗罪に当たるんじゃないのかこの行為は。
「行くマスよ!」
 宇宙人少女はバイクに跨ると、早く乗れと言わんばかりにエンジンを何度かふかした。
 どうしようとかどうすればとか、
「迷ってる暇なんか、ないんだよなぁ!」
 ピンク頭の後ろに飛び乗ると同時に、バイクは勢いよく走り出した。
 ていうか、なんだよこのいい匂いは。
 宇宙人のクセに女の子だなんて、反則すぎる。
 どうにか意識を別の場所に飛ばそうとした時、流れる景色の中で何かが光った。
 少し遅れて爆発音が響き渡る。
 突風と土煙と、悲鳴と絶叫。
 何が、起こった?
「攻撃が始まりましたね」
 俺の思考を読んだのかわからないけど、宇宙人少女は的確な答えを与えてくれた。
「今からが、本当の侵略なのデス」
 道には逃げようとする人間が溢れ出し、それを縫うようにバイクは走り続ける。
 助けてと。
 みんな誰かに助けを求めていた。
「……君だけが希望デス。君だけが、救えるのデス」
「俺は……」
 普通の高校生なのに、という言葉は喉の奥で押し殺す。
 代わりに、別の言葉を吐き出した。
「その、幸運のタイミングって、いつなんだ?」
「分刻みではわかりませんが、およそ日本時間の5時から6時の間なのデス」
「明日の朝ってことか?」
「はい。それまで、何があっても絶対に君を守ります」
 そんなかっこいいセリフ、テレビでしか聞いたことねぇよ。
「残り12時間か……」
 今までを振り返れば短いが、今から逃げ切ることを考えれば、ずっと長い。
 それに、これから夜が訪れる。
 暗闇の中の戦いなんて、ハリウッドの王道じゃねぇか。



 緑化運動の一環を担う、森林公園の中に、蛍光オレンジのワゴン車が止まっていた。
 まさかあんな派手な車に仲間が乗ってるとかまさかそんな。
「あれデス!」
「そのまさかかよ!」
 隠れる気あんのか本当に。
 モールス信号のようなノックを繰り返すと、ロックの開く音がした。
「お待たせしまし――」
「あぁ。待ちくたびレた」
 扉を開けた状態のまま、宇宙人少女は体を硬直させた。
 真っ赤な車内と、身を赤く染めた虫のような、爬虫類のような――エイリアン。
 ぞわりと、全身に寒いものが駆け抜ける。
「ダが、面白かっタぜ、なカなか」
 その声と重なって聞こえてくる音には覚えがあった。
「こいつラ、死にナガら、同じコトばかり言うンだ」
 ケタケタと。ガチガチと。
「希望は消えない、トな」
 エイリアンは声色まで真似て、そして下品な笑い声を上げた。
 残忍で醜悪で非情な敵。
 これが、マダリナ星人。
「おい」
 反応はない。  名前を呼ぼうとして、まだ聞いてもなかったことに気付く。
「……おい?」
 覗き込んだ顔は青白く、大きく見開いた目は涙をたたえていた。
 一度でも瞬きをすればこぼれ落ちるぐらい。
 唇が震えながら何度も動くけれど、声は聞こえない。
「ナんだ、この程度デ精神崩壊か?」
 エイリアンが立ち上がろうと動く。
 宇宙人少女はそれでも反応しない。
 俺は短く舌打ちすると、宇宙人少女の腕を引いて、とにかく車から離れた。


 遊歩道から外れた茂みに身を隠す。
「おい、しっかりしろ!」
 肩を揺らしてみるが、やっぱり反応は薄い。
 そりゃあ、仲間が、殺されたんだ。ショックが大きいのはわかってる。
 もしかしたら、過去の、凄惨な記憶がよみがえっているのかもしれない。
「しっかり、してくれよ」
 でも、言っただろ。
 ただ見てるだけじゃダメなんだって。
 助けたいんだって。
 あれ、すごくかっこいいって思ったんだ。
「やらなきゃいけないことが、あるんだろ」
 負けちゃいけないんだ。
 悲しんでほしくないんだ。
「あいつら、倒すんだろ……」
 宇宙人少女の両肩を掴んだまま、うなだれる。
 どうして、こんな無力な俺が選ばれたんだよ……
「……そう、デス」
 声に引かれるように顔を上げると、泣きそうでも、瞳に強い光が戻っていた。
「こんな所で、泣いてる場合では、ないのデス」
 ぐい、と強引に目元を拭って、立ち上がる。
 小さな女の子の宇宙人。
 重要な任務を負って、俺を見つけにきた女の子。
 女の子なのに。
 くそ、なんだよこの感じは。
「マダリナ星人を倒すためにも、君を守るためにも」
「……俺だって、守るさ」
 俺は立ち上がると、ピンク色の髪を無造作にかき混ぜた。
「は、え、うぇ?」
 適度にぼさぼさになった段階で、胸のイライラもひとまず落ち着く。
 無力でも、世界が俺に味方するって言うんなら。
「次はどこに行けばいいんだ?」
「ここでは囲まれてしまうので、アテはないのデスが、とにかく動きながらトキを待ちましょう」
 宇宙人少女の体はそれでもまだ震えていて、俺だって震えてるかもしれないけど、
「行こう」
 手を繋げば、強くなれる気がした。


 遊歩道へ出て、ひたすらに走る。
 隠れるなら、建物がある場所の方がいい。
 とにかく公園から出なければ。
「どこへ行ク」
 ガチガチ音が聞こえたと思った瞬間、死角からエイリアンが現れた。
 大きく振り下ろされたカマキリのような腕を、かがむようにしてよける。
 エイリアンはかわされたことを気にした様子もなく、悠然と行く先に立ちはだかった。
「もっと遊ぼウじゃねェか」
 カサカサと台所で聞くような複数の足音。
 振り向かなくてもわかる。
 囲まれた。
「他の場所はなカなか抵抗シテるらしイが、コこはイマイチなんだよナ」
 基地も空港もない平和な街だからなここは。
「せっかクなんダから、楽しマセてくれよ、なァ?」
 進路もない。退路もない。
 チラと宇宙人少女を見遣ると、パンダ顔のカバンに片手を入れていた。
 エイリアンに聞こえないように、小声で話しかける。
「何か、弱点とかないのか?」
「残念ながら。どうにか、突っ切るしかないのデス」
「突っ切るって……」
 相手は武器を持ってないように見えるけど、安心はできない。
 昔の映画でも、エイリアンはなんかすごい身体能力を持ってた気がする。
「……ワタシが囮になって、」
「却下」
「なぜデスか」
「そういうのは嫌いなんだよ」
 確かにいい作戦かもしれないが、犠牲とかそういうのは嫌だ。
 他に何か、きっかけでも何でもいい、何か。
 悟られないように視線だけで周りを見回した時、それが目に入った。
「……そのカバンの中身、銃だったりするのか?」
「はい」
 やっぱり。だったら、できるかもしれない。
「命中率とかは?」
「がんばります」
「じゃあ――」
 さらに声を低くして、作戦を伝える。
「オラ、早くしねェと殺しチまうぜェ?」
 異様に長い腕が持ち上げられ、振り下ろされ、今度は鞭のように。
 俺たちが蹴った地面がえぐられた。
 走りながら拾った小石を投げつける。
「出口はそっチじゃねェぞ?」
 わかってるさ、目的はそこじゃない。
 それの横を通りすぎて、敵と一直線に並んで、そして宇宙人少女がカバンから手を引き抜いた。
 現れた――水鉄砲?
「おいちょっと待っ」
「大丈夫デス!」
 銃口からは水ではなく、光の筋が飛び出した。
 そのプラスチックっぽい外見から絶対予測つかねぇよレーザー出るとか!
 しかし、光の弾は見事、水飲み場を撃破した。
 少し遅れて、水道管が爆発する。
「ナっ」
 高らかに目隠しの柱が立ち上がる――
 のを見ることなく、俺たちは一気に出口方面ではなく、まっすぐ先のフェンスに向かって走った。
 勢いを殺さずに乗り越える。
 土地勘は俺の方が上なんだ。
 追いつかれてたまるかってんだ。



 数時間前まではコンビニだった建物に忍び込む。
 悪いことだとはわかってるが、今はとにかく水分と食料を調達しよう。
 割れたガラスに注意しながら、倒れた棚の影に隠れるように座る。
 まだ冷たい炭酸ジュースが、心なしか気分もすっきりさせてくれた。
 食欲はないながらも、パンをかじる。
「……あいつら、弱点ないって、どういうこと?」
 そういえば、なんとなくおにぎりじゃなくてパンを渡したけど……あ、普通に食べてるよ。
「マダリナ星人は高性能の空間転移装置を持っているマス」
「空間、転移、装置?」
 SFでよく出てくるワープができる機械、か?
「指定した空間を捻じ曲げて小規模な歪(ひず)みを生み出し、そこに物理的な攻撃をすべて吸収させることにより、ヤツラは攻撃のすべてを無効化することができるのデス」
 む、難しい話されてるような。
「あー、えーっと、つまり?」
「攻撃は全部、ヤツラに当たる前に、どこか別の場所にワープさせられてしまう、ということなのデス」
「それって無敵ってことじゃんっ」
 ちょっとでも勝てる要素あるかもって淡い期待頭からぶち壊しかよ。
 物理攻撃が駄目となったら……
 そういえば、映画で時々、地球の微生物とかウィルスに冒されて死んじゃう宇宙人とかいるよな。
 ……あれだけ活発に活動してたら、それはナシか。
 クラシックの音波で爆発するってあったな金曜の映画で。
「音波って、アレ、物理的?」
「空気の振動と捉えると、やはり空間を歪めることにより無効化されるかと」
 ため息をつきながら落とした視線の先に、強力殺虫剤のスプレー缶を見つける。
 虫っぽいし、こんなので死んでくれれば苦労はないんだけど。
「拳で勝負とか」
「ケンシローでも無理デスよ」
「そっか……ん?」
 今さらりと聞き流しそうになったが、宇宙人らしさに欠ける発言がなかったか今。
 それなりに有名な二次元の無敵格闘家(?)の名前が出なかったか。
 いや、いやいやいや、これはもう無視しておこうざばっと水に流しとこう。
「その装置っていうのは、あいつら全員持ってるのか?」
「持ってはいません。母艦にて操作されていて、厳重に守られているマス」
「その母艦ってヤツも?」
「はい。攻撃は不可能デス」
 長いため息がこぼれ落ちる。
「万策尽きるってこういう状態なんだろうな……」
「策は、尽きてませんよ」
 にこりと笑みひとつ。
「君がいる限り、最後に勝利を手にするのはワレワレなのデスから」
 くそ、かわいい。
「ていうか、それも具体的に何が起こるのかわからないんだよな」
「君がそうであるように世界に求めたそのままの形で、幸運は舞い降りると思うマスよ」
「具体的じゃねぇー」
「その時になるまで何もわからないのが事実デス」
 そして、『その時』まで俺が無事でいられるかも、わからないのだ。
 嫌なことは考えたくないのだけれど。
 あのエイリアンは無敵だっていうし、俺は弱っちぃ人間だし、そもそも国とか軍はマダリナ星人と戦っているのだろうか。
「……なぁ、ラジオとか持ってるか?」
「ラジオはありませんが、情報ならコレから仕入れるコトができるマスよ」
 言って、宇宙人少女は携帯電話を取り出した。
「一緒に地球に来た仲間は他にもいるのデス」
 他にも、の所で少し悲しそうな顔をした。
 元気出せっていうのは、無責任な言葉なような気がして。
 こういう時って、どういう言葉を渡せばいいんだよ。
「……君まで、そんな顔しなくていいのデスよ」
「え、そんな顔って」
 どんな顔してた?
 宇宙人少女はふふ、と笑ってから、携帯電話を操作した。
 耳に当てて、何か、雑音のような言葉が交わされる。
 あのガチガチという音とは違う、砂嵐のような、ザザザという音。
「どのような情報が必要なのデスか?」
「あ、えと、どこか、宇宙人と戦ってる人とか、いるのか」
 そうだ、もしかしたら地球の軍事力は宇宙一で、俺の幸運なんて必要ないかもしれないし。
「ジャックした情報によると、各国の軍が反撃を開始したようデスが、ほぼ防戦一方だそうデス。あと、突然の攻撃に混乱して、指示系統が乱れているのかもしれない、と」
「突然って、俺以外に誰か、その宇宙人の侵略のこととか、話さなかったのか?」
「あらゆる回線を使用して知らせはしましたが……」
 誰も信じることはなかった。
 言葉は濁されたが、その表情が如実に語っていた。
 テレビとかで、さんざん宇宙人の存在を知らせておきながら、いざとなれば不信の態度。
 まぁ、それが当然かもしれないけど。
 俺も最初はそうだったけど。
「まぁ、防戦でも、まだ負けてはいないのデス!」
 宇宙人少女はガッツポーズのように拳を握り締め、持っていたジャムパンがエグいことになった。
「それに、君がいるのデス」
 もう何度言われたかわからないセリフと、何度も浮き上がる感覚。
「俺は――」
「静かに!」
 ピンク頭が接近したと認識した瞬間、俺はさらに暗い場所に押し倒された。
「え、ちょ、なに」
「しっ」
 華奢な手に口を塞がれる。
 同時に、ガチガチ音を含む会話と、破壊行動の音が聞こえてきた。
 マダリナ星人。
 砕けたガラスを踏む音がゆっくり近づいてくる。
 心音がうるさく感じるって、本当にあるんだ。
 ていうか恐怖を確かに感じてるのに、どうして、くそ、どうしてだよ。
 こいつなんで女の子なんだよ!
 必死に体に当たる柔らかいモノから意識を飛ばそうとしている内に、物音が遠ざかって静かになった。
「……行った、か?」
 宇宙人少女はゆっくりと音をたてないように物陰から外をうかがったかと思うと、すぐに頭を引っ込めた。
「まだ」
 宇宙人少女の手がカバンの中の銃を握る。
 俺も、足元に転がっていた殺虫剤を手に取った。
 効くとは思わないが、効かないとも限らない。
 ジャリ、ジャリ、と足音が再び、近づいてくる。
 隠れている棚の端に、クモの足のような手がかかり――
「行くマス!」
 水鉄砲から発射された光は、聞いた通りに、エイリアンに触れる前に消滅した。
 それでも一瞬の隙を作ることはできたようで、俺たちは陰から飛び出した。
 見た目もクモみたいなエイリアンの脇をすり抜ける途中、視界の端で、エイリアンが複数ある腕を振り上げるのを見る。
「うわっ」
 運悪く服のすそに、
 倒される、
 天井、床が、
 落ち―――