09 | snowy candle





○ 諸注意 ○

はじめましての方もこんにちはの方もご一読を。

この『 snowy candle 』は、ジョット×スペたんの幼少期捏造ストーリーです。
二人とも10歳前後で、ジョットが一方的にスペたんを遊び仲間にしてるような関係です。
なので、あまりラブラブはしておりません。
やっぱり甘めですが。

一応、以前に書いた『Fallin'!』の続きでもありますが、
多少文章がリンクしてるぐらいなので、単体でも読むことができます。

前作同様、ジョットのほうがスペたんより年上です。

あと、今回はジョットの死ぬ気の炎やスペたんの幻術について、
俺得設定に近い捏造をがっつり入れ込んでます。



以上の説明に不穏な気配を察知された方はリターンバックプリーズ。
おーけーな方はこのまま下へスクロールしてお進みくださいませ。










『 snowy candle 』





 知らせを受け、一度歩いたきりの道を行く。
 あれは夏の暑い日のこと。
 無理やり手を引かれて強い日差しの中を歩いた。
 手当てをするからと。
 振り払うことはできたはずなのに。
 初めて。
 キレイだと言われた。
 断りきれず手当てを許したものの、包帯を巻こうとする手つきは必要以上に不器用で。
 結局、彼の幼馴染だとかいう少年に巻き直されたことを思い出す。
 少しも物怖じしない彼らの態度。
 他の子どもとは違う。もちろん大人たちとも異なる。
 とかく彼らは、いや、彼はいつも自由だった。
 己の五感と第六感を疑うことなく、まっすぐに行動する。
 出会いこそ最悪だったけれど。
 あれは幸いだったのか。
 冷たい風に冷えていく頬を手袋で押さえ、夜道に灯った明りへと急ぐ。
 季節はあれから一巡と少し。
 どこか景色の違う、二度目の冬。





 案内された部屋の中、脚の短い小さなベッドに彼は天井を向いて寝ていた。
 顔の上半分を濡らした布で完全に隠し、苦しいのだろう、浅い呼吸にはだけた胸が上下する。
 室内に暖炉はなく、隙間から忍び込む風で空気は冷たい。
 なのに彼は汗を滲ませ、思い出したように唾液を飲んで渇いた喉を湿らしていた。
 風邪をひいたわけではないと、彼の幼馴染が言っていた。
 病ではないとも。
 ではなぜ、彼はこれほどまでに苦しそうなのか。
 何が彼を苦しめているというの。
「……誰か、いるのか……?」
 戸口で立ち尽くしていると、彼は無造作に布をずらしながら頭を傾けた。
 熱に紅潮した肌に縁どられた琥珀が揺れて。
「あぁ……デイモン、来て、くれたのか……」
 覇気のない様子で、けれど彼は嬉しそうに微笑んだ。
 途端に、胸が痛くなる。
 彼といると急に襲ってくる、わけのわからない感情。
 近寄るに近寄れず、胸の前で両手を組んだまま黙ってしまう。
 それを何か別の意図と感じ取ったのか。
「……すまないな、その……うつるような、病気とかじゃ、ないんだが」
 彼は微笑んだまま、わずかに声調を落として告げた。
「かまわない……怖いなら、そこにいてくれ」
「なっ」
 そんなことはないと否定する前に。
 デイモンは足音も高くベッドに歩み寄ると、持ってきたカゴを思い切りよく仰向いた腹の上に置いてやった。
 パイと果物を詰めたカゴは適度な重みで、蛙を潰したような声を生み出した。
「な、何をす」
「わたしは他の人とは違います」
 熱に潤む瞳を見下ろしながら、ふに、と林檎色の頬を緩くつねる。
 外気に冷やされた指先にとって、それは鉄串のように熱かったけれど。
「知らないから遠ざけるなんて、わたしは、しないと決めています」
 この髪色ゆえに。
 この性格ゆえに。
 この異能、ゆえに。
 忌避される苛立ちを一番よく理解しているのだから。
「ただの高熱でしょう、何も怖くありません」
 そう言い切ると、彼は一瞬驚いた顔をしてから、つままれた頬を緩めた。
「あぁ、そうだな、デイモンはすごいな……」
「んー、わかればいいんです」
 頷いてカゴを持ち上げ、ベッド脇のテーブルへと置き直す。
 それから室内を見回して椅子を探してみるが、どこにも見受けられず、仕方なく一言断ってからベッドの縁に腰を降ろした。
 少しの静寂。
 落ち着かず壁や窓を彷徨わせていた視線を戻すと、じっと見つめる琥珀とぶつかった。
 思わず肩を震わせてしまう。
「何ですか?」
「いや……あぁ、今日は、約束を破って……すまなかったな」
「約束なんていつもしてないでしょう」
 近くで遊ぶ時も遠出するときも。
 彼は急に思い立ったように連れ出して、好き勝手に連れて回る。
 いつだってそう。
 黴臭い本だけでは知り得ない、色んな景色を教えてくれる。
 たくさんの、あふれそうなぐらいの、感情を覚えて。
 こんなにも胸が痛い。
「……熱、よくあることって、聞きました」
 額から落ちそうな手拭いを戻してやろうと手を伸ばす。
「あぁ……おさえ、きれなくてな、時々……」
「おさえ……っ?」
 それは、まるで沸いた湯につけたように熱く、もはや額を冷やす役割を失っていた。
 慌てて水の張った桶を探すが、椅子と同様にどこにも見当たらない。
 おかしい、濡れた手拭いがあって桶がないなど。
 疑問はすぐに悟られ、彼は笑いながら視線で窓を指し示した。
「窓……? まさか、窓の外に?」
 ゆるりと肯定にまばたきする。
「そんな、どうして、外に出す必要なんか……」
 ふと、口をつぐんで考える。
 この尋常でない高熱を、普通の水で冷やすことができるだろうか。
 答えは否、冬の冷気に当てた水でなければ不可能だ。
 ゆえに、桶は外に置かれているのか。
「濡らしてきますね」
 早く冷やさなければ。
 そう思って立ち上がりかけた手を、そっと掴まれる。
 彼は手拭いを取りつつ首を振った。
「いぃ、大丈夫だ、平気、だから」
「そんな熱で何を言うんですか」
「手、冷えるだろう、だから、いぃ」
「――っ」
 ぐ、と呼吸が苦しくなる。
 どうしていつも。
「お、女の子扱い、しないでくださいっ」
 手を振り払って手拭いを奪い取り、デイモンは逃げるように窓へ駆け寄った。
 窓に映る景色、あるいは室内の様子。
 困ったような表情。
 わかっている、本当は女の子扱いなどではなく、ただ、大事にされているだけなのだと。
 でも、どうして大事にされるかわからなくて。
 腫物を扱うように。
 異物を見るように。
 他者に接してこられた自分には、彼の意図がわからない。
 わからないから拒んでしまう。
 ため息を隠して窓を開けると、途端に冬の空気と小さな雪が忍び込んできた。
「……雪か」
 背中に、嬉しそうな声。
 そういえば、去年も雪が積もった日には朝からはしゃぎ回っていた。
「んー、好きなんですか?」
 視線も振らずに問うてみる。
 窓の下に置かれた桶には薄氷が浮かんでいたが、手拭いを浸けるとすぐに溶けてしまった。
 ふわりと逃げた湯気が粉雪を溶かして消える。
「そうだな……雪合戦、ソリに、雪だるま……色々、遊べるだろう」
「ヌフフ、あなたらしいですね」
「そうか……?」
「雪を好きと言う人は、その白さや儚さを理由にするものです」
 何度も水につけては絞り、芯まで冷やす。
「デイモンは?」
「はい?」
「雪、好きか?」
「んー、そうですね……」
 部屋からこぼれる明りにキラキラと光る欠片。
 舞い降りて、水面に落ちて、消えてしまう。
 冷えて痛む指先は赤く。
「……まぁ、夏の暑さよりはずっと、いいかもしれません」
「はは、そうか」
 最後に両手でぎゅっと絞ってから、デイモンは窓を閉めた。
 再びベッドの端に腰を降ろして。
 手拭いを乗せる前に、前髪をかき上げるように額に手を当ててみる。
 彼は一瞬肩を震わせ、それから長く息を吐き出した。
「……冷たくて、気持ちいいな……」
 落ち着いた反応とは真逆に、不安ばかりが芽生えていく。
 手の平を焼く体温の熱さ。
 これで病気じゃないというのなら、他に何があるというのか。
 どうして彼に対してだけ、積み上げた知識が無意義に変わってしまうのか。
 どうして彼だけ。
「……デイモン、泣くな」
「な、泣いてなんかっ――」
 否定しようとした言葉が喉で詰まる。
 真っ直ぐに向けられた瞳。
 爛々と光る。
 琥珀の中。
 燃え盛る、橙色の、炎。
 一瞬にして幼い心中を占めたのは、恐怖。
 あるいは。
 胸の奥が、熱に触れた指先のように、じんと痛む。
「……とおい、遠い東の国、では」
 それは彼と出会う前に読んだ書物に書かれていたこと。
「ひ、人の命を、ロウソクで管理、するのだそうです」
 人によって長さの違うロウソク。
 人によって大きさの違う炎。
 溶けていく速さも、遅さも、人によって違う。
 ここにはない異国の思想。
 どうして今、こんな話をしているのだろうかと頭の隅で思う。
 けれど、そんな思考に反して、この口は勝手に言葉を落としていった。
 興味深そうにこちらを見つめる瞳には。
 ちらり、ひらりと。
 橙色の光が煌めいていて。
「……そして、そのロウソクが尽きると――」
 まばたきの合間に、シーツに小さな染みが落ちる。
 言葉を失うほどに。
 唐突に理解した。
 その瞬間に、ずっと手に持ったままだった手拭いを、まるで彼の目を隠すように押し当てていた。
「で、デイモンっ?」
 これは確かに炎なのだ。
 彼の瞳には、あるいはその額には、炎が宿るのだ。
 口癖を言う度に灯る決死の炎。
 それはとてもキレイだけれど。
 いつも言い知れない不安に襲われていた。
 そう。
 炎が燃えるためには、何か燃やすものがいる。
 焚火に落ち葉を寄せるように、暖炉に薪をくべるように。
 その炎が削っていくのは。
「デイモンっ」
 熱い手が、こちらの手首を掴んで。
 高熱にうなされている者とは思えない素早さで起き上がり。
 膝元に手拭いが落ちたことに気づいた時には、眼前で琥珀が燃えていた。
 息が詰まる。
 炎が。
 命が。
 消えて。
「――っひ、ぅ……ん、くっ」
 こぼれたのは、幾粒もの涙と無様な嗚咽だった。
 拭うことも隠すこともできず、ただ落ちていく。
 そうしていると、
「……あぁ、そうか」
 合点がいったという風に、彼は苦々しく笑った。
「この炎が、視えたのか」
 手首から離れた手が髪を梳くように冷たい頬を包む。
 拾い上げた布で拭われた目元に宿る、丸く澄んだ蒼。
 異質な髪と同じ色をした瞳。
 それは瞳としてはよくある色だが、それが映すものもやはり異質だった。
 あるいは、世界の本質というべきか。
「さすがだな、デイモン、お前の目の良さには感心するばかりだ」
 彼は微笑みながら、デイモンの頭を優しく撫でた。
「あぁ、お前の視た通り、これは命の……死ぬ気の、炎だ」
「し、ぬ気……?」
「俺はそう呼んでいる」
 髪を梳くように何度も、何度も撫でられる。
 誰もが気味悪がって触れようともしない髪に、優しく触れて。
 そうされている内に、段々と呼吸が落ち着いたものに変わってきた。
「父親の話では、赤子の頃から、泣き叫ぶ度に、額にともっていたらしい」
 見ると、彼の頬も幾分か赤みを失い始めていた。
「どうも感情と直結しているらしくてな、熱が出るのも、おさえきれないときで」
「怒ったりすると……?」
「大体は、そうだな」
 そういえば彼が怒ったところをあまり見たことがない。
 まるで大空のような包容力で、すべてを受け入れて見える態度。
 少ししか歳が違わないのに、その点は素直に尊敬している。
「最近は、だんだんと、扱いがわかってきたんだが」
 激しく感情が揺さぶられるとどうしても、と笑う。
 いつも泰然とした彼の感情を、一体何がどうやって乱したのか興味が湧いたけれど、今はあまり聞く気が起きなかった。
 また今度、落ち着いたときに聞いてみようと思う。
「だがな、そう、この炎は別に、命を燃やしてるわけじゃない」
 びくりと肩が震える。
 そうだ、一番聞きたかったこと。
 両手で頬を包んで、間近に見つめたまま、彼は凛と笑んだ。
「覚悟だ。俺は覚悟でもって、この炎をともしている」
「かくご……」
「死ぬ気で成し遂げるという覚悟だ」
「し……しんで、しまっては、覚悟も何もありませんよ……」
 やっと言えた悪態に、くつくつと喉を震わせて。
「そうだな」
 彼は煌めく瞳を隠して、こつん、と額を重ねた。
 長い金色の睫毛。
 真似するように、そっと目を伏せる。
 静寂。
 風の音。
 わずかに響いてくる心音。
 呼吸と。
 心地よい体温。
「……この話、他の人にも?」
「いや、全部話したのは初めてかもしれない」
 こちらが目を開けた気配を感じ取ったのか、彼も瞼を持ち上げた。
 深い瞳孔。
 その奥に、もう鮮やかな炎は見られない。
 合わせた額の熱も、頬に触れている熱も、ずっと低くなっていた。
 話している間に落ち着いたのだろう。
 心中で安堵の息を吐く。
「誰に話したところで信じてもらえないしな」
「わたしは、信じますよ」
 頬の手に手を重ねて。
「だから、今からわたしが見せるものも、信じてください」
「何……?」
 視線を合わせて。
 呼吸を合わせて。
 濡れた水面よりもずっと深く。
 奥の、奥の、暗闇の中に。
 描き伝える光景は。
「――なっ」
 一瞬のまばたきの隙に包まれた。
 真っ青な大空と、真っ白な雪原。
 ただ寝台だけを残して広がる。
 別世界。
「こ、これはっ?」
 驚いてわずかに上擦った声。
「まぼろし、夢、あるいは幻覚を見せる……魔法、です」
 もう一度まばたきすると、儚い世界は霧のように消えてしまった。
 額を離してなおも唖然とする彼の表情に、嬉しくも悲しく、笑ってしまう。
 まだ他の誰にも見せたことのない能力。
 他者に幻を見せる異能。
 気味悪がられないはずがない。
 もし信心深い人間に見せたなら、悪魔の所業だと罵られるだろう。
 彼も、もしかしたら――
 じくり。
 胸が痛む。
 どんなに受け入れられても。
 どれほど好意を向けられていても。
 結局自分は、誰にも。
「……すごい」
「ひえっ?」
 肩を引かれたと認識するより早く。
「すごいなデイモン! お前すごいぞ!!」
 ぎゅうときつくきつく抱きしめられていた。
「な、なっ、何するんですかっ」
「初めて見た! すごい! やはりお前はすごい奴だ!」
「そ、そんなことっ」
「最初から感じていたんだ、あぁ、その髪のせいじゃないぞ、俺の直感が言ってるんだ」
 後頭部を撫でられる感触。
 耳のすぐ近くで。
「お前は最高にすばらしい人間だとな」
 瞬間、思考が沸騰する。
 慌てて両手を突っぱねると、案外容易く離れることができた。
 なのに。
 離れたのに。
 触れた頬は彼の熱を吸い取ったかのようにひどく熱くて。
 押さえた胸が苦しい。
 けれど、それはなぜか悪いものではなくて。
 けれど、それが何かわからなくて。
 混乱と。困惑と。
 滲む視界で、彼が楽しそうに笑う。
「そういう顔はやっぱりかわいいな」
「――っ!!」



 振り上げた右手は高い音を打ち鳴らせて。






*****






「調子はどうだ?」
 顔の半分を覆っていた手拭いを取られて、慣れない明るさに眉をひそめる。
 すがめた視界に金色の影。
「……仕事、どうしたん、ですか」
「抜けてきた」
「Gやアラウディに、怒られますよ……」
 クスクスと笑う声。
 静かな水音。
「今回は俺が悪いからな、看病くらいさせてくれ」
「……んー……そうですね、貴方が突然……雪合戦だとか、言い出さなければ」
「だから反省していると」
 ひやりと、額に。
 思わず身を震わせる。
「まだ熱があるみたいだな」
 ベッドの縁が揺れて。
 首筋に手の平が触れる。
 いつもは熱いと思うのに、今は気持ち良い冷たさで。
 ふ、と息を吐いて、デイモンは目を閉じた。
「何か欲しい物はあるか? ジェラートでも作らせようか」
「……いりません」
「水はいるか? 果物でジュースでも作ってこようか」
「……いりません」
 手の平が熱を吸い取ったら、今度は手の甲で触れて。
「じゃあ何か、してほしいことはないか?」
「……仕事、してください」
「それはもっともだが」
 クスクスと苦笑する声。
「お前が心配で、まったく手がつかないんだ」
 汗で張り付く蒼髪を指先が丁寧に払う。
 冷たいはずなのに。
 熱が広がって。
 小さな胸を苦しめていた不理解は今も。
 大事にされる度に。
 大切にされていると感じる度に。
「んー……本当に、どうして貴方は……」
 ぼんやりと思考が霞んで。
 浮かび続ける問いはたぶん一生、音にはならない。
 デイモンは力の入らない手を持ち上げ、首元に置かれた手に重ねた。
 臆病な心は、真っ直ぐ向けられる感情から目をそらしたまま。
 それでも。
 呟く。
「…………よくなるまで……そばに、いてください」
 精一杯を。
 眩暈に気を失いそうになりながら。
 一瞬の間を置いて、小さく笑う声を聞く。
「あぁ、ずっと一緒にいてやる」
 それから、ふわり、と熱を含んだ手拭いが口元を覆って。
 重ねられた。
「――っ」
 驚いて見開いた視界には、いたずらの成功を喜ぶ少年のような笑顔。
 混乱と。困惑と。
 複雑な感情に胸が痛む。
 デイモンは泣きそうな笑みを隠して、小さくこぼした。



 その感情が何であるかを知って。
 この感情が何であるかも知って。




「……ばかジョット」







× × ×

『Fallen'!』よりはシリアス寄りでしたが、いかがだったでしょう。

ジョットは小さくても大きくてもスペたん大好きです。
スペたんは小さい時よりは大きいほうが愛情表現ねじ曲がってます。
伝えられないままの可能性を示唆しつつ。
このお話はここで終わります。

まぁ、どうせこの後ジョットが調子乗ってシリアスムードぶち壊すんだと思われ(笑)


ここまで読んでいただきありがとうございました!