25-1 | 2x2=maniac






『 2x2=maniac 』








 低い換気扇の音。
 冷たく固い床。
 自分の周りの空気が重くなったような感覚を抱きながら、骸は目を覚ました。
「これ、は……?」
 一体、どういう状況なのだろう。
 視界に入るのは、ゴスロリファッションのヘッドドレスに似た、可愛らしいアイマスクをつけられた寝顔。
 髪の色と形、そして分け目から察するに、デイモンに間違いないだろう。
 なぜ彼だけアイマスクを強いられているのか疑問に思ったが、単に犯人の趣味だろうとして放っておく。
 趣味趣向と言えば、こちらも気になっていた。
 手首に巻かれた柔らかそうなリストバンドと、その上から拘束する革のベルト。
 被拘束者の安全を最優先に考慮したらしい構造は、その剛と柔の対比としても芸術的であるがしかし、さっぱり意味がわからない。
 ――なぜ、自分の両手首をまとめるのでなく、片手ずつデイモンの手首と繋がれているのか。
 今から彼と取っ組み合いのデスマッチでも強要されるのだろうか。
「いえ、それはないでしょうね」
 頭の重さを振り払うように短く笑って、次は右手首の拘束具から伸びる一本の鎖に目を留める。
 それは骸の首元――おそらく首輪でもつけられているのだろう――まで伸びてきていた。無理に腕を上げ下げして手首などを傷めないよう制限しているつもりなのだろうか。
「傷つけたくないのか何なのか、どうにも意図が読めませんね……」
 ここまででも大いに尊厳を侵害されているが、現在の格好の方がなお悪かった。
 最後の記憶では、自分は確かに男物の服を着ていたはず。
 けれど、今現在この肌に着せられているのは見たことのない女性下着――いわゆる、ベビードールと呼ばれる物だった。
 肌の滑り心地からシルクを思わせるが、薄い布地では肌の色濃い部分だけが器用に透けてしまう。
 まさに変態趣味だ。
 よく成人男性サイズがあったものだと思いつつ、あまり見る機会もないので、脱ぎ方も考えつつ全体の構造を確認しておく。
 全体的に裾にはフリルが多用されており、前合わせには幅の広いリボンが結ばれていた。そのリボンを中心に、太腿へ向かって裾が左右に広がっているデザインのため、長さはあるもののまったく下腹部を隠せていなかった。というかショーツすら穿かせてもらえず、完全に下半身が丸出しの状態であった。
 さらに変態度を加速させるように吊り下げ型のガーターベルトとストッキングが両脚に通されていた。
 その、右太腿の異様な膨らみ。
 下腹部に存在する違和感から嫌な予感を覚えつつ、脚を広げて見てみると。
「なっ、あのバカ……!」
 ストッキングの縁に差し込まれた小さな機械と、そこから秘部に向かって伸びる細いピンク色のコード。
 過去に経験のある異物感に、骸は自身の内部に収まる物体を彼が好んで使う性具――ローターだと確信した。
 しかもこれは確かコントローラーが無線式だったはず。つまり、どこかに隠れてスイッチを入れるタイミングを計っているということか。
「悪趣味……!」
 まさかとは思いつつも、念のため、デイモンの身体も見える限りで検分してみる。
 彼もまた女性下着ことベビードールを着せられており、フリルの使い方は骸と同じだがデザインが若干異なっていた。
 着物のように胸の前で重ね合わせられた裾が下へ伸びるほどに左右に開いていくような作りで、ぎりぎり腰骨が隠れる長さだった。それに、頼りないレースの紐パンツではあるものの、ショーツの着用は許可されていた。
 そして一番気になっている部分。
 起こさないようにゆっくりとデイモンの上に覆いかぶさり、膝で太腿を押して脚を広げさせてみる。
 見下ろした先には、ショーツが邪魔で確信はないものの、どうやらローターは挿入されていないようだった。
「なぜ僕だけ……!」
 苛立ちに床を叩いた音と手首の痛みに反応したのか、ぴくり、とデイモンが肩を震わせた。
「んー……?」
 緩慢な動作で起きようとしたので、仕方なく手を繋いで引き上げてやる。
 そうすると、ちょうど向かい合わせに座る形となった。
 デイモンはゆるりと右左を確認してから、不思議そうに首を傾げた。
「真っ暗……?」
「目隠しですよ」
「その声……骸、ですか?」
 自分の手を動かそうとして、再び不思議そうに首を傾げてみせる。
「んー、手、掴んでます?」
「いいえ、縛られているんです」
「しばられ……?」
 寝起きの頭に対するにしては、端的に言い過ぎただろうか。
 他に言い換える言葉を探そうとした瞬間。
「し、縛られ!?」
「いたっ、ちょ、暴れないでください!」
「どどどういうことですかっ、なぜ、縛られてなどっ」
「落ち着け!」
 繋いだ手をそのまま押して、骸は体全体でデイモンを床に組み伏せた。
 倒れた拍子にローターが前立腺を掠めたせいで、思わず呼吸と体が震えてしまう。
 その気配は敏感に感じ取られ、デイモンが心配そうに手を握ってきた。
「む、むくろ……?」
 目が見えない分、余計に不安を煽られているのか。
 今度は察せられないように、こっそり息を吐き、骸は冷静に声を響かせた。
「……いいですか? 今から状況を説明して差し上げますから、大人しく聞いてください」
 意思表示として小さく頷きつつ、
「わ、わかりました……」
 デイモンは大人しく、両腕から力を抜いた。


 細い太腿の上に馬乗りになった状態で、骸は改めて部屋の中を見回した。
「とりあえず、今僕たちがいるのは、どこかの浴室だと思います」
 四角い箱の中は、半分が浴槽で、もう半分がタイル張りの床になっていた。
 こうして大人二人が倒れていても壁が遠く感じられるほど、室内はかなり広い。
 四方にある壁の内、三面はごく一般的なタイル張りで問題ないと看過できるが、問題は残る一面の異様さ。
 骸から見ると背後にある壁だけが、鏡張りという、異質なものだった。
「この鏡が怪しいんですよね……」
「んー?」
「鏡というのは、何とでも加工できるものですからね」
 こちらから鏡と見える物が、反対側からだと透明なガラスということだってあり得るのだ。
 鏡から視線をずらして左手側の壁には、唯一の脱出口である曇りガラスの扉が設けられていた。
 せめて施錠の有無だけでも確認したいものだが、
「あんまり、動きたくないんですよね……」
「どこか、他にも拘束されて?」
「あぁ、そう、僕だけ首輪がついてて、長さはありますけど右手と繋がってます」
 言って骸は繋いだ手を一旦ほどき、デイモンの指先に鎖を絡ませた。
 鎖の輪に引っかけないようにゆっくりと辿らせながら、首の革ベルトまで導く。
 それもまた、手首と同様に厚手の布を下地に締められているため、特に痛くも苦しくもないのだけれど、デイモンはわずかに怒った様子を見せた。
「んー、一体誰がこのようなことを……」
「そんなの、考えなくても」
「わかりきったことですよね、えぇ、えぇ、充分にわかってます」
 ただ言ってみただけだったのか、デイモンは「あの馬鹿」と呟いて、奥歯を噛みしめた。
 思い浮かぶ犯人像は骸と同じ。
 最愛にして最悪の、恋人のシルエット。
 どうやら今回は凶悪な二人が手を組んで、最悪な計画を実行に移してしまったらしい。
 沸き立つ怒りをため息で押し流し、デイモンは鎖から離した指を骸の手に絡ませた。
 手を離しているよりも繋いでいる方が疲れにくいと感じたのは、デイモンも同じだったようだ。
「他には? なんだか、服が違うように思うのですけれど」
「違いますね。確かこれ、ベビードールとかいうんでしたっけ?」
「ベビー? まさか赤ん坊の服っ?」
「いえ、普通に女性用の下着ですよ」
「どっちにしろ!」
「ショーツが小さすぎて先が見えてますけど……クフフ、かわいいモノ持ってますね」
「ひっ!?」
 咄嗟に膝を曲げて隠そうとしたようだが、骸が座っているせいで脚を動かすこともできない。
 その間にもデイモンは胸元まで真っ赤に染めて叫んだ。
「やっ、ぃやっ、見るな!」
「と言われても」
「お、お、降りなさい!」
「わかりましっ――」
 突然の振動。
 内壁を刺激する直接的な快感に、骸は腰を上げたまま四つん這いでうずくまった。
「む……骸? どうしたんですか? 骸?」
「ぁっ……ゃっ……んくっ……」
 首を振って訴えようとしたけれど、目の見えないデイモンには伝わらないし、その肩口に額を擦りつけただけだった。
「まさか、他に誰か? 何か、されているのですか!?」
「……っぃ、いえ……だれもっ……ひぅっ」
 計算して挿入したのか、絶妙なポイントを抉ってくる。
 切れ切れになる呼吸を無理やり押さえつけ、骸は鏡を振り返って声を張った。
「綱吉! 聞こえてっ、る、ならっ、とめろ!」
 怒声は浴室内を反響し、そして余韻も消えるタイミングを見計らってか、ローターは沈黙した。


 強張っていた腰から力を抜き、床についた肘を支えにしてデイモンの横に身を倒れさせる。
「骸? 大丈夫ですか? 一体何が?」
 こちらをうかがうようにデイモンが頭を動かしたせいで額同士がぶつかってしまったが、痛くはなかったので額を合わせたまま、まずは呼吸を整える。
「……ローター……僕だけ、中に」
「ろー、たー?」
 知らない言葉ではないだろうに、デイモンはやけに素っ頓狂な声を出した。
「バイブとか、小さいオモチャ、ですよ」
「そ、そのようなものがっ、どうして!?」
「知りませんよ、知るわけがないでしょう」
 唯一わかることと言えば、綱吉が眠っている恋人の後口に捻じ込んでいったということだけだ。
 なんて、最悪な男。
「と……取れない、のですか?」
「協力していただければ取れるでしょうけど、取って状況が悪化しないと思いますか」
「それは……」
 互いのパートナーの性格を知ってるがゆえに、デイモンは口を閉ざした。
 ジョットもかなり性根が曲がっているが、綱吉も甘い顔をして相当腹が黒い。
 無事に取れたとしても、それが罠でない可能性があり得るだろうか。
 いまだ芯から熱が失せないが、骸は深呼吸を繰り返した後に、再度、落ち着いて室内を確かめた。
 声が届いたということは、近くにいるか、マイクを隠してあるか。
 いや、彼らがマイク越しの声で満足するとは思えない。
 必ず、近くにいる。
 そして一番怪しいのはやはり、反射の鈍い鏡の向こう――
「ん……」
 じっと鏡を睨みつけていると、デイモンがわずかに身を悶えさせた。
 戻した視線の先には、胸元にうっすらと滲んだ汗。
「どうしたんですか?」
「いえ、何も」
 それより、とデイモンは繋いだ手に力を込めた。
「記憶の摺り合わせ、しましょう。最後の、覚えている限りの」
「……そうですね、何か糸口があるかもしれない」
 記憶が途切れてしまう前。
 思い出せるのは、確か、綱吉と一緒に廊下を歩いていたら、ジョットと出会って、デイモンとのお茶会に誘われた。
 それで部屋に入るとデイモンが嫌そうな顔をして、綱吉と一緒に――違う――綱吉が勧めるままに、紅茶を口にした。
 美味しい紅茶で、デイモンと骸のために用意したと言っていた。
「それは、おかしくないですか?」
 綱吉と骸は飛び入り参加だったはずだ。骸のために用意できるはずがない。
 それに、あの紅茶、紅茶を飲んだのはデイモンと骸だけだった。
 ジョットと綱吉は楽しそうに見ているだけで。
 つまりあれは。
 あの厚意は。
「睡眠薬を、飲ませるための、演技ですか……!」
 珍しいことをするものだと少しだけでも嬉しく思ったのに、まさかこんな形で裏切られるとは。
「んー、信用した私たちが、愚かでしたね……」
 長い長いため息。
 同意するように骸もため息を吐き出したが、その心中では、デイモンの方が比較にならないほど多く騙されてきたに違いないとこっそり同情していた。
「それにしても……」
 こうして二人まとめて浴室に閉じ込める意味がわからない。
 結局はコトに至るはずなのに、ベッドではなく浴室であることに何か意味があるのだろうか。
 ただ密室にしたいのであれば寝室でもよかったはずだ。
「――いえ、まだ密室を決まったわけではないですね」
 先ほどから、なぜか自身の熱が治まらないけれど、骸はゆっくりと上体を起こした。
 連動するように腕を引かれたデイモンも起き上がろうとするが、どこか動きが緩慢である。
「動きにくいですが、一応、鍵がかかってるか確認しますよ」
「ん……」
 先に膝をついて、デイモンを気遣いながら立ち上がろうとした瞬間。
「ひ、ぃっ!?」
 再びローターが振動を始めた。
 しかも、激しく。
「やっ、あぁっ!」
「きゃっ――」
 急激な刺激にバランスを失った体は、そのままデイモンを下敷きにして倒れてしまった。
「やっ、やめっ、ぁっ、はげしっ」
 倒れ方が悪かったせいで、自分の昂ぶりの下にデイモンの存在を感じてしまう。
 腰が跳ねる度に先端が擦り合わさって。
 このままでは。
 達して――
 きつく下唇を噛んだとき、不意に、振動が収まった。
「ふ、ぁ……はぁ……っ」
 まだ下半身に力が入らないが、なんとか上体を起こし、デイモンの太腿の方へとずらすように腰を移動させる。
 見下ろすと、デイモンは顔をさらに赤く染めて震えていた。
 不可抗力ながらもセックスのような行為になったことで、ショックを与えてしまったのだろう。
「すみません……大丈夫、ですか?」
「らひっ、じょぶです……っ」
「そうは見えませんが」
 繋いだ手を力加減なく握りしめてくるし。
 そういえば、先ほどから腰を降ろしている太腿がよく動いているような。
「デイモン、もし何かあるなら」
「あ、あのっ」
「何ですか」
「こ、ここは、その……バスルーム、ですよね?」
「えぇ、そうですが」
「あの、と……と、トイレ……あります、か?」
「え?」
 確かに語尾が小さく聞き取りにくかったが、聞こえなかったわけではない。
 むしろ内容の確認のための問い返しだったのだけれど、デイモンは白い肌を真っ赤に染め上げ、
「と、トイレはあるかと、聞いているのです!」
 泣きそうに声を引きつらせた。
 あぁ、この人も災難だな、と思考の隅で哀れに思う。
 わかってはいるものの奇跡を願って室内を見回すが、やはりというか、現実には都合よく出現するはずもなく。
「残念ながら」
 淡い希望を持たせるよりは親切かと考え、骸は即答かつ正直に否定した。
 形の良い唇が吸い込まれ、そのまま黙り込んでしまう。
 下着からはみ出す先端はひくひくと震えており、すでに限界が近いのだと知れる。
 それでも、プライドの高さから我慢し続けるつもりなのだろう。
 可哀そうというか。むしろ可愛いというか。
「……小だけですか?」
 沈黙と、そして、かすかな頷きひとつ。
「だったら、幸い、ここは浴室ですし」
 びくりと肩が震える。
 目隠し越しではあるがこちらを見遣り、震える声で問うてきた。
「まさか……ここで、しろと?」
「仕方ないでしょう」
「ふざっ、ふざけるな! こんな、っジョット!」
「呼んだところで」
「そこにいるのでしょう!? ジョット! ジョットぉ!」
 悲痛な叫びが反響するも、残ったのは冷えた静寂のみ。
 やがて、そこに小さな小さな雫が落ちた。
「ぅっ……ぅ、ふ……っ……」
 目隠しのヘッドドレスが吸い込み切れなかった涙が、目尻から耳へと伝い落ちていく。
 そうして泣いていれば、水分が減って尿意もおさまるんじゃないかとか非現実的なことを思考する一方で、飲まされた紅茶の中に睡眠薬以外の何かが含まれていた可能性を考えてみる。
 例えば、デイモンには利尿剤が。
 例えば、自分には――
「いや、です……こんな、いやぁ……」
 閉じた太腿を震わせて泣くデイモンを、あるいはローターが動いていないにも関わらず張りつめたままの自身を見下ろし、骸は独特の笑い声をこぼした。
 ――例えば、そう、催淫剤を盛られていたのだとすれば。
「この、悪趣味な、男どもめ……!」
 きつく睨んだ鏡の向こうに、二種類の意地悪い笑みを見た気がした。


 徐々に浅くなっていく呼吸。
 視線の先には、尿意を我慢しようと身を震わせるデイモンの、ひどく嗜虐心をそそる姿。
 綱吉は骸をマゾと評するけれど、本来であればサディステックな趣味も持ち合わせてはいるのだ。
 つまり、骸は今、デイモンに欲情していた。
 濡れた舌先で、そっと唇を湿らせて。
「どうせ、こうなることを、望んでいたんでしょうし……」
 先ほどとは違う、明確な意図をもって、骸はデイモンに昂ぶりを擦りつけた。
「ひっ、えっ!?」
 慌てた隙にデイモンの閉じた脚を左右に割って広げさせ、さらに太腿の下に自分の膝を潜り込まることで、ちょうど正常位の形に身を寄せる。
 可愛らしい下着が邪魔をしなければ、もしかすると、挿入すら考えたかもしれない。
 そうすれば彼らも出て来ざるを得ないはずだけれど。
 しかし一応の貞操観念から、骸はただ擦り付けるためだけに留めて腰を前後に動かした。
「や、やめっ、やめなさい、骸っ!」
「どうして? どうせなら、思惑にっ、乗ってあげましょうよ」
「お、思惑って、ひんっ、だ、誰のぉっ」
「あの鏡の、向こうでぇっ、高みの、見物決め込んでる、連中のっ」
「かがみ? どういうっ、だめっ、骸やめなさい!」
 両手を突っ撥ねようとするけれど、その抵抗すら愛おしく思えて。
 さらに腹部でもって上からに密接に押し潰し、骸は互いを激しく擦り合わせた。
 その行為でデイモンの膀胱が圧迫することになると、わかっていながら。
「やっんっ、くるしっ、やっ、やだぁっ」
「一度ヌくだけ、ですから、ぁっ、も、少し、大人しくなさいっ」
「抜くって、何ですか、ひぐっ、ぅっ、やぁっ」
 つんと立った乳首も、ベビードール越しに触れ合って。
 水のない浴室に満ちる、粘着質な音が。
 互いに、互いを、刺激して。
「く、ぅん――っ」
「やぁ――っ!」
 骸が身を折った瞬間に、白濁が混ざ合って飛び散った。
 脱力感に酔いながら、ゆるゆると腰を揺らして余韻を味わう。
 そうしていると、チョロチョロと小さな水音と共に、下腹部が湿り始めた。
「おやおや……」
 身を重ねているせいで胸の下から膝にかけて汚れてしまったけれど、不思議と、嫌悪感はない。
 それ以上に、彼の髪まで汚しては可哀そうだなという気持ちまで働き、繋いだ手を引く形で上体を起こさせた。
 案外抵抗もなく、デイモンは大人しく身を預けてきた。
 射精と粗相のダブルショックがよほど堪えたのか、すっかり放心状態と見受けられる。
 あるいは、恋人以外の男にイかされたことにもダメージを受けているのか。
「……シャワー、出しましょうか」
 聞こえていても頷く気力がないのか。
 普段から潔癖が過ぎるほどのであるし、やはりショックが強すぎたのだろう。
「本当に……ひどいことを考える」
 膝で立った状態でゆっくりとデイモンを押しやり、シャワーのコックへと手を伸ばす。
 今度は妨害工作などもなく、栓を捻ることができた。
 一瞬冷たい水が降りかかり二人とも身を跳ねさせたが、すぐにあたたかいお湯へと切り替わった。
 向かい合ったまま、直接床に座り込んで。
 しばらく何も言わない、言えない時間が過ぎた後に。
 水音にかき消されそうなほどか細い、泣き声が聞こえてきた。
「……ぃ、きらぃっ……ひど、ぃっ……」
「まさか幼児退行ですか? 泣きたいのはこっちも同じ――」
 床すらも震わせ、再びローターが振動し始めた。
「このっ、んっ、ぅああっ」
「む、むくろ? むくろ?」
 子どものように名前を呼び続けるデイモンに、何か応えなければと思いつつも、喉からこぼれるのは嬌声だけ。
 本当に何がしたいのか。一体何が楽しいのか。
 せめて震える手を握りしめていると。
「ジぉ、ジョットぉ……ジョット、もぉ、やめてくらひゃいぃっ!」
 デイモンが高く泣き叫ぶと同時に。












( cautions ) → ●◇◆ →  2(end)