02-3 | クチ無し造花のモノ語り
















 リン、リン、と鈴が鳴る。
 向けられる視線は相変わらず好奇と畏怖の色だけ。
 どれだけ心に突き刺さろうと、空虚な心はもう何も感じない。
 まさに人形となった花を、人々は一層妖艶さを増したと愛で囃した。
 常に隠していた縹色の瞳を惜しげもなく見せつけ、目が合えば紅の差された唇を歪めて笑う。
 その様は今まで以上に淫靡な色を醸し出し、ゆえに誰も気づかないままに。
 太夫の瞳は一切の光を失っていた。
 男女の禿は片や苦々しく、片や泣きそうに美しい人形の手を引き続ける。
 もう以前のように憎らしい口喧嘩も、優しく頭を撫でることもない。
「梔子さま、ねぇ梔子さま」
 何度話しかけようと。
「太夫、もう、いい加減にしてください……」
 何度悪態をつこうと。
 感情のない花は人間味を失った儚さで見る者すべてを虜にして。
 リン、リン、と鈴の音を鳴らすだけ。
 何も見ず、何も考えず、何も感じず。
 強い芳香を放つだけの瑠璃色の徒花。
「もう、前みたいに、遊んでくれないの?」
「このまま愚かに枯れてしまうつもりですか」
 歪んだ微笑みも禿らには虚しいだけ。
 本当は口うるさくて感情的で我が儘で自分に甘くて馬鹿で馬鹿で馬鹿で。
 男女の禿は同じようにきつく唇を噛んだ。
「どうしてあの人、来てくれないの……?」
 梔子が壊れたあの日から、消息を知らせるものは一切届いていない。
 生きているのかさえ。
 けれど、二人はどこかで信じていた。信じようとしていた。
 もう一度来ると。
 だから、毎日この力ない手を引いて座敷へと向かう。
「いい加減にしないと、怒りますよ……」
 襖を開ければすぐそこに、金色の姿があることを願って。
「こんな面倒な太夫を世話し続けるのなんて、御免ですからね……!」
 骸は襖に手をかけ、呼びかけることもなく開け放った。
 そこにいたのは――
「よぉ、久々だなぁ、ガキ共」
 座敷の中ほどに座る黒髪の、跳ね馬の姿に骸と髑髏は落胆を露わにした。
「なんだよ、俺じゃ不満か?」
 笑う声を無視し、太夫を席へと導く。
 禿らはその両脇に座るといつも通りの礼を述べた後、骸は不機嫌そうに余所を向き、髑髏は俯いたまま袖で目元を拭い始めた。
「ちょ、おいおい何だよ、俺が嫌いになっちまったのか?」
「あなたなんか最初から好いてませんよ」
「お馬さんじゃ、だめ、なの……」
「あなたの連れのせいでこんなことになって迷惑してるんです」
「梔子さまがっ……」
「今すぐ責任取って呼んで来てください」
「お願いなの……」
 骸の鋭い視線と髑髏の潤んだ視線を向けられ、跳ね馬は苦笑を浮かべた。
「こいつはなかなか面倒臭い状況らしいなあっこらしょっと」
 そして爺臭い掛け声と共に立ち上がると、窓へ歩み寄り障子を開け放った。
 夜気に香や酒を混ぜた風が入る。
 狭い星空。
「……何してるんですか」
 窓の横の壁に寄りかかり、跳ね馬は笑った。
「呼べっつったのはお前だろ」
「は?」
 骸が苛立ちも露わにするのを見ながら、ひゅい、と指笛を鳴らす。
 少しの間の後。
 屋根の辺りから何かを踏む音が聞こえた。
「……まさかっ」
 窓の上方、星空を背景にして。
 庇に手をかけた影が――座敷の中に舞い降りた。
 数歩行き過ぎてから、手についた土埃を払う。
「やはり上からが正解だったな」
「だろ?」
「手引き感謝する」
「大したことじゃねぇよ」
 互いの肩を叩き合う、その姿は。
 金色の。
 二人は言葉よりも先に駈け出していた。
「おぉっ、手合わせか」
 初手、二手、三手とすべて受け止め、いなされる。
 けれど手を休めることなく二人は声を荒げた。
「今までどこにいたんですか!」
「どうしてもっと早く!」
「来ることができたはずです!」
「ずっと待ってたの!」
「僕たちがどれ程苦労したか!」
「わかってるの!?」
「……そうだな、すまなかった」
 受け止めた拳を引き、ジョットは二人を抱き寄せた。
「やっ」
「何すっ」
 その耳にそっと告げる。
 二人は驚きに目を見張り、同じようにジョットを見つめた。
 浮かべて見せたのは肯定の意を含んだ、不遜な笑み。
「喧嘩は終わったか?」
「あぁ」
 ジョットは二人の頭を撫で回してから、跳ね馬の元へ行くよう背中を押した。
 大人しくそれに従いつつ、骸が振り向いて問う。
「その言葉、偽りないでしょうね」
「なんだ疑い深い子どもだな」」
「……これ以上、失望させないでくださいよ」
「相承知した」
 いつも通りの飄々とした応え。
 骸と髑髏は小さく笑みをこぼすと、そのまま跳ね馬について座敷を出て行った。
 襖が閉まる音と静寂。
 かすかに響くのは、引きつった呼吸音。
「……梔子太夫」
 梔子の前に膝をついて座り、ジョットは流れ落ちる髪を梳くようにして俯く頬に手を当てた。
 肩がわずかに震え。
 拒むように、弱々しく首を振る。
「梔子、声を聞かせてくれ」
 首を振る。
 掠れた嗚咽と。
 手の平に触れる雫。
 ゆっくりと、その顔を持ち上げると、
「……ふっ、ぅっ……っ」
 光を得て揺れる縹色の瞳から、次々と涙が溢れていた。
 きつく唇を噛み、袖に隠した両手でジョットの胸を押し離そうとする。
 けれど、ジョットはさらに身を寄せ、その雫を唇に含んだ。
「ん、くぅっ……っ」
 首を振っても逃れられず。
「あまり噛むと傷がつく」
 ジョットは紅が移ることも厭わず、その唇に口付けた。
「ふぁっ!?」
 悲鳴と共にわずかに開いた隙間から舌を捻じ込み。
「やっ、んぁっ」
 間近に。
 射抜く。
 鼈甲の。
 梔子は瑠璃色のまつ毛を震わせてきつく閉じると、
「私に触れるな! 汚らわしい下衆が!」
 ありったけの力でもってジョットの身を突き飛ばした。
 袖で口許を拭いつつ、軽蔑の色を込めて睨みつける。


 恋しい。


「貴方ごときが私を得られるなど考えることすらおこがましい」
 愛しい。
「この瑠璃の梔子は毒も同じ、摘み取ろうなど愚の骨頂」
 求めて。
「私など忘れて今すぐ自分の場所にお帰りなさい」
 願い。
「貴方に私は必要ない」
 慕う。
「私は最初から、最初から貴方のことが大嫌いでした……!」




 ……愛してる。




 奥歯を噛みしめて荒くなる息を殺し。
 梔子は上目遣いに睨みつけたまま、ジョットの言葉を待った。
 幻滅し、絶望した台詞を。
「……さすが、偽りの造花だな」
 けれど、与えられたのは感心しきった声調。
「だからこそわかりやすい」
 怪訝に眉をひそめる梔子に、ジョットは静かに告げた。
「愛している」
「――っ」
「お前を俺のものにしたい、毒でも構わん、常に想っている、俺にはお前が必要だから」
 その手を取り、クチに寄せて。
「最初から、連れて行くと決めていた」
 苦しくて。
「はっ、はなしなさい!」
 手を無理やり振ってほどき、胸の前で握りしめる。
 心臓の音が耳鳴りのように側頭部を叩く。
「ばっ、ばかですか、あなたっ」
 呼吸が引きつり、唇が震え。
 まばたきと共に、一度は止めたはずの涙が再びこぼれ落ちた。
「お、おろかものにも、ほど、ほどがありますっ」
 幾粒も、幾粒も、とめどなく。
「こっ、ころされかけて、なおっ、こんな、こんなっ」
「唯一の花を求めて何が悪い」
「い、いのちがっ、おしくないのですか!?」
「なぜ俺が死ぬと決めつける」
「だって、だって、くちなしはっ」
 不幸を撒き散らす呪いの花。
 この箱庭から出ようとも。
「しあわせになんかなれな――」
 ジョットは短く舌打つと、そのクチを塞ぐように瑠璃色の頭を抱き寄せた。
「何度も言わせるな」
 常より低い、強い声音。
「お前のすべてを俺が負ってやる。だから、」
 耳に直接響かせる。
「俺だけのものになれ、梔子」
 それは、熱をもって心に満ちて。
 梔子はジョットの胸の中で、乾いた笑みをこぼした。
 ――ひどい人。
 幻想の花に夢を見させるだなんて。
 本当に、酷い人。
「……じゃあ、抱いてください」
「何だと?」
 胸に手を置いて身を起こし、梔子は仰ぐように鼈甲の瞳を見据えて告げた。
「その言葉が真なら、この身に愛することを教えてくださいませ」
「……本気か」
「んー、冗談に聞こえました?」
 ジョットはしばらく梔子を見つめた後、ふるりとかぶりを振った。
 そして震える唇にそっと、口付けた。





 今まで開けることすら許さなかった襖を滑らせ。
 梔子は静かに暗がりへ踏み入り、持ってきた火種を行燈に移した。
 ぼんやりと灯る室内には、何枚か重ねられた褥があるだけ。
 覚悟はしていたが、それでも目にした瞬間に身が震えた。
 その上で何をするか識っていても、経験がなければ無知も同然である。
 先に腰を降ろしたジョットが手を引こうとするのをすり抜け、梔子は向き合う形でジョットの前に立った。
「……そこで見ていて、ください」
 衣擦れの音。
 震える指で、帯紐を一本一本ゆっくりと解いていく。
 幾重にも重ねられた縹色の着物は花弁が舞い散るように足元に広がり。
 身が軽くなるほどに、胸が重く苦しくなる。
 座り込んで叫んだほうがいっそ楽だろうに。
「……梔子、無理は」
 首を振って言葉を遮る。
 最後の一枚を落とすと、淡い白縹色の襦袢が露わになった。
 その姿まま、褥の上に膝を落とす。
「手を」
「うん?」
 梔子は震える手でジョットの手を取ると、それを襦袢を締める紐へと導いた。
 一度だけゆっくりと深く呼吸し。
 最後の問いを紡ぐ。
「これを解けば、後戻りできないとしても……それでも、私を望みますか?」
「ずっと望んでいた」
 即座に答え、ジョットは躊躇なく紐を引き抜いた。
 留めるものを失った襦袢は途端に合わせを開き、薄闇にも鮮やかな雪色の肌が夜気に触れた。
「――っ」
 今すぐに襦袢を引き寄せて隠したくなる気持ちを抑え、膝で立ったまま黙ってジョットの視線を受け続ける。
「……本当に、男なのだな」
「まだ騙していると?」
「こんなに美しい男がいるなど、この目で見るまではなかなか信じられんものだ」
「んー、気が失せたのなら」
「そう見えるか?」
 今度はジョットが梔子の手を取り、それを己の下帯へと押し当てた。
「なっ」
 慌てて梔子が手を引くのを見て、おかしそうに笑う。
「なん、なんで、も、そんなっ!?」
「好いた者の裸体を拝んで勃ち上がらんようでは男が廃るだろう」
「好っ――」
 胸元まで赤く染めた体を、ジョットは引き寄せるようにして褥に寝かし、
「本音を言えばすぐにでも捻じ込んでやりたいぐらいだが」
 まだ身を震わせ、瞳を不安に揺らす梔子を安心させるように優しく、
「一晩かけて教え込んでやる」
 けれどどこか剣呑に微笑んだ。



 胸にひっかかる襦袢を払うように、傷のない柔肌に手を這わせる。
「んっ」
 声がこぼれたことも、その声が高かったことにも驚き、梔子は慌ててクチをつぐんだ。
「触れられるのも初めてか」
「……この身は、女も、男も、知りませんのでっ」
 熱を持った手が左胸を覆う。
 心の臓が。
 直接掴まれているような錯覚。
「それは、楽しみだな」
「どういう意味……っ」
 女性にそうするように、ジョットは緩やかに胸を揉みほぐした。
「んっ……何か、変な感じです……っ」
 手の平が胸の先を擦る感触に、肌が粟立つ。
 もう片方の胸も揉みながら、真っ白な首筋に口付ける。
「やっ」
「いや? 口付けは嫌いか」
「ちがっ、今のは……クチが、勝手に……っ」
「続けても大丈夫か?」
「……はい」
「痛ければ言ってくれ」
 そう前置き、ジョットは胸の突起を摘み上げた。
「ひゃあっ!?」
 首筋から胸へと口付けを移しながら、さらに指先で押し潰したりと愛撫を続ける。
「はっ、んっ……ぞわぞわ、すっ……んっ」
 触れられた箇所から痺れが走り、未知の感覚が喉を震わせる。
「まるで季節外れの桃の花だな」
 白い肌に映える淡い桃色の輪郭。
 それをなぞるように舌を這わせ、突起をクチに含む。
「ふっ、ふぁ……んぅ……っ」
 何かにすがりたくて腕を動かすものの、褥の上を泳ぐのみ。
 落ち着かず、梔子は口元を覆うようにして襦袢の袖を噛んだ。
「ん……くぅ……んんっ!」
 ジョットの手が腰から太腿をさらりと撫でて過ぎる。
 それだけで肌の下を何かが駆け抜けた。
「こら、声を殺すな」
 ジョットは身を起こすと梔子の腕を持ち上げ、指先で咥内を犯しつつ片手で袖から細い腕を引き抜いた。
「ふぁ……」
 手首、肘の裏側、上腕から肩へと辿って、クチを吸う。
 一方で唾液に濡れた指先を下腹部へと滑り落とし。
 ゆるゆると勃ち上がり始めていたそれを撫でた。
「んやあっ!?」
 甘い嬌声と共に背を反らせる。
「なっ、なにっ、いま、何したんですかっ!?」
「手淫も知らないのか?」
「しゅ、いん?」
「こうして」
「ひああっ!」
 握りしめて上下に扱くと、梔子は面白いほど身を仰け反らせた。
「やっ、やっ、だめぇっ!」
「局部を刺激することだが……」
 縹色の瞳が涙で満たされたところで、ジョットは手を止めた。
「これも初めてのようだな」
「はぁっ、んっ……ひっ、ぅ……」
「だからか、綺麗な色をしている」
「そ、そんなっ……言わないで、くださいっ」
「嫌ならやめるが」
「やっ、だ、だいじょうぶ、ですっ」
 梔子は手を伸ばしてジョットの手に重ね、目尻から涙を落としながらも訴えた。
 ひどく怖いけれど。
 優しく触れてくる手が。
 その柔らかな熱が。
 心地よいから。
「もっと、ふ、ふれてください……」
「……承知した」
 目尻や首筋、胸へと順に唇を落としつつ、ジョットは梔子の手も一緒に握り込んで動かし始めた。
「ひっ、んん……んっ、くぅ……っ」
 背筋から腰が剥離するような。
 よくわからない感覚。
 そこに熱が集まるようで。
 突っ張ろうと伸ばしたつま先が襦袢のせいで滑る。
 留まる場所を探すように何度も脚を動かしていると、膝裏に差し込まれた手に抱え上げられた。
「ひゃわっ!?」
「あまり動くと褥から落ちるぞ」
 もう片方の脚も持ち上げられ、ぐいと腰を引き寄せられる。
 そうすると、すっかり固くなったジョットのモノが梔子のそれと擦り合わさった。
「んんっ」
 手でされるのとはまた違う痺れ。
 己のモノを押し潰すように重なるそれを見て、梔子は思わず目を疑った。
「ぁっ……すごい……」
 おそるおそる手を伸ばし、その先に触れてみる。
 ジョットはわずかに身を震わせてから、楽しそうに笑った。
「自分以外の逸物は見るのも初めてか」
「だっ、だって……やっ」
「ここを鈴口と言ってな」
「いたぁっ、んやぁっ」
「おいおいとしっかり仕込んでやるから覚えておけ」
 片手で先の窪みを弄りつつ、まとめて握り込んで扱き上げる。
 あまりにも性急な動きに、梔子は嫌がるように首を振った。
「やっ、ひぁっ、ん、待って、やだぁっ」
「すまんな、一度出させてくれ、思った以上にきつい」
「だ、出すって、あっ、なにっ?」
「まさか吐精も知らないのか?」
「しっ、知らなっ、だめっ、だめぇっ」
 涙と汗を散らせて乱れる様に、ジョットは知らず口角を吊り上げた。
「そうか、これも初めてか」
「いやっ、ん、なにっ、こわいっ」
「癖になるなよっ」
「ぃっ、――――っ!!」
 爆ぜる。
 瞼の裏に星が散るような。
 一瞬遅れて、梔子の腹に白濁が降りかかる。
 熱く伝い落ちるものを感じつつ、梔子は無意識に止めていた呼吸を褥に落とした。
「はっ……はぁ……ん、く……」
「たくさん出したな」
 小刻みに上下する腹の上で二人分の精液を混ぜ合わせる。
 滲む視界でそれを眺めつつ、梔子は呟いた。
「それ……みたこと、あります……」
「どこで」
「朝、起きた時に……時折、襦袢が汚れて……」
「あぁ、なるほど夢精か」
「むせい……?」
 ジョットは息だけで笑いながら、白濁を絡めた指先で梔子の唇に触れた。
「舐めてみるといい。面白い味がするぞ」
 怪訝に思いながらも薄く唇を開いた時、
「んっ、ふぁっ」
 強引に歯列を割って指をねじ込まれた。
 とろみのある液体が舌に塗りつけられ、苦い何かが喉を降りてくる。
「ひゃあえっ、やあっ」
 これのどこが面白い味だというのか。
 変に苦い。
 何度唾液と共に嚥下しても喉に残る。
 正直、非常に、気持ち悪い。
「何ともまずそうな顔だな」
 くつくつと笑い、再び腹部の白濁を指に絡める。
「ん、こんなの、二度と、クチにしたくありませんねっ」
「その内好きになる」
「なりませんっ」
「下のクチはどうかな」
「した? 下にクチなどなぁあっ!?」
 驚き過ぎて声がひっくり返った。
 ジョットの笑い声が楽しそうに、一音高くなる。
「いい反応だ」
 ジョットは指先の精液を塗り込めるように何度か後口を撫でた後、その縁を揉みほぐし始めた。
「ひぅっ……く、ぅん……っ」
 引き寄せた着物に滲む涙を吸い込ませ、すがる目でジョットを見上げる。
 これから何をされるのか。
 男同士のまぐわいは書物で何度か目にしたことがある。
 けれど想像などしたこともなく。
 きっと痛いのだろう。
 きっと苦しいのだろう。
 それでも。
 不安と期待が心中で混ざって。
 それは芳しく誘う色香となってジョットの劣情を刺激した。
 ジョットは一瞬指を動かすことすら忘れて息を飲み、それから、耐えられないといった風に苦笑をこぼした。
「これだから未通は怖い」
「んー……?」
 指を舐めて充分に湿らせ、
「力を抜け」
「ひっ、――っ」
 ゆっくりと後口に差し入れた。
「やっ、やっ、やぁっ」
 声は出るが言葉にならず、ジョットの着物を握りしめて首を振る。
「これが無理なら、あぁ、別に構わん、やめるか」
 梔子は瑠璃色の髪を散らして、さらに首を左右に振った。
「いやですっ、やめ、やめないでっ」
「続けていいんだな?」
「はい……っ」
 三日月に歪めた唇で首筋を辿り、ジョットはさらに指を深く押し込んだ。
「ひんっ……あっ、ふぁっ……やっ」
 中で指を曲げ、内壁を引っ掻くように刺激する。
「うごっ、いやぁ……へんっ、へんになるっ」
「火傷しそうなほど熱いな」
「だからっ、そういうこと、いわっ、いわないで、くださぃっ」
 大きな虫が背中を這い回っているような。
 本能がそれを押し出そうと腹に力を入れるのに、さらに深く入り込んで。
「は、ぁんっ……やぅ……ぁっ」
 蠢く感覚が。
 気持ち悪いはずなのに。
 徐々に、吐息に甘い色が混ざり始める。
「んっ……んんっ、ひあっ!?」
 寒気が腰から脳天へ駆け抜けた。
 消えない余韻に身が震える。
「ここか」
 ジョットは意地悪そうに笑み、内壁の中のしこりを押し上げた。
「やぁっ!」
 止めようと伸ばした手は簡単に捕まえられ。
 褥の上に押さえつけられた。
「まっ、やぁっ、それへんっ、やですっ」
「もう一本入れるぞ」
「ひぁあっ」
 ただでさえ狭い局部を押し広げるように二本の指が違う方向に蠢く。
 そのどちらかが先程のしこりを掠める度に、梔子は腰を跳ねさせた。
「やん、んくぅ……ふぁっ、あぁっ」
 絶え間なく喉を震わせる嬌声にクチを閉じることもできず。
 ジョットは口端から伝い落ちる唾液を舐め取り、そのまま唇を重ねた。
「ん……んぅ……はっ、んん……」
 上も下も深く犯してから。
 やがて、ジョットは身を起こしつつゆっくりと指を引き抜いた。
「できればもう少し可愛がってやりたいが……」
 再び固く勃ち上がったモノをほぐした箇所へと押し当てると、梔子はびくりと身を震わせた。
「すまんな、俺も余裕がなくなってきた」
「……早く私を、抱きたいという……こと、ですか?」
 肯定に微笑み、短く問う。
「いいか?」
 梔子は眉間に皺を寄せ、わずかにクチを尖らせるようにして答えた。
「聞かずとも、それが私の……望みです」
 手を伸ばし。
 抱き寄せて唇を重ねる。
 まだ震えは止まらないけれど。
 これが本心。
 せめて枯れる前に、花を摘んでほしいから。
 唇を離しつつ、ふと、梔子は思い出したことをクチにした。
「名を……母は私に、名をふたつくださいました」
「ふたつ?」
「花としての名を梔子と、けれど母は時折、私をこう呼びました――」
 その時だけ柔らかく。
 少し悲しそうに。
 一音一音を大事そうに発して。
「――デイモン、と」
 最初は顔も何も知らない父の名かと思ったが、母は確かに己を見てそう呼んでいた。
 ならば、もしかすると、それは。
「真の名ということか」
 自信なげにも、こくりと頷く。
 なぜ今になって思い出したかはわからない。
 母と己以外誰も知らず、母の死後は一度も音として聞くことのなかった名。
 呼ばれたところで己と認識できないほどに耳慣れない名だが。
「一度、そう、呼んでみてもらえます?」
 この声に紡がれれば判然とするかもしれない。
 己の身に付けられた、真の名は――
 ジョットは間近に見つめたまま、ゆっくりとそれを音にした。
「……デイモン」
 途端。


 心が、満ちた。


 両手で顔を覆い隠す。
「ふ……っく……っ」
 噛みしめた奥歯の隙間から嗚咽がこぼれる。
 どうして、涙が止まらない。
 ジョットはその手をそっと掴み、溢れる雫を吸い取った。
「良い名だ。そうか、デイモンというのか」
「や、やっぱり、梔子と」
「なぜだ、真の名で呼ばれたほうがいいだろう、デイモン」
「っおかしいんです、胸がざわついて、落ち着かないっ」
 鼓動が早まって。
 耳から広がるように、体が熱くなる。
 このようなことならば梔子と呼ばれるほうがいい。
 梔子という花になりきったほうが。
「俺は偽りのない、真のお前を抱きたい。だから呼ばせろ、デイモン」
「――っ」
 真っ直ぐに見下ろしてくる強い色。
 行燈しかない室内でそれ自体が熱を持って煌めく。
 熱い、橙色の炎。
「……敵わない、ですね」
「何がだ?」
「貴方には何ひとつだって、敵いません」
 もう一度唇を重ね、舌を受け入れる。
 どこか塩辛くて。
 己の涙の味だと認識すると、また目尻からこぼれ落ちた。
「ねぇ早く、早く抱いてください。私の望みを叶えて」
「急かしてくれるな、これでも大事にしたいと自制しているのだからな」
「ヌフフ、大事に、ですか」
 今までなら鼻で笑い捨てていただろうに。
 あたたかい気持ちで、怖いという思いが薄れていくよう。
 梔子は――デイモンは、伸ばした両手でジョットの頬を包み、告げた。
「どうせなら壊れるぐらい激しく抱いてください」
「っ誘うな、本当に壊しかねん」
 苦笑に口許を歪め、ジョットは改めて自身を宛がった。
「やはり痛いと思うが、耐えてくれ」
「ぃっ――」
 圧迫感。
 指など比べ物にならない。
 首を絞めるような。
「――っ、――っ」
 目も口もきつく閉じて耐えていると、
「息を詰めるな」
 ぐい、と喉をそらせるように顎を持ち上げられた。
 指が無理やり咥内に割って入り込み、舌を押さえつける。
「叫びたいだけ叫べ、とにかく声を抑えるな」
「――あ、あぁっ、やぁあっ」
 苦しいと。
 痛いと。
 身体が訴える。
「ぃやぁっ、あっく、やあっ」
 耳に届く声は悲鳴のよう。
「あぁっ、ん、いぁっ」
 鼓動が速すぎて時間の感覚が遠い。
 すべて受け入れるまでどれほどかかるのか。
 こんなにも。
 こんなにも満ちるなんて。
「……全部、入ったぞ」
 いつの間にか閉じていた瞼に口付けられ、そっと目を開ける。
 首を持ち上げられるままに視線を落とすと、ジョットのモノが狭い狭い穴の中に喰い込んでいた。
「あ……あぁ……」
 本当に。
 繋がっている。
 一緒に。
「俺の首に腕を回して」
「うで? こ、こう……ですか?」
 首の後ろに曲げた腕を掛けるようにして抱きつく。
「そうだ、決して離すなよ、デイモン」
 褥から離れた背を優しく撫で、ジョットはゆっくりと腰を動かし始めた。
「ぃっ……ん、ぁっ」
 すべて引きずり出されるような感覚と。
 喉まで何かがせり上がってくる感覚と。
「ぅあっ、くっ……ふぁあっ」
 交互に。相互に。
 思考を乱していく。
「やぁっ……や、あぁっ」
 痛みも苦しみも快楽に変えて。
「ジョッ、トぉっ……あぁんっ」
 淫猥な水音が。
 溶けるほどの熱が。
 甘い甘い痺れが。
 繋がった箇所から全身に広がって。
「滑りが良くなってきたな」
「ふぇ……っ?」
「ここで感じられるようになってきたのがわかるか?」
「やっ、なに、やぁっ!?」
 ジョットのモノを咥え込んでいる縁を指先が辿る。
「いやっ、さわらない、でぇ……っ」
 抱きついたまま、その胸に擦りつけるように頭を振る。
 ジョットは髪越しに額やこめかみに口付けながら、わざと動きを止めてみた。
 耳元にそっと囁きかける。
「嫌なら今すぐ抜いてやるが?」
「や、やぁ……っん」
 デイモンは脚を絡ませて緩やかに腰を揺らした。
「もっと、うごいて、くださぃ……っ」
 おそらく無意識なのだろうが、ジョットを興奮させるには充分で。
 は、と短く呼気だけで笑う。
「なかなかに俺好みの素質がありそうだ」
「ぁっ、このみ、ぃ……?」
 ジョットは丁寧にデイモンの背を褥へ落とし、白い脚をさらに高く持ち上げた。
 濡れて光る唇に舌を這わせてから、にやりと笑う。
「壊れるほど激しく、だったな」
「ひぁっ!?」
 先程よりもずっと深く、速い律動で挿抜が再開された。
「やぁっ、あっ、んやぁっ」
 えぐるように深く。
 時折敏感な場所を突いて。
 肌のぶつかり合う音。
「んあっ、は、ぁあっ、だめぇっ」
 何かが迫る。
 白い、光のような、何か。
 稲妻が鳴り響く直前に似た不安から、デイモンは必死にジョットにしがみついた。
「ジョット、こわぃっ、ジョットぉっ」
「大丈夫だ。デイモン、俺がそばにいる」
「だきしめて、はなさないで、くださぃっ」
「あぁ、離さない。決して、離さないっ」
 きつく抱きしめられて。
 重ねた胸から伝わる鼓動が。
 同じくらい。
 速い。
 強い響き。
「ひあ、あっ、――――っ!!」




 白に、染まる。






*****







( cautions ) 1  2  → ●◆◆◇◆ →  4(end)