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慣れない靴が頼りなく、手を繋いだまま道を行く。
「大丈夫か?」
「はい」
カラン、コロン、と木を転がすような音を鳴らして。
たまに帯留めの鈴がリリンと響く。
徐々に近づく祭囃子と相まって、気が高まっていく感覚。
周りの景色よりも、目の前の背中が気になって。
問われたときには否定したけれど、本当は、目も思考も奪われていた。
悔しいほどに、憧れるほどに、格好いい。
そして、こうして隣にいられることが、嬉しい。
「お、いたいた」
ジョットは空いている方の手を挙げて、左右に振り回した。
「つーなーよーしー!」
遠くで振り向いた顔が、瞬時に嫌そうに歪む。
友人らの輪から外れ、ひとりで駆け寄ってくる姿はジョットによく似ており、すぐに彼が弟の綱吉なのだと知れた。
写真で見ていても思ったが、本当にそっくりな兄弟だ。
綱吉はジョットの前まで来ると、噛みつかん勢いで怒りだした。
「来んなっつったじゃんか!」
「来るなとは言われてないぞ」
「ニュアンス!」
「知らんな」
「もおおっ」
浴衣の裾が裂けることも気にせず、地団太を踏む。
その幼い仕草が可愛らしくて、つい笑い声をこぼしてしまうと、栗色の瞳に射られた。
色は違うけれど、ジョットと同じ、強い光を宿した瞳。
驚きに言葉を失っていると、子犬のように、こてんと首を傾げた。
「もしかして、骸の?」
出てきた名前は、この二人と違ってまったく似ていない弟の名前。
「んー、そういえば……初めまして、でしたね」
「ん? そうだったか?」
「うん、会ったのは、初めて」
「こんばんは、既知かと思いますけど、ジョットの友人のデイモンです」
「友人? 恋人の間違いだろう、訂正しろ」
「ジぉっ!?」
「それぐらいわかってるし」
「えっ!?」
「えっと、弟の、綱吉です、えっと、その、」
見上げてくるのは、眉尻を下げた困ったような笑顔。
話しやすいように笑みを浮かべて続きを待っていると、綱吉は迷った末に、半疑問形で問うてきた。
「骸の……お姉、さん?」
一瞬、言葉の意味がわからず、笑みが固まってしまう。
「んー……?」
「あの、えっと、その、」
「周りをよく見てご覧なさい、貴方」
いつの間にか綱吉の背後に立っていた骸は、周りを行き交う人々を指差した。
そこには、同じように浴衣をまとった人が大勢いて。
その中に存在する共通点。
至極簡単な答え。
鮮やかな花柄の浴衣を着ているのは全員――
「っジョットぉ!?」
繋いだ手を引っ張るも、ジョットは明後日の方向に首をひねって目を背けていた。
「貴方、知ってて、私にこれを、このっ、女装させましたね!?」
「似合うからいいだろう」
「また、また騙したのですね!?」
「お前だって気に入ってたじゃないか」
「ジョットの馬鹿! 馬鹿者!!」
突然喧嘩を始めたジョットとデイモンに、綱吉がどうにもできずに戸惑っていると、背後から骸に抱きしめられた。
驚きつつも引き剥がそうとせず、一緒に喧嘩の行く末を見守ることにする。
「たまに部屋から声聞こえてたけど、実際見てるとすごいね」
「彼らの場合は喧嘩するほど、というアレですからね」
「うん」
「それと、もうわかってるかと思いますけど、彼、男性ですから」
「う、うん、それも、びっくりした」
「びっくり?」
「すごく、びっくりするほど美人で」
「……綱吉」
その顎を掴んで無理やり自分の方へ顔を向けさせ、骸は強引に視線を合わせてきた。
色違いの瞳が、同じように真っ直ぐ見つめてきて。
形の良い唇が優しくも鋭く紡ぐ。
「君は僕だけを見ていなさい、目移りは許しません」
「……俺のこと、信用できない?」
「もちろん、してますよ」
そのまま軽く触れ合ったところで、
「なっ!?」
高い声が鼓膜に触れた。
見ると、デイモンが驚いた顔で綱吉と骸を見つめていた。
「い、いま、あなたたち、何してっ」
「キスしてましたけど何か?」
「きっ、そ、なっ、はぁ!?」
さらりと答えた骸とは対照的に、顔を真っ赤に染めたデイモンを、ジョットは背後から抱き寄せた。
「キスぐらいするだろう、俺たちもこれぐらいのときは毎日」
「あああ貴方は黙ってなさい!」
すぐさに手の平で頭を叩かれる。
デイモンはショートしそうになる思考で、なんとか事態の整理を試みた。
今、たった今、何を見てしまったのか。
ジョットの弟と自分の弟が、男同士にも関わらずキスをしていた。
骸は自分と同じく帰国子女であるため、挨拶のキスは慣れたものである。
しかし、綱吉は違う。彼は生まれも育ちもここ、日本だ。
しかも何だ、何というか、彼らの雰囲気がとても、ジョットと自分のものに似ていて――
「ところでお前たち、どこまでヤった」
「ジぉっ!?」
「それは、ねぇ? 綱吉?」
「う、うん、まぁ……」
互いに視線を交わしてから、骸は誇らしげに微笑み、綱吉は恥ずかしそうに俯いた。
それだけで理解する。
この子たちはもう、手を繋ぐだけの関係ではないのだと。
「さすがは俺の弟、ヤることが早いな」
「感心している場合ですか!?」
再び金色の頭を叩いて、改めて二人の方へ向き直る。
「あ、貴方たち、また中学生でしょう!? いくらなんでも早すぎます!」
「じゃあ、貴方がたはいつ済ませたんです?」
「あれは忘れもしない高」
「きゃああぁあ!?」
動揺の果てに、デイモンは振り返ってジョットの頭を胸に抱え込んだ。
「ジョット、あなた、子どもに、何という話をするつもりですか!?」
もごもごと唸る声が聞こえるが、平らな胸に顔を埋める形になっているせいで、案外幸せそうにも見える。
自分の兄の姿に、骸はやれやれとため息をこぼした。
「相手が奥手だと大変ですね」
「積極的でも面倒だけどな」
「綱吉?」
「あ、獄寺くんも来たみたい」
追及を逃れるように、綱吉は骸の腕からすり抜け、しきりに頭を下げている獄寺の元へと駆け寄っていった。
それを追いかける骸と入れ替わりに、たった今到着したらしいGがこちらに歩いてきた。
祭りの空気に浮かれた様子もない、普段通りの格好と態度で。
「よお」
Gは片手を挙げて挨拶しながら、じろじろと無遠慮にデイモンの格好を眺めた。
「またおもしれぇ格好してんなぁ」
「うるさい!」
「お前らもガキの子守りか?」
「いえ、私たちひゃあっ!?」
するりと尻を撫でる感触に、デイモンは思わず声を裏返した。
「こっ、ジョット!」
肩を掴んで押し離し、きっと睨みつける。
しかし、ジョットは離れていた片手を繋ぎ直しながら飄々と笑った。
「俺たちは色々とからかって遊ぶために来た」
「はっ、タチ悪ィ」
煙草代わりの飴の棒を噛みながら、くつくつと笑う。
「あんま弟構いすぎっと嫌われんぞ?」
「そっくり同じセリフを返してやる」
「はぁ? お前と一緒にすんなブラコンが」
Gは軽く握った拳でジョットの額を小突いた。
「いたいっ」
「ま、せいぜい未成年の前では教育によろしくない行動しないこったな」
そろそろに子どもたちが歩き出したのを察すると、Gはすぐさにきびすを返し、そのあとについて歩き始めた。
途中で顔だけ振り向いて、軽く手招く。
「面倒見のいい男だな」
「んー、本当に」
「行くか」
「……はい」
一度軽く握って、繋いだ手の感触を確かめてから。
デイモンは引かれるままに、慣れない下駄を再び鳴らし始めた。
「色々なお店があるのですね」
きょろきょろと視線を振る度に、髪飾りがチリチリと小さな音をたてて揺れる。
その様子をやや緩んだ顔で見つめながら、ジョットは楽しそうに問うた。
「何か、やってみるか?」
「そうですねぇ……」
食べ物やおもちゃを売る店。ボールをすくったり輪を投げたりと遊ぶための店。
その内のひとつ。
「んー、あれなど、いかがです?」
整った指先が向けられたのは、壁に様々な景品を並べた――射的屋。
ジョットは口許を歪め、
「あぁ、いいだろう」
指差された先へと足を向けた。
二人分の料金を払い、小さなコルクをいくつか盛られた皿を受け取る。
「どうせですから勝負しません?」
「ふむ、何を勝ちとする?」
「もちろん、取った景品の大きかった方」
「先攻は?」
「どうぞ?」
「では、遠慮なく」
片足を後ろに下げ、片手を真っ直ぐに伸ばして。
狙いは上段の白いウサギ。
その眉間に焦点を当て、引き金を――
「おぉ?」
コルクの弾は壁に当たって落ちていった。
「ヌフフっ、当たってもないじゃないですか」
「おかしいな……」
「片手で狙うからですよ」
今度はデイモンが両手で銃身を支えて構え、引き金に指をかけた。
狙いを定め――
「おめでとうございます!」
「おぉ」
店主が拾ってきたお菓子を受け取り、デイモンは嬉しそうにそれをジョットに見せつけた。
「しっかりと狙いなさい?」
「ふむ……」
銃口にコルクを詰め、今度は両手でもって構える。
狙いは同じ、上段の――
「当たった!」
「でも落ちませんね」
いつの間にか、綱吉と骸が両脇に立っていた。
「重そうなものを狙うからですよ」
再びデイモンが構えて撃つと、軽い音と共にキャラメルの箱が落ちていった。
「お姉さん上手っスねー」
「おねっ!?」
「クハハっ!」
否定したくなる口をきつく閉じ、横で肩を震わせる骸をじろりと睨みつける。
ここで違うと言ってしまうと、女装癖のある変態と誤解されかねない。
そんな羞恥を味わうぐらいなら黙っていた方がまだマシである。
デイモンは店主に作り笑顔を見せてから、手を伸ばして、綱吉にお菓子を渡した。
「え、いいの?」
「嫌いでなければ」
「あ、ありがとう!」
向日葵が咲いたのように表情が明るくなる。
ジョットではまず見られない、素直で無邪気な反応。
もう一つ、先に落としていたお菓子はチョコレートだったので骸に渡してやると、
「ありがとうございます」
感謝の気持ちなど一切こもっていない言葉を口にした。
一体何がこの差を作っているというのか。
本当に綱吉のような弟をもつことができたジョットが羨ましい。
そう思って振り返ると、ジョットがまた同じぬいぐるみに弾を当てていた。
「落ちないね」
「大きいの狙うからですよ」
弟たちの突っ込みに、不満そうに眉根を寄せる。
「なぜ倒れんのだ……」
「重てぇからだよ」
見遣ると、Gが店主からコルク弾の皿を受け取っていた。
ジョットの横に並び、一度照準を合わせる。
「デカブツ狙うなら――」
そして、慣れた動作で次々と弾を連射させた。
ひとり分の弾数をすべて撃ち終えると。
「……お、おぉ、おぉぉっ!」
皆が見守る中で、ウサギのぬいぐるみがゆっくりと後ろへ傾いでいった。
「すごい! すごい!」
「すごい……」
あの骸までもが目を輝かせて。
Gは受け取ったぬいぐるみをジョットの頭に乗せながら、勝ち誇ったように口許を歪めた。
「お手本見せてやったんだから、お前も落としてみろよ」
「くっ、いらん世話を……!」
改めて構えたものの、残りのコルク弾は的外れな方向へと飛んで行ってしまった。
*****
すくいあげたヨーヨーやオモチャの水鉄砲。
二人で食べて小さくなった綿菓子と、さっき買ったリンゴ飴。
途中でもらった団扇を鮮やかな帯の間に挿して。
キツネに似たお面は金色の髪を半分隠して。
それから。
腕に抱えられたぬいぐるみは、歩調に合わせて長い耳を揺らして。
Gから強引に押しつけられた景品。
いらないのならそもそも参加しなければいいのに。
まぁ、自分で落とす手間が省けたのは幸いだったけれど。
「ジョットぉー! 早くー!」
「置いていきますよー?」
少し坂になった道の先を、綱吉と骸が跳ねるように駆けてゆく。
「元気なものだな」
まだ花火が始まるまでに時間があるというのに。
苦笑をこぼしながら、ジョットは繋いだ手を軽く引いて歩調を速めようとした。
その瞬間。
「きゃっ――」
短い悲鳴に、反射的に身を返すと、胸の中にデイモンが倒れこんできた。
一寸遅れて、カラン、と下駄が落ちる。
拾い上げて見ると、花緒の部分が底から抜けるようにして切れていた。
「す、すみません……」
覇気のない声。
不思議に思ったジョットは躊躇いなく、
「ちょ、まっ!?」
その場でデイモンを横向きに抱き上げた。
「なっ、何っ、降ろしなさい!」
「お前……靴擦れしているな」
「――っ」
ジョットの視線の先、足の指の股や甲から赤い血が滲み出していた。
慣れない下駄に皮膚が擦り切れてしまったのだろう。
「んー、別にこれぐらい……」
「正直に話さない奴にはお仕置きが必要だな」
「ひぇっ!?」
ぞわり。
明らかに意図をもった手が臀部を撫でた。
「ど、どこっ、どこ触って!?」
「我慢するのはお前の悪い癖だ。こういう時こそ俺を頼れ」
「いいい言ってることとやってることがっ!」
器用に上半身を支えている方の手で胸元もまさぐってくる。
「ジョット! この、馬鹿っ、降ろしなさい!」
「降ろしても歩けんだろう」
「ひぁ、んんっ」
うっすらと汗ばんだ首筋に舌を這わされ、思わず艶っぽい声を出してしまう。
途端に羞恥が熱を呼んで。
デイモンはきつく目を閉じ、口元を隠すようにウサギのぬいぐるみを抱え込んだ。
その様子を悦に見下ろしながら、ジョットはデイモンの下駄を指に引っかけたまま、ゆっくりと歩き始めた。
「やっ」
「早くしないと花火が始まってしまうぞ?」
「でもっ、こんな格好、見せられません!」
「見せる? あぁ、綱吉たちにか?」
「ただでさえ、こんな……っ」
騙されて女装させられた上に、俗に言う、お姫様だっこまでされて。
これでは兄としての、そしてジョットの恋人としての面目がなくなってしまう。
せめて弟たちには認められた存在で、関係で、ありたいのに。
泣いてしまいそうになるのを必死にこらえていると、ジョットが唇で瞼に触れてきた。
「どうしたって歩けないのだから仕方あるまい」
「せめて、背中に、背負ってください」
「それでは裾が割れて脚が見えてしまう」
ぐ、と二の句が喉に詰まる。
「お前は美脚だからもっと見せればいいと思うのだが、それは嫌なのだろう?」
小さく頷きひとつ。
「この抱え方が一番、お前を想っての選択なのだ。どうかわかってくれ」
「でも……」
いまだ拒絶の言葉を探しつつも。
こんな姿を見られることは恥ずかしいを通り越していっそ死んでしまいたいぐらいだが。
正直、花火を見逃すのも惜しい。
抱える腕は歩きながらでも器用にセクハラしてくるけれど。
まばらにも人目がある場所でまさか、大胆に仕掛けてくることもあるまい。
浅はかな打算と知りながらも、デイモンは悶々と悩んだ末に、頷かないまでも大人しく黙り込むことにした。
ジョットの苦笑が耳を掠める。
どうしたって素直でないのがこの性格なのだから、今更な問題だ。
周りを見る余裕もなくぬいぐるみの頭を見つめていると、カラン、と足音が止まった。
怪訝に顔を上げたデイモンに、ジョットはわずかに眉尻を下げてみせた。
「どうやらはぐれてしまったらしい」
「なっんぅ――!?」
叫ぶ前に口を塞がれてしまう。
暴れる腕があきらめるまで待ってから、唇が離れる。
即座に、真っ赤に潤んだ瞳が睨み上げて。
「どうするのですかっ?」
「まぁ目的地はわかっているしな、ここで少し休んでいこう」
「休むって」
「これを登るのは一苦労でな」
立ち止ったところはちょうど神社へ続く階段の下で。
ジョットはゆっくりとデイモンを階段の途中へ座らせた。
振り向いて仰ぐと、確かに人をひとり抱えて登るには段数の多すぎるように見えた。
「それと、機嫌も直してくれるとありがたい」
声に引かれて向き直ると、目の前にリンゴ飴が差し出されていた。
赤くて大きな塊。
どんな味が知りたくて買ってもらったお菓子。
デイモンは少し考えた後、リンゴ飴を受け取ってすぐにジョットから顔をそむけてしまった。
苦く笑う声。
それを無視して透明な赤色を齧ると、カリリ、と軽い音がして、口いっぱいに甘い味が広がった。
その間にジョットがデイモンの足元に腰を下ろし、壊れた下駄の状態を確かめる。
「……これなら、なんとかできそうだな」
懐から取り出したハンカチの端を噛み、
「あぁっ!?」
驚くデイモンをよそに、一気に裂いて即席の紐を作った。
「ハンカチが……」
「大した物じゃない。気にするな」
花緒を通した紐を下駄の穴に通して裏側で結び目を作り、花緒が抜けないようにする。
壊れていない方の下駄もしっかり確認してから、ジョットはさらに残ったハンカチも細く引き裂いた。
「えっ、ど、どうして」
「手当てと言っただろう」
砂がつかないように浮かせていた足を手に取ると。
傷の具合を確かめた後に。
「なっ!?」
ジョットはデイモンの足に舌を滑らせた。
「何してっ、いたっ、やめっ」
「消毒してやってるんだ」
「唾液なんて雑菌まみれっ、んんっ」
びくり、と肩が震える。
それを見逃すはずもなく、ジョットは同じ場所に舌先を伸ばした。
鉄の味と、少しの塩辛さ。
「やっ、やめて、ください……っ」
擦れた肌はざらついていて、傷口を広げてしまわないようにたっぷりと唾液を塗りつける。
「こんなのっ、手当てでも何でもなっ、ひぁっ」
言葉の合間にこぼれる嬌声に、さらに調子に乗ってつま先を口に含む。
「ひぅっ、ん……やぁ……」
甲に浮かぶ赤い痕を唇で辿り。
滲んでいた血をすべて舐め取った後、ジョットは用意していた布を包帯代わりにして、デイモンの足に巻きつけた。
「きつかったり、ゆるかったりしないか?」
「ん……」
「よし、じゃあこっちもだ」
「や、やぁっ」
嫌がって逃げようとした足を捕まえ、同じように舌を這わせる。
わざと水音を高く響かせると、デイモンは耳まで真っ赤に染め、蒼い瞳を潤ませた。
手で口を押さえ、これ以上甘い声が出ないよう息すらひそめて。
本当にたまらない。
その表情も潜めた声も存分に味わってから、布を巻きつけ、丁寧に下駄を履かせる。
それから、足を持ち上げたせいでわずかに裂けた浴衣の裾も、軽く引っ張って直してやる。
浅い呼吸と。
震える体と。
深淵の瞳を覗き込むように。
「ジョット……っ」
間近に触れた吐息に思わず、瞼も唇もきつく閉じてしまったデイモンの耳に。
――カリリ。
何かが割れる音が響いた。
「……え?」
おそるおそる開けた視界にあったのは、ひとくち、かじられたリンゴ飴。
視線を上げれば、してやったりと満足げな顔があって。
「なっ、なっ、なぁっ」
腕を引かれ、抱きとめられた腕の中で。
「何するんですかこの馬鹿ジョットぉぉっ!!」
「はっはっはっ」
「笑いごとではありませんよ本当にこの馬鹿!!」
「かわいいかわいい」
「ふざけるのも大概になさい!!」
「痛くないか?」
「いたっ、いたくはっ、ない、です……けど……」
最初の勢いはどこへやら、子犬が耳を垂らすように徐々に俯いていってしまう。
その手はジョットの襟を掴んだまま。
デイモンはやっと聞こえる小さな声で、
「……ありがとうございます」
それだけ呟いた。
クスクスと笑って髪にキスを落として。
「ゆっくりなら歩けるか?」
「……はい」
ぬいぐるみを取り上げた代わりに繋いだ手を引いて。
ジョットは提灯に照らされた階段を登り始めた。
その背中を見つめながら。
――カリ。
デイモンはそっと、リンゴ飴の欠けた所を、小さくかじった。