「あ、ジョット! どこ行ってたんだよ!」
「ちょっとな」
「道草はおいしかったですか?」
「……まぁ、それなりには」
階段の上は神社の本宮という場所らしく、花火会場から少し離れているものの見渡しがいいため、絶好の観覧スポットとなっていた。
しかもあまり人に知られていないのか、ここには自分たちしかいない。
「なかなかいい場所だな」
「去年、偶然見つけたんだ」
「偶然ですか?」
「ちょっと色々あって道に迷って……綱吉が、」
「とりあえず高い所に登ればわかるかなーって」
「はっはっ、なかなか安直だな」
「うるさい!」
素早い動きであったにも関わらず、ジョットは容易に綱吉の拳を受け止めた。
握り込んで脇へと流す。
「わっ、わっ」
「危ないですよ」
よろめいた腕を掴んで引き寄せ、骸はその柔らかそうな頬をつねった。
「どうせだからふたりの秘密にしようと、言ったんですけどね」
「こういうのはみんな一緒に見るのが楽しいんだって」
「綱吉はいつだってそうやって」
「俺の一番はいつだって骸だよ?」
にっこりと満面の笑顔で。
それはまんざらでもないのか、骸は唇を尖らせてから、
「向こう、行きましょう?」
綱吉の腕を引いて、花火会場の方角にある柵へと寄って行った。
空を指差して何か話し、そして楽しそうに笑い合う。
おそらくは、一年前に仰いだ空を思い出しているのだろう。
そんな幼いふたりの背中を眺めながら。
「仲がいいな」
「そうですね」
「しかしあの綱吉が上とはな」
「んー? 何を言っているのです? 骸のほうが年上ですよ?」
「はは、その『上』ではない」
石畳の小道から外れた所に設置されたベンチを見つけ、ジョットはデイモンの手を引いていくと、軽く砂を払ってから座るよう促した。
こういう所だけは紳士的なのだから。
口の中で小さく文句を呟き、大人しく腰を降ろす。
ぐるりと境内を見回すと、各々好きな場所に座ったり立ったりして、花火が咲くのを待っていた。
昔ジョットに対しても思ったことだが、なぜ彼らの周りにはこうも統一性のない面子ばかりが集まるのだろうか。
考えたところで――この向日葵のような兄弟の持つカリスマ性に皆が惹かれてしまうからだと――理由は明らかなのだけれど。
自分にはないものを欲して、あるいは揺るぎない信念に惹かれて。
そしてその博愛精神に、浅ましくももどかしさを感じてしまう。
「ジョッ――」
唐突に。
暗闇に鮮やかな炎の花が咲き綻んだ。
一寸遅れて、腹の底に轟音が響く。
断続的にも連続して。
「きれい……」
赤や橙、青に白ときらめいて。
牡丹のように咲いたかと思えば、藤のようにしなだれる。
幾輪もの大輪の花が、次々と咲いては散ってゆく。
無常という観念に従って。
けれど、その鮮やかな様は網膜に焼き付いて残るようで。
しばらく夜空に縫いとめられていた視線を、何気なく横へ向けると、わずかに発光する橙色の瞳がじっとこちらを見つめていた。
心臓が跳ねて。
呼吸が詰まって。
それでも何も思ってない風を装って。
「わ、私よりも、花火をご覧なさい」
ぷい、と顔をそむけると、肩を掴んで抱き寄せられた。
花火の音に消されないよう、耳朶に唇を寄せて。
「本当に、とても、綺麗だ」
「……そう、ですね」
「お前のことだぞ」
「なっ」
「俺にとってこの世で一番美しいのはお前だ、デイモン」
「ばっ」
伏せがちの目を嬉しそうに細めて、笑う。
ジョットはいつだって博愛主義者だ。
けれど。
なのに。
いつだって。
自分に対してだけ、こうして――
わずかに顎を上げると、間近に寄せられた唇と触れ合った。
きっと残暑の熱に浮かされてしまったのだ。
デイモンは腕を絡まつつ、そっと、ジョットの肩に頭を乗せた。
「お、おお?」
嬉しそうな声は無視して。
輝く空へとまた視線を移して。
七色の光と共に、鮮やかな想いを、胸に焼きつけた。
*****
感想を言い合う高い声が先へ先へと進んで。
その背中を追いながらも、デイモンの足の具合を気遣って、ゆっくりと歩く。
会話はない。
ただ手を繋いだまま、同じ歩調で帰り道をたどる。
まだ祭囃子が響いているけれど、ここにあるのは落ち着いた静寂。
知った曲に鼻歌を奏でかけたとき。
「……楽しかった、ですね……?」
精一杯絞り出すような声が聞こえた。
足を止めて振り返る。
点在する提灯の覚束ない明り。
その中で。
デイモンは抱きしめたぬいぐるみに口許を隠したまま、
「こ、こういうことも、たまには……」
もごもごと不明瞭に呟いた。
その姿を見た瞬間。
ぎゅ、と心臓を潰されたような、あるいは喉を絞められたような。
眩暈に襲われたときには、ぬいぐるみごと抱きしめていた。
「ジぉ、ジョット?」
これで無自覚だというのだからタチが悪い。
他の誰かにもこんな態度をとるのかと考えただけで。
繋いで縛って塞いで閉じ込めて。
そんな、俗悪な方向に、思考が傾きかけてしまう。
「デイモン……」
抱きしめたまま唇を近付けると、ふ、と短いため息の後に、柔らかく触れてきた。
それを許諾と受け取り、深く唇にかぶりつく。
「んっ、んぅっ、待っ」
待てるはずがない。
さらに両足をすくい上げるようにして横向きに抱き上げる。
もちろん、その間も唇は離さない。
「ジぉっ、んむっ、んーっ!」
ちらと前方を見遣って、とっくに置いて行かれてしまっていることを確認してから。
ジョットはデイモンを抱えたまま、低い茂みを乗り越え、木々に囲まれた暗闇へと入っていった。
「ちょ、待ちなさいジョット、どこへ!?」
「人に見られない所へ」
「なっ、何っ、何するつもりですか!?」
「何ってそれは……ナニだろう」
「――っ」
幹も立派な樹木を見つけると、ジョットはデイモンを降ろして幹に押さえつけた。
短く息を吸って叫ぼうとした口を塞ぎ、深く舌を絡ませる。
歯列をなぞり、舌根を撫で、助けを乞う言葉を奪う。
しばらくして、両の拳で弱々しくも胸を叩かれたのを合図に唇を離すと、扇情的に蕩けた顔がそこにはあった。
リンゴ飴を溶かしたように朱を乗せた目許に、ごくりと生唾を飲み込む。
今すぐ、食べてしまいたい。
その衝動のまま。
「やっ、ジョットぉっ」
肩を掴んで押し返そうとするのも気にせず、首筋に軽く噛みついてやる。
舌に伝わる脈動と、塩辛い汗の味。
鎖骨をたどり、浴衣の合わせを開きながらゆっくりと胸元へ唇を滑らせてゆく。
「や、浴衣、せっかく着せていただいたのにぃ……」
「っどうしてそう、可愛いことばかり言ってくれるのだ」
「ひぁんっ」
浴衣越しに双丘の間を撫でると、声が甘くひっくり返った。
いつの間にか慣れて忘れていたのだろうが、今宵の下着はいつもとまったく違う、褌である。
そしてそれは、ある意図をもって、わざと後ろ側だけ瘤ができるほどきつく捩じられていた。
露わになった肌に赤を散らせつつ、褌の瘤の部分を指で軽くなぞる。
「ゃっ……触らないで、くださぃ……」
そのひとつがちょうど良い位置にあるのを見定め。
ジョットは強引に、瘤を後口へと押し込んだ。
「んゃあっ!?」
膝で内腿を押して足を広げさせ、さらに強く刺激してやる。
「ぃやぁ……こんな、とこで……やめて……っ」
「どうせ誰も来ない。もちろん、声も聞こえない」
「やっ、そこはっ」
完全にはだけた浴衣からのぞく淡い色の突起に吸いつく。
「ん、やっ……ぁっ……ふぁっ」
舌で転がしたり潰したりと弄る内に、それは赤く、固く尖り始めた。
「お願いっ……やめて、くださいっ……」
「まるで俺が強姦しているようなセリフだな」
困った声音をこぼしつつも、一向に手や口を止める気配はない。
むしろ徐々に浴衣の裾をたくし上げ、
「やぁあっ!」
褌の隙間から後口へと指先を伸ばした。
人差し指と薬指で皺を伸ばしながら、中指を穴へと埋めていく。
「やっ……いたっ、いたぃです……っ」
腕を掴む手が震えているのを感じ取り、
「むぅ、やはりもっと濡らしていないと無理か」
ジョットは潔く指を引き抜いた。
同時に、するりと浴衣の裾も落ちてしまう。
何とか行為を阻止できたと安堵したのも束の間。
今度は足元にしゃがんで浴衣の合わせを開いたかと思えば、ジョットは暖簾をくぐるように自然な動作で脚の間に頭を突っ込んだ。
一瞬、理解できずに固まって。
それから。
「き、きゃ、きゃあああぁあ!?」
「おぉ、絶景」
「やめっ、ちょっ、いやぁああっ!」
「真っ白で綺麗な脚だ。吸いつきたくなる」
「んぁあっ」
言の通り吸いついたのだろう、内腿に鋭い痛みが走った。
熱く濡れた物が柔らかな肉の上を這い回り、悪寒と快感を混ぜた違和感が背中を駆け上る。
左手に掴んだままだったぬいぐるみを再び抱きしめ、ふわふわの耳を噛みしめる。
「んっ……ふ、ぅ……っ」
少しでも膝を折れば、ジョットの頭に股間が当たってしまう。
それはきっと思う壺だ。
ジョットの意地悪な部分を知っているからこそ、デイモンは懸命に膝を伸ばして我慢した。
「……ふっ……ふっ、くんぅ……」
木の幹に腰を押しつけて支えて。
しばらくすると、ジョットは頭を引き抜き、手で自分の顔を扇いだ。
「さすがに暑いな」
「こ、こんなこと、するからです馬鹿っ」
「ん? また抱きかかえて。本当に気に入ったのだな」
「これはっ」
「いや、そのままでいい」
ジョットはぬいぐるみの頭を撫でて、柔らかく微笑んだ。
「その方が、あぁ、あどけない娘に悪戯しているようで興奮する」
「――っ」
叫ぼうとする口を塞ぎ、裾よけごと左右に裂いた浴衣を持ち上げて帯の間に挟み込む。
そうすると、白い褌に包まれた股間が夜風に晒された。
赤く熟れた唇がわななき、言葉も紡げず、濡れた瞳で睨みつけてくる。
しかし対するジョットは笑ったまま、帯に挿していた水鉄砲を手に取った。
水鉄砲の中には、いつの間に入れたのか、水が注ぎ口に届くまで満たされていた。
瞬時に嫌な気配を察知する。
水鉄砲は文字通り、水を発射するオモチャの鉄砲だ。
幼い頃は水をかけあって遊んでいた。
つまり。
ジョットの目的は――
「やめっ」
制止を聞くより早く、ジョットはそのトリガーを引いた。
「ひぁあっ!?」
冷たさに一瞬で皮膚が粟立つ。
見下して確認するまでもない。
濡れて肌に張りつく布の感触と、わずかに太腿を伝い落ちる水滴。
ぞわぞわとして、気持ち悪いはずなのに。
「やはり白は透けるからいいな」
視線が刺さるようで。
縫い止められて。
どうしても、逃げられない。
「蒼い色が、キレイだ」
「い、意味がわかりませんっ」
「艶っぽくて……」
「ひんっ」
布越しに、ジョットの唇が濡れた茂みに吸いついて。
水を吸うような音が。
舌の感触が。
「も、やめて、ください……これ、以上は……ぁああっ!?」
濡れて浮き上がった逸物に吸いついた瞬間、デイモンは面白いぐらい腰をびくつかせた。
「ジぉっ、ジョット! ジョット、い、いい加減になさいっ」
片手を伸ばして金色の頭を鷲掴むも、その行為が止むことはなく。
「だめっ、こんな所でっ、いやっ――」
ジョットは布の上からデイモン自身に喰らいついた。
付け根から先端まで、唇で食みながら舌を這わせてゆく。
「やぁ……ひっ……んくぅ……」
熱いソレはすぐに太さと固さを増し、窮屈そうに布を引っ張り上げた。
そのせいで褌からこぼれそうになっている睾丸を直接口に含んだだけで、
「んゃ、あぁっ」
オクターブにして一つ分ほど高い声が落ちてきた。
腰が疼くほど甘い甘い声音に、知らず、口許が歪む。
「いい声だな」
睾丸に舌を絡めつつ、布の突っ張った部分を爪でひっかく。
「ひんっ、やぁ……も、おねがぃ……っ」
「もっとしてください、か?」
「ちが、も、もぉっ……」
座り込まないように懸命に突っ張っている足が震えて。
何度も噛みついたせいでぬいぐるみの耳は唾液でべとべとに濡れて。
あまりの羞恥に頭痛さえ感じて。
「ジョットっ……ジョットぉっ……」
ただ名前だけしか紡げず。
伝う懇願の涙を見て、ジョットはゆるりと立ち上がった。
「そんな嫌か?」
手の平で頬を撫でながら、軽く唇をついばむ。
「んっ、いやに決まってる、でしょうっ」
一方で腰骨をたどるように手を伸ばし、褌の巻き付けを軽く弛める。
「こっちはその気になっているようだが」
「さわっ、やっ、やぁあっ!」
余裕のできた布の隙間に手を差し込み、今度は直接、鈴口を指の平で擦ってやる。
すでに濡れ始めていたそこは、動きに合わせて淫猥な音を響かせた。
「甘そうな蜜があふれてきた」
「ひっ、言うなっ、ばかぁっ」
「そういえばまだ水が残っていたな」
「えっ?」
片手でデイモン自身を弄びつつ、もう片方の手に再び水鉄砲を持つ。
目と耳で残量を確認し、ジョットは、それはそれは楽しそうに笑って、
「イくなよ?」
先端に銃口を密着させて躊躇なくトリガーを引いた。
「ひぁあああぁあっ!?」
喉が痛むほどの悲鳴。
何をされた。
一体、何をされた。
わからない。
ただひどく痛んで、そして熱い。
「あ、あぁっ……やぁ……っ」
水と体液を滴らせ、尿道口が収縮を繰り返す。
ジョットはそれを見下ろし、悦に呟いた。
「すごいな……」
ぞくり、と悪寒が走る。
「やっ、やめっ、やぁあああぁあっ!」
水圧が尿道を抉って。
痛いはずなのに、駆け抜けるのは痺れた快感で。
跳ね返る雫がジョットの浴衣を濡らして。
「あぁああぁっ、んくぁっ、ふぁあああぁっ!」
水が尽きる頃には、デイモンは両腕でジョットにしがみついていた。
せっかくのぬいぐるみが地面に転がり落ちていたが、構う余裕などとうになく。
息は短く乱れ、膝は小刻みに震えて立つことも叶わない。
そんなデイモンを抱きしめ、ジョットは優しく頭を撫でてやった。
「よくイかなかったな、いい子だ」
「……ジぉ……ジョット……」
「あぁ、ちゃんとご褒美をくれてやる」
「ひぇっ?」
まるでダンスを踊るように掴んだ手を頭上に持ち上げてクルリと身を回転させ。
「なにっ」
背を向けた所で木の幹を掴むよう促し。
あっという間に、ジョットはデイモンの背に覆い被さった。
白い襟首にキスを落としつつ。
「そ、こはぁっ」
褌の隙間から、再び後口へと指を差し込んだ。
「今度はすんなり入ったな」
「やぁっ、も、いやぁっ」
「オモチャがそんなに悦かったか?」
「あぁんっ」
すぐに指を二本に増やし、穴を拡げるように抜き差しを繰り返す。
一方で、脇の下の身八つ口から手を差し入れ、平らかな胸を揉みしだく。
「ひん……んっ……いやぁ……」
「嫌々言う割には上も下も固くなってるぞ?」
「言うなっ……ばかっ、ばかジョットぉ……!」
「尻も突き出して、挿れてほしいのか?」
「違いま、ぁあんっ!」
前立腺をかすめた刺激に声が裏返る。
「今の反応、可愛いな」
「だめっ、そこぁっ、イっ」
「っと、まだ、イくには早い」
糸を引く水音と共に、指が引き抜かれてしまう。
ずり落ちそうな裾をまとめて帯の結び目に引っかけ、固い昂ぶりを小さな穴に宛がう。
慌てて拒否を示そうとする顔を掴まえて唇を重ね。
逃げる舌を甘噛みしたまま。
ジョットは一気に、自身を埋め込んだ。
「―――っっ!!」
直接咥内に響いてくる悲鳴をすべて喰らい尽くして、それから、震える舌を解放してやる。
「ふぁ……あ、んっ……」
見遣ると、しがみついている木の根元に白濁した液体が降りかかっていた。
それだけで、あまりの羞恥に死にたくなる。
「ひっく、こんなっ……ひどい、です……っ」
女装させられて。
誰に見られるとも知れない場所で。
貫かれて、達するなど。
「つい、お前が可愛くてな」
「それが、どうしてっ」
「可愛い子ほど苛めたいという」
「死んでしまえぇっ」
「おぉ、お前に罵られるのも案外気持ちがいいな」
「やぁあんっ!」
引き抜かれる感覚に背中がしなる。
「もっと聞かせてくれ」
「んぁっ、ばかぁっ、ぁっ、やだぁあっ」
片腕で抱きしめるように支えた状態で、ジョットは腰を打ちつけ始めた。
首や耳の後ろに口付けられて。
耳朶に、甘く乱れた吐息が触れて。
ひどい人だと思う。
恥ずかしいことや嫌がることばかりを繰り返して。
大嫌い。
なのに。
激しく求められて、深く繋がって。
愛されていると、実感して。
この心が紡ぐ言葉はいつだって。
「――っジョットぉ、すきぃっ、もっとぉ!」
「っデイモン」
名を呼ばれたことに反応したのか、締めつける感覚にジョットは息を詰めた。
は、と笑い混じりに短く吐き出して。
「スイッチが入った途端にこれだから、やめられない」
「ひぁあっ、はげしっ、あぁあっ」
粘着質な水音。
祭囃子の音はとっくに消えて。
重なった呼吸。
熱でどろどろに溶けた思考。
まともなことなど、考えられるわけもない。
「も、だめっ、イっちゃぅ、ジョット、ジョットぉっ」
「中に、出すぞっ」
「ひぇっ、やっ、そぇっ、やっ、やっ」
速まる律動に言葉にもならず。
ビクリと大きく震えたのち、
「んゃあぁあ――っ!!」
「――っ」
中と、外に、熱が吐き出された。
カラン、コロン、とひとり分の足音。
ふたりきりの、帰り道。
デイモンはジョットに姫抱っこされた状態で、ぐちぐちと文句を言い続けていた。
「んー、そもそもジョットがこんな恰好をさせるから……」
直しようもないほど着付けの崩れた襟元は、大きなウサギのぬいぐるみで隠して。
「汗が気持ち悪い……よりにもよって中に……」
「それは汗でなく精液だな」
「黙れ!!」
「帰ったら一緒にシャワーしよう」
「嫌ですよ! どうせまたいらないことをするのでしょうっ?」
「上気した肌を見るとたまらなく興奮する」
「言い切るなぁ!!」
「はっはっ可愛い可愛い」
歩きながら額や鼻先にキスを落とす。
「可愛くなんか……」
唇を尖らせて黙り込む。
その、紅潮した頬がまた一段と可愛らしい。
普段は雪ほどに真白い肌が、こうして朱に染まる様はえも言えず艶やかで。
道の先よりも腕の中をじっと見つめていると。
は、と何かを思い出したようにデイモンは目を見開いた。
「どうした?」
「よく考えれば浴衣で見えないのだから、別に、剃る必要はなかったのでは……?」
「…………あぁ」
何を言い出すかと思えば。
「今ごろ気づいたのか」
「――っジョット貴方また騙しましたね!?」
「剃毛プレイを楽しみ、かつデイモンの陰毛を手に入れることができて俺は非常に満足だ」
「こっ、このばっ、ばかっ、ばかぁああ!」
「はっはっ可愛い可愛い」
「って、ちょっと待ちなさい、手に入れるって、まさかアレ捨てずに」
「フィルムに挟んで永久保存」
「するなぁあああ!!」
殴ろうとする拳を器用に避け、ジョットは小首を傾げた。
「駄目か?」
「駄目に決まってます!」
「そうか……」
「そうですよ! あんなものより、私自身をちゃんと愛――」
ぐ、と己の口をぬいぐるみで塞いでしまう。
見る間に耳まで真っ赤になって。
ジョットは緩む口許を引き締めようともせず、口を寄せて問うた。
「お前自身を、何だ?」
「なっ、何でもありませんっ」
「聞きたいな。俺に何を望む? 何でもしてやるぞ?」
「だから何でもありません!」
「言ってみろ」
「だからっ……」
文句の言葉を飲み込んで。
じたじたと足をばたつかせて。
それから。
デイモンは上目遣いに、小さな声で、答えた。
「キス……て、くださぃ……」
「お安い御用だ」
「んっ」
戯れでなく。
深く深く。
重ねた後に。
そっと、囁く。
「愛してるぞ、デイモン」
それが苦しいぐらいに嬉しくて。
言葉を返すこともできず。
ただ、デイモンは落ち着く香りのする胸に頭を頬を寄せた。
まるで猫が甘えるような反応に小さく笑みをこぼして。
ジョットは残りわずかな帰路を急いだ。
少し涼しくなった晩夏の風と。
恋人の甘く誘うような香りを楽しみながら。
*****
おしまい☆