26-3 | 鈴や鳴るや舞いて酔う花











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 真っ黒な外套を脱ぎ捨て、ベッドへと勢いよく倒れ込む。
 これで座長には嫌われただろうし、もうデイモンに近寄ることもできなくなるだろう。
 はやまっただろうかと自問するが、これでよかったのだと答えは変わらない。
 彼にとっては自分ひとりよりも、一座の皆の方が大事なのだから。
 最終的に選ぶのはきっと、あちらの方だ。
「しかし、なぁ……」
 勿体ないことをし――
 思考を遮るように窓から吹いた風には、知った香りが混ざっていた。
 甘い、甘い、花の香り。
 驚いて起き上がると、窓枠に腰掛ける人影が目に映った。
 まとった紗や服が月明かりに淡く透け、身体のラインがくっきりとわかる。
 まるでその身から甘い香りを放っているのではと錯覚するほどの妖艶な姿に、知らず、生唾を呑み込む。
「……どうして、追ってきた」
「追わせたのは貴方でしょう」
 誘うように、紗を巻きつけた腕が伸ばされる。
 これは現実だろうか。
 夢を見ているのではと疑いながらも、おそるおそる歩み寄って手を取ろうとすると、デイモンはひらりと真横をすり抜け、踊るように部屋の真ん中へと逃げていってしまった。
 ジョットが振り向くのを待って、再び手を差し出す。
 今度はしっかり捕まえようと試みるが、細い手首はなかなか器用に逃げ、なびく紗を掴むことさえできない。
「なぜ、私に興味を?」
「一目惚れだ。あまりの美しさに」
 ひらり、ひらりと。
 ステップを踏む度に涼やかに鈴が鳴る。
「美しいものなら他にたくさんあったでしょう」
「そのつれないところにも惹かれた」
 まるでふたりきりの舞踏会のように。
「んー、支配欲ですか」
「そうかもしれない」
 追いかけては、逃げられる。
「手に入れたいと、こんなに強く思ったのは初めてだ」
「初めて?」
「だから、」
 ジョットは足を止めてしまうと、空気しか掴めない手を握りしめ、己の額に押し当てた。
「自分でも、どうすればいいのかわからない」
 強引に捕まえて縛りつけて洗脳してしまいたいと望む。
 壊さないよう優しく花のように飾って愛したいと願う。
 相反する衝動が制御不能になりそうで。
 少しでも、触れてしまえば均衡が壊れてしまいそうで。
 自分は彼に、何がしたいのか。
「わからないなら」
 甘い声は存外近くから聞こえてきた。
 肩に触れる手、背中に重なるぬくもり、そして、囁く声は。
「直接、確かめてごらんなさいませ」
 言葉が終わるよりも速く。
 ひときわ鋭く鈴の音が鳴り響いて。
 ジョットは、デイモンを腕の中に閉じ込めていた。
「……ヌフフ、とうとう、捕まってしまいました」
 その声音に、最初の頃の刺々しさは感じられない。
 ジョットは細い体をきつく抱き寄せ、ぬくもりを実感した。
 決して夢ではないと、目を醒ます。
 現実に、愛する者を抱きしめているのだと。
 容赦ない締めつけも受け入れ、デイモンは静かに問いかけた。
「……私を望んでくださいますか?」
「望むも何も抱きたいとさえ思っている」
 包み隠さず答えてしまってから、さすがに本音がすぎたと後悔する。
「いや、その、抱きたいというのは、」
「……いいですよ」
「えっ? な、なにっ?」
「私も確かめたいのです、この心を熱くするものが何なのか」
 ゆっくりと胸を押して距離を作り、デイモンは真っ直ぐにジョットの瞳を射た。
「初めてなんです、こうして抱きしめられて、心地よいと思うことも」
 赤く染まった目許に縁取られた、蒼い双眸。
「踊ってもいないのに胸が高鳴って、体が熱くなるのです」
 独占したいと願ったものが、今、腕の中で誘惑を口にする。
「ねぇ、この感情の正体を、教えてください……」
 それに抗う術が、この世に存在するだろうか。
 答えは否。
 この誘いに乗らない理由が、どこにも見当たらない。
 ジョットは髪を撫でるようにして口許を隠す紗をほどき、ゆっくりと唇を近付ける途中で、ふと間近に問うた。
「まさか、最中に激昂した座長が乗り込んで来たりしないか?」
 先ほどの鬼気迫る様子を思い出したわけだが、デイモンは笑って目を閉じた。
「一晩、暇をいただいてきましたので」
 早くと誘う唇に、安堵の吐息を吹きかけ、
「ならば、気兼ねなく」
 ジョットは思う存分にそれを味わった。




 デイモンがベッドに横になるのを眺めつつ、香油など必要なものを用意していく。
 毎夜のごとく夢想したことが、まさか現実になるとは。
 躍る胸中を落ち着かせ、持ってきた物を枕元のテーブルに置いてベッドへと上がる。
 手を胸の上できつく握りしめているのは緊張しているからなのか。
 ジョットはその手を優しく撫でてから、枕元に手をつく形でデイモンの上に覆い被さった。
 安心させるように額やこめかみに触れるだけのキスを落とす。
 次いで唇に触れようとすると、
「あ、あの、」
 嫌がる素振りはないが、何かを決意したような声に遮られてしまった。
「どうした?」
「今さら、なのですけれど」
 ランプの光や月明かりを吸い込んで、蒼い瞳が揺れる。
「わ、私、こういうことは、初めてで……」
 視線を合わせては外すことを繰り返しながら。
「だから、その、やり方もわかりませんし、体も、人とは違うかもしれません」
 懸命に言葉を紡ぐ姿は愛おしく。
「でも、せ、精一杯、応えますから……よろしく、お願い、します……」
 顔を真っ赤に染めて尻すぼみに黙り込んでしまう。
 どこまでも健気なデイモンを前にして、ジョットは皺を刻むほどきつくシーツを握りしめた。
 今すぐ滅茶苦茶に犯したい。
 喘がせて、啼かせて、腹いっぱいに精を喰らわせたい。
 何も知らないこの身体を、自分だけの色に染めて。
 壊してしまえたら。
 いいけれど。
 でも。
 幾重にも沸き立つ欲望をすべて腹の底に閉じ込めて。
 ジョットは、長いため息と共に深くうなだれた。
「いっそ悟りでも開けそうだな……」
「んー?」
「いや、怖くなったり、きつかったらいつでもやめるから、無理はしないでくれ」
 お預けになっていた唇を軽くついばみ、ジョットは苦笑した。
「どうにも、今宵は自制できそうにないようだ」
「何を自制する必要があるというのです?」
「せっかく触れることを許してもらえたのに、壊したくない」
「人は、そう簡単には壊れませんよ?」
「……そうだと願うばかりだ」
 呟く声に小さく笑い、デイモンは両手でジョットの頭を撫でた。
「もし壊しそうだと思うなら、私を抱きしめてください。強く、強く抱きしめて」
 頬を、首を撫で、ゆるりと腕をシーツの上に落としてしまう。
 すべてを受け入れて、ジョットに任せるために。
 すでに抱きしめたくなっている自分を押さえつけ、もう一度だけキスを落とす。
 そして、ジョットは改めてデイモンの身体を見下ろした。
 清廉さの中に未通独特の艶っぽさをまとう、しなやかな体躯。
 わざとラインを見せないズボンと、線の細さを強調するように胸元だけ隠した踊り子の衣装。
 菖蒲色の紗をよけて露わになった腹部に手を這わせ、その滑らかさに驚かされる。
 人の肌とは、こんなに手触りのいいものだっただろうか。
「ヌフフ、くすぐったい」
「あぁ、すまない」
「いいえ、もっと、触れてください」
 デイモンはジョットの指先をそっと持ち上げて、己の胸へと導いた。
 早い鼓動に震える胸は女性よりずっと小さいけれど、違いなど問題にもならない。
 ゆっくりと、ほぐすように揉んでみる。
 これもくすぐったいのか、押し殺した笑い声が聞こえてきた。
「……うまくいかないものだな」
「女性ではないのですから、くすぐったいだけですよ」
「そうか?」
 胸全体を揉みつつ、中央に浮き上がるしこりを親指に引っかけてみる。
「んっ……?」
 声が出たことを不思議がる反応に確信を得て、今度は布越しに舌を絡ませる。
「ゃ、なんだか……っぁ、へんな……っ」
 前歯で甘噛みしたり舌で転がしたりと弄ぶ。
「ん、ぁっ……ぞわぞわ、してっ……?」
「まだくすぐったいか?」
「わからな、ぃっ、んんっ」
 そうは答えるものの、徐々にだが首筋や胸元に朱が浮き始めていた。
 すっかり固く尖った突起に吸いつく一方で、ジョットはズボン越しに太腿を撫で上げた。
「ひぁっ」
「脚は弱いみたいだな?」
 膝から内腿へと手を這わせて脚を広げさせ、女性にはない膨らみを緩く撫でる。
「ふぅ、んっ……そこは、まだ……ゃっ」
「そうは言っても、な」
 気を抜けば獰猛に牙を剥こうとする口許を笑みで隠して。
 ジョットはズボンを留める腰紐をほどいた。
 少しでも嫌がれば手を止めるつもりで、簡素な下着と一緒に、ゆっくりとズボンを太腿の途中まで脱がせる。
 薄闇に浮かび上がる下半身は磁器のように白く、そして花のように淡く色付いていた。
 控えめに茂る蒼を指先でなぞると、デイモンはびくりと大きく腰を跳ねさせた。
「これもくすぐったいか?」
「い、いえ……平気、です」
「気持ち悪ければいつでも言ってくれ、気持ちよければ――」
 ふ、と短く笑う。
「もっと声を聞かせてくれ」
「んゃっ」
 誰も触れたことがなかっただろうソレを優しく持ち上げ、ジョットは身を屈めて興味深そうに見つめた。
「まだ全部剥けてないんだな」
「や、やはり、どこかおかしいです?」
「いや、可愛いと思っただけだ」
 そして震える先端に口付けた。
「そ、そんなところにっ!?」
 さすがに驚いたのか、デイモンは慌てて上体を起こしてジョットの頭を手で押さえた。
「こんな、口に触れさせる場所では、ありませんっ」
「ここを舐められると気持ちいいぞ?」
 押し離そうとする力も気にせず、肌とは異なって濃い色をした先端に舌を擦りつけてみせる。
「ひっ!?」
 さらに咥内に招き入れて、たっぷりと唾液を塗りつけてやる。
「だめっ、きたなっ、あっ」
 どこが汚いというのか。
 否定の代わりに、先端から根元に向けて少しずつ唇で食み、根元から先端へと舌を這わせる。
 これほどまでに美味なものは、今まで食べたことがない。
「ゃあ……っジョット、だめぇ……っ」
「気持ち悪いか?」
 結局押しのけられずに、ジョットの頭を抱きかかえて身を丸くしていたデイモンは、首を横に振って涙を散らせた。
「あ、あしがっ……こし、とけちゃうっ……!」
「気持ちいいのか?」
 一拍分の間を置いて。
 小さく小さく、頷いてみせるのが。
 愛おしすぎて苦しくなる。
 先ほどから張りつめている自身を多少痛く感じながらも、ジョットは献身的にデイモンへの愛撫を続けた。
「んぅっ、は、あっ……ぃっ!?」
 皮の隙間に舌を伸ばし、手で扱く要領でゆっくりと引き下ろしていく。
「ゃっ、ぃっ、ゃっ、ぁっ!」
 徐々に露わになる亀頭を咥え込んで。
「―――っ!!」
 全部剥けきった瞬間に、火傷しそうなほどの熱が咽頭に飛びかかってきた。
 一瞬むせそうになったのを堪え、残りも吸い出して嚥下する。
 精液というものを初めて飲んでみたが、独特の味ではあるものの吐き出すほどでもない。
 むしろ、媚薬を飲んだかのように芯から火照ってくる気にさえなった。
「どうだ? 射精した気分は」
「ふぁ……あたま、くらくら、します……」
 いまだ頭を抱きしめて震える腕を掴んで離し、背を支えつつ再びベッドに寝かせてやる。
 性的な刺激での射精は初めてだったのだろう、デイモンは力なく四肢をシーツに泳がせた。
 空気を求めて喘ぐ唇が、汗に張りつく蒼髪が、雄を誘っているかのよう。
 ジョットは赤い頬を優しく撫で、テーブルの水差しを取った。
 最初の一口、二口は自分で飲み干し、最後に含んだ分を口移しでデイモンに与える。
「んっ……ん、んく……」
「まだいるか?」
「んん……」
 ふるりと首を振って、わずかに口角を上げて笑んでみせる。
 その健気らしさが可愛らしい。
 断られたもののもう一口だけ水を飲ませてから、ジョットはテーブルに水差しを戻し、代わりに香油の瓶を取り上げた。
「動けるか?」
「……はい」
 片腕を引き上げてデイモンの下に身を滑り込ませ、仰向いた己の上で四つん這いにさせる。
「ヌフフ、さっきとは逆ですね」
「あぁ、これもまた絶景だな」
「私もそう、思います」
 ジョットの真似をするように、身を屈めて額や鼻先にキスを落とす。
 それを受け入れつつ、ジョットは香油を右手へと流し込んだ。
 思考を落ち着かせるジャスミンの香り。
 急に漂ってきた匂いを不思議そうに思う表情がまた可愛らしい。
 今から、何も知らない身体を蹂躙するのだと思うと、それだけで軽くイってしまいそうだ。
 あえて何をするか教えないまま、ジョットは濡れた右手をデイモンの双丘に這わせた。
「ひぁあっ!?」
 伝い落ちる香油を谷間へと導き、指先で小さな窄まりへと塗りつける。
「そんなとこっ、さわっ、だめですっ」
 逃げようとする腰を捕まえ、さらに縁を揉みほぐしていく。
「んぁっ、ゃあ……ひっ、ぅ」
 ベッドについた両腕を突っ撥ねて、デイモンはゆるゆると首を振った。
「そこはぁっ、ちが、ちがぃますっ」
「いいや、合っているぞ」
「んゃああっ!?」
 香油ごと指先を埋めてみるが、なかなか奥には進めそうにない。
 仕方なく、抜き差しを繰り返しながら、内と外の両方を馴らすことにする。
「ひっ、ジョット、こわい、やだ、こわいですっ」
「大丈夫だ、俺に任せろ、ほら、すぐに気持ちよくなる」
「こ、こんなこと、で……っ?」
「そう、だから力を抜け」
「んぅう……」
 しばらく唇を噛んで思案した後、デイモンは観念したように肘を折った。
 上体にかかってきた重みを受け止め、優しく背を叩いてやる。
「いい子だ」
 下がってきていた腰を上げるよう促し、ジョットはさらに香油を手に足して後口への愛撫を続けた。
 まだきつく締めてくるが、それでもほぐれてきているのか、今度は指一本だけなら差し込むことができた。
「今、どうなってるかわかるか?」
「なか……なかはいって、ふかぃ……のぁあっ」
 脈動する内壁を撫で、拡げ、かき回す。
「んっ……ふ、ぅっ……っ」
 痛がっているのか。
 あるいは感じているのか。
 表情を窺おうにも、肩に噛みつくようにしがみつかれているため、どうにも判断できない。
 一方で、何度か香油を垂らしては馴染ませることを繰り返す内に、少しずつ、水音が淫猥なリズムで響くようになってきた。
「ぁっ……んぅ、あっ……はぁっ」
 声音の変化に注意を払いつつ、挿入する指を二本へと増やしてみる。
「ひぅっ、ぅ、ぅぁあ……っ」
「よし、入った」
「も……むりで、す……んぁっ」
「無理と言うには早すぎるな」
「んぅえ……?」
 互いに顔が見えないのをいいことに意地の悪い笑みを隠して、ジョットは二本の指で狭い狭い通路を押し拡げた。
「……あっ……ぁ、んっ」
 夢想したよりもずっときつく、果たしてこんな所で逸物など咥えられるのか。
 そもそもジョットにも同性との行為は経験がない。
 挿れたこともないし挿れられたこともない。
 それ以前に、同性でも性交は可能だと聞いても、互いを擦りつけたり口に入れ合ったりすることぐらいしか思い浮かばなかった。
 本来そこに挿入するべき穴がないと思っていたのだけれど。
 いや、まさか想像できるはずがない。
「はぁ……んく、ぅあ……ぁっ」
 こうして相手の排泄器を弄って愛撫することで、己自身が興奮してしまうなどと。
「……ジョット、そこ……ぃっ、あぁんっ」
 指二本分の圧迫感にも慣れてきたのか、デイモンは指先が性感帯を掠める度に甘い声を出し始めていた。
 そろそろいい頃合いかもしれない。
 まだ、挿入までは無理かもしれないとは思うけれど。
 ジョットは一度指を抜き、デイモンを抱き寄せて寝返りを打った。
 再びジョットから見下ろす体位になる。
「ズボン、脱がせるぞ」
「ふぁい……」
 脱力した返答につい笑ってしまいながら、膝に絡まるズボンと下着から両脚を抜き取ってしまう。
 両膝を抱え上げて胸の方へ押し遣ると、真っ赤に色付いた蕾が月明かりに露わになった。
 ひくつくほどに、透明な香油がとろり、とろりと溢れ出てくる。
 その光景を見ただけで、下半身が、強く疼いた。
「ジョット……?」
 余裕が消えたという自覚すらなく。
 ジョットは引きちぎるように己の腰紐を抜き取り、残りの香油をすべてデイモンの下半身にぶちまけた。
「ひぁっ、ゃ、なにす――っ!?」
 ぎちり、と秘部が悲鳴を上げて。
 喉を締められたかのような声も、胸を叩く拳も構わずに。
 ジョットは、己の逸物で、一気に最奥まで貫いた。
 一層高い音が空気を引き裂いて。
 落ちた静寂の中に。
「……ぁ……ぁ……っ」
 か細く震える声を聞いて。


 ――一瞬にして、我に返った。


「す、すまん!」
 慌てて引き抜き、小刻みに痙攣するデイモンを抱き上げる。
「い、痛かっただろう、すまない、本当に、悪かった」
 後口から落ちる、わずかに血の混ざった白濁を見つけて、さらにひどい罪悪感に襲われる。
 衝動的に挿入した上、中に吐精してしまうなど。
「デイモン、デイモン、すまない」
 情けなくも泣きそうになりながら、震える背中を撫で続けていると。
「……しょうの、ない、人ですね」
 掠れてはいるけれど、凛とした声音が返ってきた。
「強引で……勝手で……意地悪で……」
 涼やかな鈴の音。
 デイモンは顔を上げると、怒ったような、困ったような、複雑な表情を浮かべた。
「もっと、やさしく、抱きなさい?」
「デイモン……っ」
「泣きたい、のは、こっちですよ……もう……」
 金色の髪を優しく撫で、滲んだ涙をこぼれる前に吸い取ってしまう。
 目許、鼻先、額、頬に触れて。
 最後に深く、舌を絡め合わせる。
「本当に……すまなかった……」
「んー、言葉による謝罪など、無意味です」
 デイモンが体重を後ろにかけたので、慌てて抱き留め、ゆっくりとベッドへ寝かせる。
 背中に触れたシーツの感触に息を吐き出し、デイモンは両腕を伸ばして微笑んだ。
「次は優しく、何よりも優しく、私を求めてください」
「っ……いいのか?」
「ここで、終わってしまっては、私たちはきっと、感情に結論が出せない」
「……そう、だったな」
 そもそも、この行為は互いの感情を確認するための儀式だった。
 途中でやめてしまっては、正体不明のしこりだけが残ってしまう。
 ジョットは強く頷き、
「わかった。次は、次こそは必ず」
 その腕を取って己の首へと導いた。
 ついばむキスを繰り返しつつ両脚を持ち上げ、今度はゆっくりと後口に自身をあてがう。
 触れた瞬間にデイモンの身がびくりと震えたのを感じ、苦い思いが心中に満ちる。
 しかしここで謝ることは、デイモンの言う通り、無意味なのだろう。
 言葉は軽いものだ。
 だからこそ、身を重ねて確かめ合う。
「挿れるぞ……」
「んっ……ぁっ、ぁ……くぁ、あっ!」
 怪我の功名というのか、一度中で吐精した分が潤滑剤となり、きつさはあるものの痛がる様子もなく挿入できた。
「大丈夫か? つらくないか?」
「はぁ……なか、すごく……あつぃ……」
「熱い?」
「ジョットの……びくびく、してるのが……つたわって、きます」
「……俺も、デイモンの中が熱くて、震えているのがよくわかる」
 一体どちらが熱を孕んでいて、どちらが痙攣しているのかもわからないぐらい密接に。
「つながって……いっしょに、なって……」
 独特の笑い声と共に、涙がはらはらと頬を伝い落ちる。
「すてき、ですね」
 その言葉に、ぎゅっと心臓が鷲掴まれたような感覚を知る。
 衝動を抑え込むためにもデイモンをきつく抱きしめ、それから、ジョットはゆっくりと腰を動かし始めた。
「ふぁぁ……んっ、ぅっ……んぁあ……っ」
 耳のすぐそばに響く声と。
 首筋を撫でる呼吸と。
 混ざり合った汗とジャスミンの香り。
 そして、凛と意識を保たせてくれる鈴の音。
「ジョット……ぁっ、ジョットぉ……」
 まるで幼子が甘えるときのように頬を擦り寄せてきて。
 すがるように、蕩けるように、何度も同じ名前を繰り返す。
 その声ごと口を塞いでしまいたくなるが、乱れた呼吸を奪って苦しめたくはない。
「デイモン、痛くないか?」
 また自分だけが悦くなっているのではという不安から問うと、デイモンは首に回した腕に力を込めてジョットの耳朶に口付けた。
「すごく……ぃくて、ぁっ……とんで、しまいそぉ……っ」
「……俺も、今すぐに、イってしまいそうだ」
「いっ? はぁ……どういう、意味……っ?」
「絶頂に至る、という、ことだ」
 蓄えた熱を放出して、恍惚感に満たされる刹那。
 ただそこへ向かいたくて、身を重ね愛撫を与え挿抜を繰り返す。
 その果てにある空白に、結論を見い出すために。
「そろそろ、早めても……いい、か?」
「んっ……もっと、はげしぅ……シ、て?」
「っこら、煽ってくれるな」
 涙を浮かべて笑うデイモンにキスを落とし、ジョットは今一度、その細い両脚を抱え直した。
 その拍子に偶然一番イイ所を掠めたのか、
「ひぁあんっ」
 デイモンは背をしならせ、ひときわ甘い声を響かせた。
 腰に重くのしかかってくるような嬌声に、知らず、舌舐めずりをして。
「……ココが、イイらしいな?」
 ジョットは特に悦く反応する箇所を重点的に攻めながら、徐々に律動を速めていった。
「やぁっ、そこぁっ、あっ、しひれひゃあっ」
 首に絡まる腕から力が抜け、汗で滑り落ちてしまう。
 シーツに落ちた蒼髪は四方へ広がり、身を捩る度に鮮やかな波を描く。
「ジぉ、ジョットぉっ」
 呂律の危うい舌が名前を紡いで。
 潤む瞳を真っ直ぐに向けて。
「もぉっ、らめっ、ぃっ、イっひゃぅっ」
「あぁ、俺も、限界だ……っ」
「んぁあっ、ぁっ、ィっ、ぃあっ」
 震える身体をきつく抱きしめるようにして、深く、深く、貫いた瞬間。
「―――っ!!」
 ふたつの熱が、放たれた。






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( cautions ) 1  2  → ●◆◆◇◆ →  4(end)