10-2 | Tip Trap Trump Lovers











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 長い話を興味もないふりをして聞き続け、気が向いたらプレゼントの山に手を伸ばす。
 どちらも尽きることがないため、箱庭の時間もなかなか飽きることがなかった。
 幻術を封じられてさえいなければ、もっと好意的にも接してやれるのだけれど。
 とはいえ。
 たまに愛想笑いなど向けてやるぐらいで、ほとんどは無視や罵倒など、かなり冷たい態度を取っているというのに、彼の情熱は一向に冷める気配がない。
 むしろ、初対面の頃よりもずっと深く心酔されているような気さえしてくるから恐ろしい。
 ――もしかすると、彼は真正のマゾヒストという人種なのだろうか。
「それで、ウチのファミリーじゃ何か決めるときはカード勝負っていうのがお決まりでな」
 勝手に話してくれるのは便利で楽だけれど。
 彼のおかげで、たった一カ月という短さで彼やファミリーの日常がほぼ理解できた。
 何気ない話でも、それだけで発言力の強い人物が誰か、あるいは人々の関係図が見えてくる。
「ポーカーでもブラックジャックでも何でもアリなんだが、俺はいつだってハズレクジ引いちまう」
 事象には必ず理由がある。
 彼が「どうでもいい」と思っていることでさえ、繋ぎ束ねれば重要な情報と変わるのだ。
 ここ数日の話でも、不穏な動きとやらの糸口が徐々に掴めてきた。
「それにミケーレの野郎はいっつも一人勝ちしやがって、気に喰わねぇ」
 オークモスファミリーというのは構成員が少ないためか、皆で物事を決める傾向にある。
 それが団結力となり情報の漏えいを防いでいるのだろうが、そこにひとつ見えた綻びの影。
 裏の世界においてはもろ刃となる、誰かの野心。
「まさかイカサマしてんじゃねぇかと思ったが……」
 声が弱まるようにして話が途絶える。
 どうしたのかと、窓の外へ向けていた視線を戻すと、熱っぽく潤む目とぶつかった。
「んー? 何でしょう?」
「いや、本当に、いや、例える物すら思い浮かばないほど」
「美しいという賛辞はもう聞き飽きました」
 椅子に背を預け、色ガラスのシャンデリアを見上げる。
 彼は口を開けばこの容姿を褒め称える。
 それが売り物の舞台役者や、あるいは娼婦ならば喜んだだろうが、どうせ口説くなら容姿だけでなく性格や心中まで見抜けるようでなくては話にならない。
 ジョットはいつだって――
 移りかけた思考をまばたきひとつで目の前の駆け引きに戻す。
「それに、そう、もしかするとこれも、イカサマかもしれませんよ?」
「いや、いやいや!」
 ロレンツォは膝で絨毯を擦りながら近寄り、近くに散乱する花束から薔薇を一輪抜いて差し出してきた。
「その椅子に座り続ける限り、貴方の存在は真実だ」
「真実、ですか……」
 あからさまにため息を吐き出す。
 アンティークチェアの結界は本物で、何度試みようとも蝶の一匹すら作り出せない。
 けれど、幻術を封じたからといって何も真実だけが残るわけではない。
「……では、」
 デイモンは身を起こしながらその薔薇を受け取った。
「ひとつ、ゲームでもしましょうか」
「ゲーム?」
「カードはお持ちで?」
「あ、あぁ、いつも使うからな」
 ロレンツォは上着の中から擦り切れてぼろぼろのカードケースを取り出した。
 薔薇と交換するようにそれを受け取り、カードを取り出す。
「んー、それとテーブルも必要ですね、用意してくれます?」
「も、もちろんさ!」
 と答えたところで室内にはテーブルも、テーブルの代わりになるような物もなく。
 ロレンツォは少し考えてから何か思い当ったのだろう、急ぎ足で部屋を出て行ってしまった。
 その間にざっとカードを確認する。
 一切の細工の形跡がない、キレイなカードたち。
「いつも使う、ですか……」
 もしかすると幹部クラスの者は皆、常に自分のカードを持ち歩いているのだろうか。
 ミケーレとかいう男も自分専用のカードを持っているとしたら――
「持ってきたぞ!」
 少し脚の高い木製のテーブルと椅子。
 まずテーブルをアンティークチェアの前に置き、さらにテーブルを挟んで反対側に椅子も置いてから、ロレンツォは落ち着かない様子で腰を降ろした。
「何をする? ポーカーか?」
「そうですねぇ……」
 テーブルが揺れないことを確認してから、カードを表のまま少しずつずらして並べる。
「手品は、お好きで?」
「あぁ、見るのは好きだが」
「見抜くことは?」
「それは、さすがに……」
 その中からスペード、ハート、ダイヤ、クローバーのそれぞれエースだけを抜き取る。
 残りのカードをまとめて横に置き、ポケットから取り出したコインを一枚だけテーブルへ置く。
「では、ヌフフ、がんばっていただきましょうか」
「え?」
「ゲームは簡単です。今からこのコインをこうして……カードの下に、隠します」
 わざと表向きのまま、コインの上にカードを重ねる。
 それから、コインが見えないように他のカードと交互に入れ替える。
 何度かそれを繰り返したのち、四枚のカードを横一列に並べて手を止める。
「コインがどこに隠れているか当ててください」
「そりゃもちろん、スペードの下だろう」
 独特な笑い声をこぼし、デイモンは指差されたカードをめくった。
 そこには――
「あ、れ?」
「残念」
 きれいな木目が並ぶだけ。
「正解はこちら」
 笑って隣のハートをめくると、先ほどのコインがちょこんと隠れていた。
「え、え、なんで、どうして?」
「タネも仕掛けもある、ただの手品ですよ」
「あ、あぁ、そうか、手品か! すごいな!」
「感心するのは構いませんが、本番はこれからですよ?」
「え?」
 きょとんとした間抜け面の額を手袋の指先で弾いてやる。
「ゲームと言ったでしょう?」
 ロレンツォは痛む額を押さえ、意味を理解すると共に、にやりと笑みを浮かべた。
「……なるほど、つまりコインの隠れ場所を当てれば俺の勝ち、ということか」
「そう。当てられなければ、私の勝ち」
「何か賭けるのか?」
「そうですね、んー……」
 口許に手を当てて考える素振りを見せ、それからデイモンは艶美に微笑んだ。
「お互いに、相手にしてほしいことを――」
 言い終わるより早く、ロレンツォの椅子が音も激しく後ろへと倒れた。
 いや、実際には椅子は絨毯に音もなく受け止められたので、彼がテーブルに体をぶつけた音だったのだろう。
 一瞬宙へ浮いたコインが、チリン、と涼しい音を響かせた。
「つ、つまり、その、な、何でもいいとっ?」
「当てることができれば、ですけれど」
 冷たく睨んで座るよう促す。
 ロレンツォは嬉々と表情を輝かせたまま、起こした椅子に座り直した。
 しかし落ち着くことができず、そわそわと身を揺らせたり手を揉んだりとせわしなく動いてしまう。
 思いつきで吊り下げた餌だったが、効果はてきめんということか。
 当てられない自信はあるが、相手の考えが簡単に読めるだけに、負けることはできない。
「では、始めましょうか?」
「望むところだ」





 さすがに遊びすぎたか。
 深夜を指す懐中時計をしまい、自室へと静かに廊下を急ぐ。
 例のゲームは当然のごとく完全圧勝だった。
 手品という名のイカサマに加え、心理戦も仕掛けたのだから、勝てないわけがない。
 悔しがる顔を思い出して小さく笑みをこぼす。
 他人を手の上で操り、素知らぬ顔で仕掛けた罠へ落とすことの楽しさ。
 それに新しい罠も――
「最近帰りが遅くなってきてるね?」
 先の暗がりに人の気配を感じ、足を止める。
 明りが乏しいせいで姿は見えないが、聞こえた声からアラウディだと知れる。
「大丈夫なの?」
「んー、きちんと任務は果たして」
「だろうね。それもだけど、君は?」
「私?」
 自分の口から出たとは思えないほど素っ頓狂な声。
 思わず、あの人影は実はアラウディの偽物なのでは、とさえ疑ってしまう。
 けれど、夜の空気が動かしてロウソクの明かりの中に入ってきた姿は、見紛うはずもなくアラウディ本人だった。
 彼は無表情のまま、わずかに首を傾げて忠告してきた。
「あまり火遊びが過ぎると、その内に火傷するよ?」
「――ふ、ヌフフっ」
 手で抑えるのも間に合わず、次々と指の隙間から笑いがこぼれてしまう。
「ヌハハっ、あぁ、もう、笑わせないでください」
「そのつもりはなかったんだけど」
 眉間に皺を刻んだ至極不機嫌そうな表情。
 なんとか腹筋が震えるのを抑えつけ、目尻に浮かんだ涙を拭う。
「貴方が私の心配をするだなんて、明日は槍が降るかもしれませんね」
「……僕を怒らせたいの?」
「生憎、貴方に心配されるほど弱くも愚かでもありませんので」
「僕が言いたいのは」
「それより」
 互いに互いの言葉を遮り、間に沈黙が落ちる。
 まるで獣同士の喧嘩のように、どちらかが視線をそらした隙に食らいつかんとするほどの鋭い睨み合いの末。
 先にデイモンが、面倒臭そうに手を振った。
「不毛です。それより報告を聞きにいらしたのでしょう?」
「……成果あったの?」
「えぇ、オークモスファミリーの病巣とやらが見えてきましたよ」
「相変わらず気持ち悪い例え方」
 再び睨み合いが始まる。
 彼とは本当にソリが合わない上に逐一癇に障る。
 今からでも遅くない、Gを呼んできて間に入ってもらうべきか。
 いっそ報告は明日にして、さっさと寝てしまおうか。
 ため息ひとつ。
 それもまた不毛だ。
 デイモンは上着から書簡を取り出すと、指に挟んで差し出した。
「ミケーレという男を調べなさい。ファミリーの中核にいるはずです」
「聞いたことないね?」
 それを受け取り、ロウソクに透かすようにして目を通す。
「あまりよろしくない手を使って潜んでいるのでは?」
 デイモン自身もロレンツォの話でしか名前を聞いたことがないぐらいだ。
 もしかすると外では偽名を名乗っているのかもしれないが、それを調べるのは自分の仕事でない。
「まぁ、これはうまくいけばですけれど、私の標的が私の思惑通りに動けば……」
 思い出すのは今宵の賭け。
 勝者であるデイモンがロレンツォに提示したのは、至極些細なこと。
 ――そのミケーレとかいう男に注意なさい。このイカサマと同じように貴方の目を盗んで……組織を売ってしまうかも。
 話を聞く限り、実際男は何かを目論んでいるだろうし、この忠告は事実だ。
 先にイカサマを目の当たりにさせたのも、言葉に真実味を持たせるため。
 けれど。
 そう、残念なことに、幻術士の吐く言葉に完全な真実など存在しない。
 いつだって嘘の欠片が混ざってしまう。
 その男の計画はきっと組織なしでは動かないものだ。つまり、間違っても組織を売るはずがない。
 だけれど、ロレンツォという男は、それこそ犬のようにオークモスファミリーへ忠義を捧げている。
 元より気に食わない男が大事な組織を売り渡そうとしていると知ったら。利用してのし上がろうとしていると気づいたら。
 不信。
 反感。
 猜疑心。
 それらが混ざり表層へと現れたとき。
「自ら、ファミリーを守る鉄壁にヒビを入れてくれるでしょうね」
 クスクスと。
 小さな小さな棘を刺すように仕掛けた自動式の罠の結末を想像して笑う。
「……君って本当に、悪魔、だよね」
「賛辞として受け取っておきます」
「最悪」
「どういたしまして」
 最後に鋭く睨み合った後は視線すら合わせようともせず。
 足早に脇をすり抜けようとしたとき、
「ひとつ、言っておくけど」
 アラウディが歩みを止めさせるように肩に手を置いて、告げてきた。
「ジョットが疑い始めてる」
「……それが?」
「彼、君が思うほど寛容でも放任でもないよ」
「貴方にジョットの何がわかるというのですかっ」
 払いのけるよりも早く手が離れてしまう。
「さぁ? 自分で考えれば?」
 そう言って鼻で笑い、アラウディは別れの挨拶もなく暗がりへと消えていってしまった。
「なん……っ」
 振り向いても姿などなく。
 デイモンは奥歯を軋ませると、真横の壁を殴りつけた。
 Gもアラウディもわかったような態度で、腹立たしいこと限りない。
 ジョットのことなら、誰よりも自分が、よくわかっている。
 そうだ。
 どうせこの件を知ったところでジョットは何もしない。
 せいぜい勝手な単独行動を咎めるぐらいだ。
 男を手駒に、ハニートラップを仕掛けていたと知っても。
 浮気紛いのことをしていても、責めることもなく。
 たぶん困ったように笑うだけで。
 わかっている。
 結局自分だけが期待して、空回って、得るものもなく終わることを。
 残酷なぐらいに。
「こんなことであの人は動揺もしない……簡単にわかります……」
 握りしめた懐中時計は冷たくて。





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